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山田 武

偽善者と赤ずきん その12


『満たされぬならば、プレイヤーたちが現れるときを待ちましょう。私の力があれば、瞬きをしただけで貴方は、プレイヤーたちが現れる時代まで飛ぶことができます』

 女神様は優しい声で狼人にそう告げます。
 そして、こうも続けました。

『約束しましょう、貴方は必ず満たされるということを。【貪食】の軛から解放され、必ずや空っぽなものを満たせると』

「本当に……本当にできるのか?」

『ええ、もちろんです』

 狼人はしばらくうんうんと悩みます。
 女神様は信じられないが、その話が本当ならどれだけ素晴らしいのかを。

 もう一度赤ずきんを喰べられ、もっと美味しいと感じた『ぷれいやー』という者たちも喰べることができると聞けました。

【貪食】な彼の本能は、いつの間にか女神様の話を受け入れる方向でいます。

「だが一つだけ、一つだけ良いか?」

『はい、なんでしょうか?』

「やり直すって、いったい具体的に何をすることを指すんだ? 内容によっちゃぁ、さすがに受け入れられねぇこともあるからよ」

 女神様の力で、過去をやり直す。
 確かに単純明快ですが……詳細がいっさい明かされていません。

 もしその方法が、自分にとって害のあるやり方だったなら。

 そう考えた狼人は、何も聞かずに承諾しようとした本能を抑え……そう尋ねました。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「そして、こうなったわけか」

「……んだよ、これ……」

「見ての通り、お前の過去だが?」

 穏やかだった狼人族の村は現在、阿鼻叫喚の騒ぎが起きる恐怖の地と化していた。

 昨日まで近所だった一家が、忽然と姿を消す。村の至る所に牙を突き立てたような跡が残されている。赤い滴が線のように流れる。

 一日一日と経過するごとに、村の中から人が消えていく。

 最初は魔物が侵入してきたことを疑っていたが、やがて内部犯の仕業だと判断すると、犯人探しが始まっていったのだ。

「これが本当の人狼ゲームか。悲しいな、誰も少年の餓えに気づくことはない。両親も、兄弟も、家族全員が」

「俺が……俺がこれを? んな馬鹿な、いやでも、ならこの景色を見たことがあると思うのはなんでなんだ」

 ブツブツと思考に耽る狼人。
 それは、目の前で繰り広げられる過去の記憶を拒む意味もあった。

 彼にその記憶はハッキリと存在しない──この記憶は、彼にとって意味記憶だった。

 エピソード記憶という、自身が体験したと理解できる場所ではなく……あくまで、こんなことが起きたと他人事で収められている。

 要するに彼は、これは自分なのかが理解できずに苦しんでいるというわけだ。

「お前に罪はない、とは言わないが。もともと【貪食】はお前の中に無かったんだ」

「……は?」

「あのとき、あの瞬間突然宿った。何が原因かまでは分からないが、それまでお前は普通の狼人の子供だったんだ。それだけは、視て分かった」

 そして芽生えた満たされることのない食欲が、この惨劇を引き起こす。

 その史実が今後変わることはなく、この事実はずっと狼人の中で罪過として渦巻く。

「だがまあ、少しぐらいなら変えられるか。少なくとも、アイツに意識させるぐらいならお前でもできるさ」

「何を言って──」

「過去は不変、未来は可変。現実は常にその両方の可能性を秘めている。対象が同一人物なら、それも本人の認識の問題。不可逆なんて知ったことか……お前がアイツを止めろ」

「なんでそんな話になんだよ!」

 狼人には、少年の意図が分からなかった。
 突然自身の過去を見せられたと思えば、今度はかつての自分を止めるように言われる。

 完全に、理解不能だった。

「意味もなく、こんなことするとでも? 姫様を何度も苦しめた罰だ。お前はこの刹那の時の中で、すべてを乗り越えた形で理解してもらうからな」

 そう言うと、少年はどこかへ消える。
 残ったのは、辺りの物に触れるようになった狼人ただ一人。

 地面に足が擦れる感触や、スンスンと鳴らした鼻に飛んでくる血の臭いなど……これまでは途切れていた感覚がこの場所と繋がっていくことを理解する。

「わけ分かんねぇ……何度も苦しめた? 俺がアイツを見たのは今日が初めてだ。今日の間に苦しめた? 全部防がれてんじゃねぇかよ! ……ったく、何なんだよ畜生!」

 意味などない、そう分かっていながらも思わず叫ぶ狼人。

 少年に会ったのも、今日が初めて。
 すべてがこの日の出来事、だがそれなのに彼はそのことに疑念を感じ始める。

「本当にそうなのか? アイツの口振り、俺の予想が正しけりゃ──」

「あー、美味しそうな匂いがするー」

「ッ!?」

 自分に突進してくるソレに気づき、慌てて回避する狼人。

 代わりに建物にぶつかり、ソレは軽い呻き声を上げる。

「うー、痛いなー。まったくもー、食べ物が逃げるなんておかしいでしょ!」

「誰が食べ物だ……よ」

「まあ、でもいっか。お腹が空いてるし、早く喰べちゃおーっと」

 グルルルと唸り声をあげ、牙はガチガチと擦り合わせる音が響く。

 狼人の目の前には、自身同様に狼の耳と尾が生えた少年がいた。
 ──自分にそっくりな、生き写しのような少年が。

「それじゃあ、大人しくしてねー」

「するわけねぇだろ。なんだか知んねぇが、俺はお前とやりあいてぇ」

「やるー? ご飯の邪魔しないでよー。ボクはただ、食事がしたいだけなんだよ!」

 再び突進してくる狼人族の少年。
 狼人はそれに向かい合うように、戦いを始めていく。


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