AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と平和な時間



夢現空間 浴室


「ハァ……、いい湯だな。あ、忘れてた」


 指を鳴らすと、先ほど鳴ったばかりの鹿威しが、再びカポーンと音を響かせる。
 風呂と言えばこの効果音、しっかり入れておかないとな。


「扉、結局光が消えちまったな。……まあ、その内勝手に光るだろ」


 グーと話していると、扉の光が消失したとの連絡を受けた。
 レイたちからいろいろと言われていたのだが、すっかり忘れていた。
 あれだな、イベントをギリギリでクリアしようと思ってたら、結局クリアする前に終了しちゃった……的な?
 まあ、そんなもんだろう。


「いちおう鍵はあるし、その気になればいつでも行けるしな」


 座標を元に、一本の鍵を模した魔道具のような物を生み出した。
 それを使うことで、扉はいつでも座標が示す場所へ向かえるという仕組みだ。
 創り上げた鍵は、扉と同じ意匠が施された物となっていた。
 掌でそれを弄んでいるのだが……妙に熱く感じるんだよな。


「……にしても、やっぱり独りで入る風呂は良いものだな~。なんかこう、自由って感じがするしさ~」

『ふむ。儂もそう思――』

「(侵入者が浴室に現れた。女風呂に転送したから対処を頼む)」


 お湯に山を浮かべたソウが、いつの間にか隣りに居たので追い出した。
 ……侵入者撃退用の仕掛けがあるはずなんだがな、前に一度撃退できたからって油断していたか(ソウが来る前の話だ)。
 もう少し、仕掛けを強化するか。


「そうじゃきゃ、マイサンがヤバいしな……ハァアアア。やっぱり平和が一番だ」


 扉や風呂については……あとで考えよう。
 そう決心して、俺は肩まで浸かって温さを味わい続けた。


  ◆   □   ◆   □   ◆

???

「……シュッ、シュッシュッ……」

 ジャラ、ジャラジャラ

「……シュシュッシュッシュシュ……」

 ジャララ、ジャラ、ジャララ

「――煩い煩い煩いのだ!」

 ジャララッラララ!

 来る日も来る日も待ち人は来ず、その少女はマグマのように迸る怒りを――拳を振るうことでどうにかしようとしていた。

 頭に思い浮かべるのは、待ち人を殴り飛ばすその瞬間。
 自身がこれほどまでに待ったのだ。
 せめて待った日数分は、殴らないと気が済まない。

 そう思い、少女は拳を何も無い空間に撃ち出していた。

 ……だが、少女の体中に纏わりついた鎖が音を鳴らし、少女のイライラをより一層強いものへと昇華させていく。

「いったい、いつになったら、アイツは、来るのだっ!」



 少女がそうして今日も頭の中で待ち人を殴り続けていると――

「何をやっているの? ドミリオン」

「おお! ちょうど良い時に来たのだ! スペークもいっしょに、アイツを殴る練習をするのだ!」

「……なんで?」

 黒曜石のような髪と瞳を持ったその少女は尋ねる。
 ……いきなりそのようなことを言われた者の反応として、その質問は妥当と言えよう。

「かくかく、しかじかなのだ」

「うまうままるまる……やっぱり、全然分からない。ちゃんとした説明を要求する」

「むぅ。スペークが見張ってるアイツが、いつまで経ってもここに来ないのだ。待つために隠していたリソースも全部使ったから……また溜め込む必要があるのだ」


 鎖によって拘束された少女は待ち人を呼ぶために、職場仲間(?)にこっそり隠して溜めていた、リソースと呼ばれる力を消費した。

 込み入った事情があり、現在少女は軟禁状態にある。
 身体を拘束され、仕事を強要される……ブラック企業も素足で逃げ出すほどに、過酷な職場に閉じ込められていた。

 少女はそんな膨大な量の仕事を頭の片隅で行い、その仕事で使う筈であったリソースを密かに自分の元へと集めていたのだ(ただし隠し持つのは、仕事で使うリソースの効率の良い運用法を見つけ出して、余分に余ったもののみにしている)。

 そして、それは今底を尽きた……来なかった待ち人のお蔭で。
 そのようなことがあって、今自分が殴る練習をしていると説明をした少女。

 それを聞いた反応は――

「シーバラスとかレティスにバレたら面倒だよ。もう諦めれば?」

「嫌なのだ! というより、どうしてスペークはそんなに淡泊なのだ!」

「別に。私はあの人に怒る理由が無い。むしろ、シーバラスの無茶をどうにかしてくれる分、ありがたいと思う」

「……ぐぅ。確かにシーバラスのリソースの無駄遣いにはうんざりしてたのだ」

 ここ最近、シーバラスはリソースを大量に消費して、一つの存在を生み出した。

 ――偽りの厄災ディザスター

 勇者や魔王を生成するよりもリソースを消費するその存在は、たった一人の者を世界の敵と知らしめさせるためだけに生成された。
 その存在がその者と同じ顔や能力で暴れ回れば、いずれその者を狙う者が現れる……そういった考えだったのだろう。

「……一撃。それもリソースを使わないで倒してた。本当に無駄遣いだった」

「それは観たのだ。時々様子を見に来てくれるGMたちが録画してあったのだ」

 今は待ち人の愛人になっている気がしないでもない、光のような髪と瞳を持つ娘が、ここにその映像を持ってきてくれていた。

 その映像は少し見えないシーンがあったけれども、自分たちが文句を付けながらも生み出す片棒を担がされた、その厄災が敗北した様子が映っていた。

「……でも、それとこれは関係ないのだ! 無視された分、しっかり殴るのだ!!」

「そう……なら、頑張ってね」

 いつの間にか自分が苦労していた問題を解決してくれたその者に、最初はお礼でも言おうかと思っていた。
 ……だが、今はお礼コブシをくれてやろうと考えている少女。

 その思いが日々膨れ上がっていることに、少女自身が気づくことはまだない。
 だが、見ればどのような者でも理解できるであろう。

 待ち人のことを話すその少女を顔は、常に幸せそうなのだから。


コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品