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山田 武

偽善者と赤色のスカウト その14



『兄さん……』

「……ここは」

『あの人が戻したってことは、そういうことなんだね。一番信じたくなかったんだけど、本当だったんだ』

 気づけば少年は、妹が待つ家の中に戻っていた。
 状況が掴めずキョロキョロとする兄を見ながら、妹は予め伝えられていたことを思い返していく。

  □   ◆   □   ◆   □

「──だが、お前の兄が俺を殺そうとするかもしれない。理由は……知らない方がいい」

「兄さんが……そんなはずありません!」

「ならば訊こう。お前は、たった一人の家族のために世界を敵に回せるか? 俺の予想なら、間違いなく兄はその選択を取る……自身が獣に勝てないというのも理由ではあるが、それ以上にお前を救いたいという感情が色濃く発露しているからだ」

「…………」

「チャンスはそう多くはない。例の術式を何度も使うことは難しいし、兄の精神をひどく疲弊させる。……一度目は本人が自覚をできないだろう。そこで説得できないならば、もう俺には対応できない。──お前が、兄を生かす選択をしろ。そうでなければ、俺はお前の兄を切り捨てる」

  □   ◆   □   ◆   □

「ルミン、ぼくには無理みたいだよ。何なんだ、あの化け物たちは。……勝てないよ、ただの人間がどう足掻いたって。──けど、逃げることならできる。あの獣も、ルミンを蘇らせるまでは手を出させないことを約束させたんだ。アイツがそれを本当に思っているかどうかなんて関係ない。ルミンを生き返らせたら、戦いはその男に任せて逃げよう。それなら生きられる。また、いっしょに二人で過ごせるんだ……」

 少年の目は虚ろで、正しく妹を見ていないかもしれない。
 一人と一匹の争いを見てしまい、少年は夢と現実の境を彷徨っているのかもしれない。

 それでも残った兄としての意志、それが暴走を起こし歪んだのかもしれない。

『兄さん。わたしは兄さんに、そんな選択をしてほしく──』

「そんな選択!? ルミン、お前にはぼくの考えが間違っていると! あんな化け物たちと戦って勝てるとでも!?」

『えっ、あの人は仲間……じゃなくても、協力者として兄さんと──』

「そんなはずないさ。だって、あのクソ野郎は間違いなくお前を狙っているはずだ」

 一瞬、思考が停止する。
 いや、兄の言いたいことも分かるのだ。
 だがその言葉を、頭が理解しようともする気もない。

『兄さん、もしかしてそれって私怨──』

「そそ、そんなはずないっ! 少しルミンに信頼されてるからって調子に乗りやがって、いっそのこと死ねばいいのに……なんて思っていないぞ!」

『…………』

「ちょ、痛ッ! る、ルミン? 急に何をするんだ」

 ただただ呆れた。
 自分が信じようとした兄は、あの男が……若干期待していた兄はここまで堕ちたのか。

 たしかに言われていた。
 自分ルミンに固執する可能性があり、価値観がこれまでとは異なってしまうと。

 だがそれでも、兄は兄なのだと。
 これまで通り、ひたむきで努力家な兄のままだと……思っていた。

『兄さん、あの人と協力してあの獣を倒すことはできないの?』

「あの男は信用できないし、それならルミンの蘇生だけさせた方が早い」

『……兄さん?』

「わ、分かったから。そんなに冷たい目をしないでくれ。……くっ、これもあの男の仕業なのか」

『……兄さん。わたし、兄さんがあの人と協力してくれないなら……きら──』

 その瞬間、兄はこの場から消えた。
 これ以上の言葉は聞きたくないと、心の底から言わんばかりに。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「──ハッ!」

「……半死反省、これで充分か。あの娘の説教で少しは考えを改めただろう」

 少年の身体に異常は見つからない。
 空いたはずの穴も埋まり、今は男に掴まれながら獣から距離を取っている。

「……ルミンに言われかけた。お前の言うことを訊かないと……くっ、頭が……」

「何を言われたかは知らないが、考えが改められたようで何よりだ。ならば、俺に協力してもらおうか」

「……約束は守れよ」

「裏切り者に選択があるとでも?」

 少年を地面に降ろし、いくつかの魔法を施していく男。

「まあ、死ぬことはない。馬鹿な兄というものは、いつだって妹の足を引っ張るものだ。ならば、足掻き続けるしかない……トライ&エラーを繰り返せ」

『おいおい、クソガキを俺様に殺させるのかよ。さっきまで守っていたのによぉ!』

「馬鹿を言うな。ヒーローに手出しは要らんだろう。当初と選択は変わったが、目的は変わらん……コイツが、お前を殺すだけだ」

 そう言いつつ、さらに魔法を付与する。
 少年からは何色もの色の煙が薄く立ち込めていき、その一時的な魔法が少しずつ解除されていく様子が見て取れた。

「そう何度も挑めると思うな。制限時間は多くはない、さっさと挑め……ああ、これは渡しておくべきだったか」

 思いだしたかのように、どこからともなく剣を少年に投げやる。
 剣身から鍔まですべてが紅色に染まった、燃えるような剣であった。

「銘を『紅焔』と言う。どうせそこの鈍らでは、獣を切れないだろう──使え」

「勝てるなら、なんでも使うさ。……嫌われたくないからな」

 そういって、剣を抜くと少年は獣へ向かって走りだし──前足で踏みつけられた。

「さぁ、死んで経験を積め。勝ちたければ足掻き続けろ。屍の塔を築き上げた先にしか、求めるモノはないぞ」


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