AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と月の乙女 その03



 ――戦いは既に始まっていた。
 体を痺れさせるような衝撃と共に、開幕の鐘は轟く。
 これから行われるは、月の乙女たちによる災厄討伐。
 夢現を司るその厄災の名は――」

「余裕ですね!」

「ああ、だって余裕だしな」

 棒を伸ばして攻撃を行うクラーレ。
 メルスはほんの少しだけ、体を捻って回避行動をする。
 棒は魔力を通じて軌道をカーブに変更するが、それでもメルスの回避はそのギリギリを通過した。

「だいたいさ、物理も魔法も効かない相手にどうしようってんだ? 甘い甘い、それを聞いたらどう動くかまで分かるところがさらに甘い」

「うざ~い」

「物理と魔法を同時にやれば通る? そんな考えが陳腐なものだ。これはゲームであって遊びではない的な、リアルなゲームに弱点のない敵はいるのかな?」

 ストレートに罵られるも、独り言をしているという体を見せて誤魔化す。
 プーチが放った魔法も、ディオンとシガンの連携による攻撃も結界で防ぐ。

「というか、まだ攻撃してないんだが……そろそろ攻めていいか? それじゃあ、結界が攻撃を反射するから気を付けろよー」

 そう言った途端、メルスに向けて攻撃を放つ者たちに痛みが走る。
 これまで敵が与えてきた苦痛、それらは自らへと翻り痛みを感じさせた。

「みんな! "エリアヒーr――」

「よいしょっと、"ディスペルブレイク"」

「ちょっと、真似しないでよ!」

「『譎詭変幻』に定まった形は無い。有形にして無形、まさに自由なんだよ。それより、どんどんやらないと負けちゃうぞ」

 クラーレによる回復も、メルスによって魔法ごと無効化される。
 直接届く距離では無かったが、<領域干渉>の能力を以って遠隔発動を行った。

 ダメージを受けた者は仕方なく、限りがあるポーションを飲んで自身のHPを癒す。
 メルスはそれを邪魔することはせず、ジッと回復する時間を与えた。

「邪魔、しないんですね」

「邪魔したらすぐ勝っちゃうだろ。それに、それ俺が作ったヤツだし……どうせなら、俺もしっかり使ってほしかったしな」

「……あっ」

 若干の照れを見せるメルスとクラーレ。
 その思いは恐らく同じではないが、両者共に見せた動きは変わらない。
 頬を赤らめ、少し顔を窺おうとして……目が合ってバッと逸らす。
 互いに隙が生まれ、残った五人はメルスを攻撃するチャンスを手に入れる。

 だがしかし、結界を破壊しなければ届くことはない。
 メルスの展開する反射結界は、存在する限り攻撃を撥ね返す。
 籠められた魔力は膨大な量なため、正面から破壊することは不可能。
 しかし、内側から攻撃されることは予測されていない――

「……2、1――"クロノブレイク"!」

「あ、ヤベっ、壊れた」

 メルスの知らない、シガンの新たな【未来先撃】の使い方。
 置いておいた斬撃を(時空魔法)で転移させることで、好きな場所へ攻撃を送れるようになった。

 結界は内部から強烈な一撃を撃ち込まれ、そのまま軽快な音を鳴らして破裂する。
 メルス自身は新たに結界を生成し直して、余裕を持って攻撃を防ぎ切る。

 だが、反射結界は破壊された。
 もちろんすぐに張り直すこともできるが、内側からの衝撃を気にする必要を教えてくれた礼として、そのまま戦闘を継続する。

「はーい、破壊おめでとう。ご褒美に、俺も武器を使いますか」

「あの双剣ね」

「ノンノン、剣だろうと槍だろうと弓だろうと盾だろうと……何でも使って見せよう。それがオールラウンダーの利点だ」

「なら、素手でいてほしいわね」

「……現状維持ね、了解っと。籠手だけは嵌めさせてもらうぞ」

 彼女たちは知らないが、そう言ってメルスが取り出したのは『救世の籠手』。
 本当ならしっかりと武器を使って戦おうとしたが、素手と言われて気分が変わる。

 メルスの考えている通りの展開になれば、好ましい明るい未来が誕生するのだから。

「それじゃあ一気に吹き飛ばすから、全員死ぬなよー」

「えっ――」

 瞬間、彼女たちは体が浮く感覚を覚える。
 痛みは感じなかった、それでも実際に体が飛んでいることは事実だ。
 視界は高速で変化し、メルスとの距離が遠くなっていった。

「それじゃあ、次は上に飛ばすぞー。掛け声はもちろん――たーまやー、かーぎやー!」

 その声は、彼女たちの下から聞こえた。
 ふわりと浮かんだ体が仮初の空へと近づくが、今度はしっかりと感覚を掴む。
 慣れた視界で状況を把握すると、自分たちが宙に舞っていることに気づく。

「軽気功って言うんだけどさ、最初の一撃でお前ら全員にそれを使わせた。体が超軽くなるから、そうやってふわりと浮かぶんだぞ。あ、方法は企業秘密な」

 気の流れを自在にコントロールできるようになったメルスは、他者へその技術を一時的に押しつけられるようになっていた。
 ただ、浮くために使っている気は本人のものなので……常時APを消費させている。

「くっ、“グラビティ”!」

「プーチ、口調が変わってるぞー。まあ、重力で戻すのもいいけど……こういうのも楽しくならないか? ――“ゼログラビティ”」

 重力を魔法で増加させて地上に戻ろうとするが、メルスが彼女たちにかかる斥力を完全に無にしたため、その目論見は失敗する。
 軽気功の発動を外部から切断され、彼女たちは水の中に居るような感覚に襲われた。

「舞台は二次元から三次元へ! シガンの演算もキツくなるんじゃないか? 空を飛びたきゃ翼を生やせ、空を舞いたきゃ風を纏え、空を統べたきゃ宙を蹴ろ!」

 メルスは『パーティエンス・ブーツ』で空中を歩きながら、宙で浮く者たちへ告げる。
 彼女たちの中で最もMPのある者、プーチが全員に風属性の魔法を行使し、一時的に空での活動を可能とした。

「時間は~、たぶん五分ぐらいだよ~」

「いやいや、それじゃあつまらない。もう少し楽しませてやろう――"トランスファー"」

「……どういうつもりかな~?」

 プーチは自身の中に何かが流れてくるのを感じた。
 ステータスを確認すると、それが魔力であることが分かった。
 ……それを送ったのがメルスでなければ、彼女もありがたく使ったことだろう。

「粋な魔力のプレゼントさ、これなら攻撃にも参加できるだろ? なあ、もっと俺を楽しませてくれよ」

「チッ、死ね」

「…………」

 ショボンとした表情をスキルで隠し、メルスは宙を蹴って攻撃へ向かう。


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