AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者と赤ずきん その05
「どうして、どうして貴方がこんなことをするの? これを解いてよ!」
赤ずきんは懸命に体を捩じりますが、キツく縛られているため動けません。
「────、────!」
青年は答えます。
自分は最初から、このときのために動いていたんだと。
何度でもやり直せるんだから、一度くらい楽しみたいと。
「おう、ご苦労だったな。そうだ、名前は確か……『ぷれいやー』君だったな」
「────」
貴方には勝てませんから。
そして、約束の報酬はキチンとくれる方だと分かってますので。
青年は澱んだ瞳を鈍く光らせながら、舌舐めずりをして赤ずきんを見つめます。
そこに、いっしょにおばあさんの家を目指した際の優しさはありません。
あるのはもっと本能的な、獣の欲望しか存在していません。
「俺が喰いてぇのはコイツの肉だ。多少デコレーションされてよぉと、コイツ本来の旨みは変わらねぇ。むしろ恐怖がエッセンスされれば、もっと旨くなるかもしんねぇからよ、たっぷり可愛がってやれや」
「────」
分かりました、と青年は答えて一歩一歩赤ずきんに近づきます。
「ね、ねぇ……何をする気なの?」
「────」
ちょっぴり、大人なことさ。大丈夫、こっちだと倫理コードが切れても問題ないことは確認済みだから。
青年は魔法のように自らの衣服を消していきながら近づき……嬲るように、赤ずきんの唇を奪いました。
◆ □ ◆ □ ◆
「……ぁ、ぁぐっ」
酷い鈍痛と共に、赤ずきんの意識が現実に帰還する。
自分が水の中に居ると気づき、水面から飛び出す。
ビショビショな体が不快、でもそれよりももっと不快な感情が心で渦巻いていた。
酷い夢を何度も観させられた。
自分が殺される夢、先ほどおばあさんの家に向かったという男に殺されたり、『ぷれいやー』と呼ばれる名前だけで特徴もバラバラな者たちに嬲られることもあった。
逆に、『ぷれいやー』たちが自分を庇おうとする夢も見る。
そうした夢の場合は、自分も彼らも纏めて食べられていた。
「……ぁ、あれはなんなの」
「夢ですよ、夢」
「本当のことを言って、メル君」
怖かった、痛かった、辛かった……そんなことをどうしてされるのか。
夢の中で恨みもした、憎みもした。
知る必要などないのに、なぜ彼は自分にそれを見せたのかと。
「あれは本当にあったこと。姫様を救おうとした者、穢そうとした者、どちらもしおうとしなかった者……そうして分岐したいくつかの真実でございます」
「あれが……本当にあったこと? な、ならワタシは、もう……」
「可能性、ですね。夢の中の姫様と貴女様には、一つだけ明確に違うことがあります」
「──精霊」
お見事です、と手を叩きだす少年。
どうして自分をここに連れてきたか、その理由を理解する。
夢の中の自分は無力で、何もできないまま死を選ばされていた。
そこに精霊はいっさい現れず、今の自分には視えていた精霊たちへ助力を願うこともしていない。
自分が精霊たちと邂逅するか否か──それが少年にとって、大きくナニカを左右することなのだと。
「あの狼人の男は厄介です。喰らったモノすべてを糧とし、力を溜めこみます。目的はもう分かっていると思いますが、姫様の中に秘められた膨大な魔力。魔力を食の中でも甘美な味だと感じる狼人にとって、姫様は特上の逸品なのです」
「ひどい……」
「ですがこうも言えますよ、彼は生まれ持ったスキルの影響で食に満たされるなかった。何をどれだけ食べようと、彼の胃袋が満たされることはありません」
少年の言葉に嘘はない。
精霊と通じることで、そのことを理解してしまう赤ずきん。
「そんな──」
「そんな中、見つけだした腹を満たす食材。生きた人をそのまま呑み込みじっくりと消化することで、彼はようやく行えるのです──食事という行為を」
「だからって、他人を巻き込むの!?」
「おや? 姫様だって食べるでしょう、魔物や家畜の肉を。彼にとってそれが、生きた人に当たるのです」
生きるために他を犠牲にする。
それは長い人類の歴史で、当然のように繰り返されてきた。
時折人同士でそれを行い注目されるが、それ以上に行われる食事に関しては誰も気にしていない。
俯く赤ずきんに、少年は手を伸ばす。
「──しかしです、ボクも姫様や姫様のおばあさんが食べられるのは嫌ですので。どうにかあの狼人を倒しましょう」
「たくさんの『ぷれいやー』が戦っていたけど、全員返り討ちにされていた。なのにどうして、ワタシと君だけでそれを乗り越えられると思うの?」
「姫様が精霊たちと心を通わせ、力を借りられるようになったので」
自信に満ちた、眩しい目をする少年。
あらゆる『ぷれいやー』たちを見たあとだから気づく、その目は全てを救おうとした者が狼人に会うまでにしていた目だと。
全員が狼人に立ち向かい、赤ずきんを守ろうとしていた──そして抗うこともできず、呑み込まれて死んで逝った。
しかし同時に、別の光を見せていた。
頼もしい『ぷれいやー』を見た際の、自分がしていた期待の眼差しも。
「メル君、どうしてその目をするの」
「目、ですか?」
「メル君は期待している──ワタシに。自分に自信があるんじゃなくて、ワタシが何かすると期待しているの」
「うーん、そうですね……」
少年はうんうんと悩み……答える。
「姫様は、おばあさんを救いたくないんですか? このまま見せられた夢の通り、惨劇が訪れることを望みますか?」
「違う! ……けど、ワタシにあの狼人と戦うことなんて」
「戦え、なんて言ってません。いっしょに勇気を出しましょう、と言っているんですよ」
赤ずきんよりも小さかった少年は、その瞬間大きくなる。
大人びた容姿となり、持っていた木の棒を剣に変え、初めて会った頃と同じように──赤ずきんへ跪く。
「姫様が覚悟を決めるというのならば、私もこの剣に誓いましょう。精霊たちと共に、貴女様の剣となり盾となると。望まれる未来を阻む生涯を切り裂き、襲いかかる厄災を払いのけようと」
「……ぇ? どうしてメル君が、急に大人になるの?」
混乱する赤ずきん。
少年だった者は、言葉を重ねて決断をさせようとする。
「説明はのちほどしますが、今はこれだけで充分です──おばあさんも、自分ともに生きたいですか?」
「生きたい、生きたいに決まってる!」
「ならばもう、やることは分かるはずです」
スッと掲げた剣を動かし、何をすべきかを伝える男。
赤ずきんはその剣を抜き、両肩に当ててから問いかける。
「ワタシのやりたいことを、メル君は叶えてくれるんだよね?」
「お望みとあらば」
「ならお願い、おばあさんをあの狼人から助ける手伝いをして!」
その言葉を引き金に、女神のシナリオは大きく変更を余儀なくされた。
ここからは、偽善者監修による喜劇の始まりである。
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