沈黙の籠城犯

山本正純

浮かび上がる黒幕

合田警部は刑事部長室で千間刑事部長に捜査状況に関する報告をした。
「木原と大野の話によると、捜査線上に2人の関係者が浮上したそうだ。1人は第一の事件の被害者の婚約者、宮村善子。聞き込みの結果、彼女は昨晩、加藤を尋ねるために上京したらしい。それで、今朝成田空港の1番早い便で、札幌に戻ったそうだ。爆弾の積まれたワンボックスカーが新宿駅に停車していたのは、成田エクスプレスに乗り空港に向かうためだろう」
「状況証拠しかないな。物的証拠はないのか?」
「加藤一成の自宅を調べた所、床から女の毛髪が検出されたと鑑識から報告を受けた。問題のワンボックスカーのハンドルの指紋は、不十分に拭き取られていたので、指紋の照合ができる。さらに、被害者宅で家宅捜索を行った神津が、大家から重要な事実を聞きだした。昨日届けられた荷物が、部屋の中からなくなったらしい。ゴミ捨て場にもないということは、誰かが持ち出したということになるな」
「荷物の中身は何だ?」
「分からないが、それが証拠になるかもしれない」
「そうか。それで捜査線上に浮上したもう1人の人物というのは?」
合田は一呼吸置き、捜査線上に浮上した人物の名を明かす。
「津島永徳。株式会社センタースペードの初代社長で7年前から行方不明。今、親族の有無を調べている所だ」
その時、千間刑事部長の携帯電話に喜田参事官からの報告が入る。
『喜田です。椎名社長が犯人に呼び出された赤レンガ庁舎の花壇の前で爆弾事件が発生しました。幸い怪我人はいません』
「また爆弾事件か」
『爆弾は地中に埋められていて、宮村善子と名乗る女が所持していたリモコンによって爆発する仕組みになっていました。具体的にはリモコンに時限式の発熱装置が仕込まれていて、それを落としたら爆発すると鑑識から説明を受けました』
聞き覚えのある名前が受話器越しに聞こえ、刑事部長は眉を顰める。
「宮村善子と言ったか? そいつは東京で殺された加藤一成の婚約者だ。昨晩上京した彼女は、今朝成田空港発の飛行機に乗り、札幌に渡ったらしい」
『そうでしたか。それともう1つ。鑑識の話によれば、宮村が所持していた白い羽を纏った天使のカードから、加藤一成と宮村善子の指紋が検出されました。彼女はインターネットの高額バイト紹介サイトに登録したら、業者から送られてきたと言っていましたが、ウソの可能性があります。一応彼女が言ったアドレスをメールで伝えます』
「白い羽を纏った天使」
刑事部長が呟いた時には、通話が途切れ、参事官からのメールが届く。
その後でノートパソコンを起ち上げ、メールに記されたアドレスを入力した刑事部長の顔色は不安を拭い去った。画面に表示されたのは、ただの高額バイトの紹介サイトだったのだ。
だが、カードのことが気になった刑事部長は、適当にエンターキーを押してみる。すると、画面が暗転して、見覚えのあるシンボルマークが画面の中で回転した。水色の背景の中で、文字が浮かび上がる。
『Welcome to tedious angels.』


驚愕を露わにする千間刑事部長に合田警部は近づき、ノートパソコンの画面を覗き込む。
同様に驚きを隠せない合田が呟く。
「ようこそ、退屈な天使たちへ。国際的なテロ組織が今回の事件にも関与しているのか?」
「おそらくそうだろう。兎に角、1つの謎は解けたな。加藤一成の自宅に届いた荷物は、宮村善子の手によって外部に持ち出された」
「一刻も早く宮村善子を北海道警に呼ぶ必要があるな。喜田参事官に彼女を任意同行してほしいと頼もう」
「合田。言われなくても分かっている」
刑事部長が携帯電話を取り出したのと同じタイミングで、誰かがドアをノックした。そして、検視官の北条が刑事部長室を訪問する。
「失礼します。千間刑事部長。新宿駅に停車されていた黒色のワンボックスカーの後部座席から、微量な毒物の成分が検出されました。毒物が噴きこぼれた痕です。殺害現場はあの車の中です。犯人は爆弾で殺害現場を葬り去ろうとしたんでしょう」
「よし。北条、今から重要参考人の指紋が北海道警から送られてくる。それとワンボックスカーのハンドルに残された指紋と照合しろ。それで重要参考人が被疑者に変わる。それと、君はコンピュータに詳しかったな。このサイトについて調べてほしい」
刑事部長は頼みながら、ノートパソコンの画面を北条に見せた。だが、北条は腑に落ちないような顔を浮かべる。
「サイバー犯罪対策課に頼めばいいのではありませんか?」
「いや。サイバー犯罪対策課に頼んだら、公安の耳に入るかもしれない。そうなったら恩が売れなくなるからな。頼む」
刑事部長から指示を受けた北条は、仕方ないと肩を落とした。
「分かりました。やってみます。アドレスを教えてください」
刑事部長は紙にアドレスを記し、それを北条に渡す。そうして、北条は刑事部長室から去った。
その後で合田は腑に落ちないような顔付きになる。
「刑事部長。おかしいと思わないか? 宮村善子の指紋が例の車のハンドルから検出されたとしたら、なぜ後部座席に加藤一成は座った。婚約者なら、助手席に座るはずだ。それに女1人の力で1人の男を現場に遺棄できるとは思えない」
「つまり、共犯者がいるということか?」
刑事部長が疑問を投げかけた時、合田警部の携帯電話が鳴った。電話の相手を確認すると、神津刑事からだった。
『合田警部。津島永徳の妻は10年前に病死している。それと令状を見せて、戸籍を確認した結果、津島永徳には子供がいることが分かった。その子供は……』
衝撃的な事実を聞かされた合田は平常心を保ち、首を縦に振った。
「分かった。このことは木原にも知らせよう」
合田警部は電話を切り、木原にメールを送った。


送信されたメールを読んだ木原は、閉じ込められた5人の容疑者の顔を見た。この5人の中に津島永徳の子供がいる。その答えは合田警部から送られたメールに記されているが、彼は信じることができなかった。
木原が疑惑の目で容疑者を見ていると、大野は彼の携帯電話を覗き込み、納得した。これで理解不能な犯行動機が説明できると刑事は内心喜ぶ。だが、彼も同様に犯人の正体に疑惑の目を向けていた。

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