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山田 武

偽善者と月の乙女 その07



「うっす、そろそろ終わると思ってたぞ。お疲れ様、ポーションでも飲んでゆっくり観戦していてくれ」

 透明となった結界の先で、未だにメルスは悪魔たちと戦闘を繰り広げていた。
 両手に嵌められた籠手は赤色に輝き、一撃放つごとに悪魔たちへ光を与えている。

「あ、声はちゃんと伝わっているからな。それと……あ、観戦には食べ物か。少し待っててくれよ」

『余所見とは余裕だな!』

「ああ、余裕だからな。やれやれ……もう少し本気を出してくれてもいいんだぞ? そっちに適当に食べ物を送っといたから! 暇ならそれを食べてても構わないからな!」

 連携を見せる悪魔たち。
 人ならざる者の猛威をメルスに振るうのだが、それらは全て無意味と化していた。
 武器を振るえば躱され、魔法を放てば避けられ、直接捕まえようとヒラリと掻い潜られている。

 隙を見せればメルスに殴られ、痛みのない打撃を受けることになる。
 そう、痛くはないのだ。
 だが殴られた衝撃だけは残り、悪魔たちの中でジンジンと疼き続ける。

「メルス! その……あちらで倒れている悪魔の方々はどうやって……」

「あー、現在失神中の奴らだ。俺の籠手にはそういう効果もあるんだよ」

 クラーレが見つめる先には、荒い息を吐いて地に伏した数体の悪魔がいる。
 傷一つ付いていない、だが何処か苦しげな表情を浮かべていた。

「それって、その籠手で殴られたわたしたちにも……」

「…………」

「答えなさい!」

「……黙秘だ」

 本人は否定しているが、沈黙が秘められた全てを語っていた。
 魔武具『救世の籠手』は、攻撃した対象を回復する能力を持つ。
 持ち主に近接格闘能力を与え、個人や世界の因果を捻じ曲げる【憤怒】の力。
 とある創作物に登場する魔女をモチーフに生まれたため、その権能をメルスになりに再現したその能力――に対して主人公が見せた反応が忠実に設定されていた。

 そこから求められる、悪魔たちの異常とクラーレの質問への回答……言えることといえば、それをメルスが心の奥底で望んでいたということだ。
 彼も、普通の学生だったのだ。



 結局、メルスは口を割らなかった。
 残った悪魔が一斉に攻撃を行ったので、仕方ないと言って戦いに集中し始めたからだ。

「モグモグ……ですが、わたしたちは参加しなくてもよいのでしょうか?」
「いいんじゃないの? ……パクリッ、あれが負ける姿が浮かばないじゃない」
「ハムハム……そもそもだな、食べ物に釣られている時点でそれらを言う権利はないのではないか?」
「……ゴクンッ。うん、ポップコーンには炭酸飲料! でも、どうやって用意したんだろう? 結局あの人って、こういうアイテムを確保してたんだろう。個人で所有できる量以上に、色んな食べ物を持ってたよね?」
「ゴクゴク……たまに企業とのコラボをやっているみたいだけど、それも極少量だしね。というかプーチ、アンタは食べないの?」
「…………い、要らない~」

 プーチを除く五人は、メルスが魔法で転送した飲食物を手にしていた。
 バフ機能は無いが、とても美味いと(眷属間で)評判の食べ物をメルスは送った。
 基本的には、映画観賞やスポーツ観戦の際に飲み食いする物を並べている。

 そうした飲食物で心を癒し、メルスと悪魔の戦いを眺めていた。
 現在もメルスは悪魔を相手に挑発を繰り返し、隙を突いてはカウンターを放っている。

「しかし、全く苦戦してないわね。私たちとの戦闘のために制限を掛けていたのに、どうしてああも余裕なのかしら」
「レベルは調べられないし、色々と隠しているから分からないな」
「視れたとしても、偽装ステータスよ。明らかにおかしいもの……しかも、それを見るまでにかなりスキルレベルが上がったし」
「というより~、あれは異常~」
「でもさ、本当に強いよね。プレイヤー……のはずだっけ?」
「さっきも言ったじゃないですか。メルスは正真正銘、わたしたちと同じプレイヤー。決して、召喚獣や自由民ではありません。そして、女の子でもありません」

 メルスは一度もダメージを受けていない。
 掠り傷すら無く、HPゲージは常に満タン状態である。
 伊達に世界最強を下したのではなく、無双の力を駆使して戦闘を行っている。

「……でも、あの大悪魔って奴。一切メルスに攻撃してこないわね」
「配下を使って、力を測っているみたいね」
「まあ、悪魔も少しずつ減っているし、そろそろアイツ自身が動くだろう」
「でも~、アレで全部じゃ~ないかもね~」

「――大丈夫、メルスなら倒せます」

 クラーレは信頼に満ちた顔で、メルスのことをジッと見つめていた。
 その手に、ジュースと量り売りのお菓子の容器を握り締めて。

◆   □   ◆   □   ◆


 悪魔も残り二体となる。
 クラーレたちもとっくに悪魔を倒しているので、正直戦うのが面倒になっていた。

 しかし、制限も掛かっているから一瞬で滅することはできないので、丁寧に一匹ずつ快楽地獄に堕としておく。
 こうしておけば、あとで使役できるかもしれないしな。


『グォオオオオオオ、し、死ねぇええ!』
『よくも、アイツらにあんなことをぉお!』

「知るか、とっとと同じ状態になれ」

『『――アヒンッ!』』


 どちらも屈強な男型の悪魔、萎えそうな心へ活を入れて同時に処理する。
 拳の周りに薄い障壁を纏い、黄金の球を計四つ破壊した。
 悪魔は幸悦とした表情を浮かべ、その場にガクッと膝を突いて倒れる。


「さて、残るはお前だけだぞ……大悪魔」


 そのときに見た大悪魔の顔は、とても歪んだ笑顔を浮かべていた。



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