レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~
第七章 第七話「満月の夜」
陽太は大聖堂で一人佇んでいた。
ルナディの母親はああ言うが、自分にとっての魔女は大切な人だ。
何度命を救われてきただろうか。
冷たいように見える時もあるが、ツンデレなところが可愛い人だ。
――いや、ほぼツンしかないけどね。
こうして紋章が揃った今、自分は元の世界に帰れるのかもしれない。
それでも、彼女が何かを抱えているなら力になりたい。
帰るのはそれからでも構わない。
自分なんかが役に立てることなんてないかもしれないけれど。
他にもまだまだやり残したことがあるし。
――それまでは姐さんと、また一緒に旅をしていたい。
そこへ階段を上がってくるコツコツという足音が聞こえた。
やってきたのは彼女だった。
噂をすればなんとやら。
「陽太、上で少し話をせんかえ」
「はい? いいですけど」
魔女から改まって誘われるなんて初めてのことで驚く。
いつもなら『ついてこい』の一言ぐらいなのだが。
そして魔女に連れられ、雷神殿の屋上へとやってきた陽太。
丸く突き出た屋根の上は、展望台のようになっていたのだ。
そこで目にした光景に、陽太は目を輝かせる。
「凄い……」
頭上には、昼間の太陽を砕いてばら撒いたような満天の星空があったのだ。
いつか見たような夜空。
雪がちらつき、とても幻想的な光景だった。
「そう思うかや?」
「ええ、とっても素敵な場所じゃないですか。ありがとうございます。幽世にもこんな場所があるなんて……」
「そうか……まあ、ぬしならそう言うと思っておったが。語彙力も低いのう」
「でもなんで連れてきてくれたんですか? まるでデートじゃないですか。意外すぎて、雪でも降るんじゃ……あ、もう降ってた」
「この、うつけが」
魔女は陽太を睨んだあと、眉毛をへの字にしながら話し出す。
「わっちはここでずっと暮らしてきたからの。もう見飽きんした。ぬしならどう感じるんじゃろうかと思うて連れてきたのじゃ」
「ずっと……ですか」
魔女の言う『ずっと』は、陽太には計り知れない年月であった。
四百年。
魔女はずっとここで空を眺めていたのだ。
ずっと。
「わっちゃ……もう疲れんした」
ぽつりと呟く魔女。
どこか寂しそうな背中を見て、胸がきゅうっと締め付けられる。
物のように扱われ、幽閉されてきたのを知っているから。
「四百年ですもんね」
「……化け物と呼ばれるのももう嫌でありんす。殺生に慣れるのも、もう……」
「……」
初めに会った頃、魔女の事を化け物呼ばわりした陽太。
悪いことをしたなと、いまさらながら申し訳なくなる。
「わっちかて……わっちかて誰も殺しとうない」
「……知ってます。俺は知ってますから」
二人の間に沈黙が流れる。
居心地の悪い沈黙ではない。
しばらく一緒に旅してきた、慣れ親しんだ空気感。
本音を漏らす魔女に、愛おしささえ感じる。
しんしんと振り続ける雪。
「冷たいの……」
かじかんだ手をすり合わせ、口元にもっていく魔女。
はああ、と息で温める姿は、決して化け物なんかじゃない、一人の可憐な女の子。
「そういえば、初めて二人で過ごした夜も満月でしたね」
「うむ。……満月の夜はの、死者の魂も彷徨うことなく成仏できるそうな」
「そうなんですか。死者の皆さん……どうか安らかに」
陽太はパンパンと手を合わせ一礼した。
「……わっちも少しだけ、祈らせてくりゃれ」
そう言って魔女は、両手を胸の前にして目を瞑り、お祈りのポーズをとった。
月明りが銀色の髪にキラキラと反射し、輝いて見える。
細い腕。
薄い唇に白い肌。
彼女の長いまつげに雪が舞い落ちる。
出逢った頃と違い、星霜の途絶を繰り返した魔女の体は、もう陽太と変わらないぐらいになっている。
溶けて頬を伝う雪は、光る涙のよう。
――こうして見るとただの女の子だ。
四百年か。
どれだけの悲しみや苦しみを乗り越えてきたのだろう。
この強き魔女。
抱きしめたくなるほどの小さき魔女。
陽太は人知れず、熱くなる胸の温度を感じながら魔女を見つめていた――
そして魔女はゆっくりと目を開けると、陽太のほうを振り返る。
「……何を見ておる」
「つ、月が綺麗ですねー」
「ふふ……ぬしや、今わっちに見とれておったんしょう」
いたずらな上目遣いで見つめてくる魔女。
いつもなら慌てて否定する陽太だが、あまりの美しさと、どこか寂しそうな笑顔に心ごと引き寄せられる。
「……確かに俺の目には、美しく映っていますよ。姐さんは満月よりも綺麗です」
なんて言いながら、魔女の傍にすり寄り、罵倒覚悟でその銀髪を撫でてみる。
心から、美しいと思うから。
すると銀髪の魔女は、ふわりと陽太の胸にもたれ掛かってきた。
淡い女の子の香りが鼻を打つ。
彼女は甘い声で呟いた。
「ぬし……今日だけは、わっちを温めてくれんかえ……」
「え? あの……姐さん? ちょ――」
まさかの反応に戸惑いを隠せない陽太。
彼女の生暖かい呼気が陽太を体を熱くする。
高鳴る心臓の鼓動。
「目を瞑ってくりゃれ……」
その時――
魔女の唇が陽太の唇に触れた。
一瞬だったろうか、それとも長い時間こうしていたのだろうか。
甘く、どこか懐かしくも感じる魔女の匂い。
突然の状況に固まっていると、魔女はくるりと陽太の胸から身を翻してしまった。
「あっ……」
抱きしめておけばよかった、そんな名残惜しさと切なさを感じる陽太。
「ふふふ、陽太はまだまだ子供でありんすっ」
そう微笑む魔女の瞳は、涙に潤んでいるように見えた気がした。
陽太にとって、魔女との最後の想い出。
魔女と過ごす最後の夜――
ルナディの母親はああ言うが、自分にとっての魔女は大切な人だ。
何度命を救われてきただろうか。
冷たいように見える時もあるが、ツンデレなところが可愛い人だ。
――いや、ほぼツンしかないけどね。
こうして紋章が揃った今、自分は元の世界に帰れるのかもしれない。
それでも、彼女が何かを抱えているなら力になりたい。
帰るのはそれからでも構わない。
自分なんかが役に立てることなんてないかもしれないけれど。
他にもまだまだやり残したことがあるし。
――それまでは姐さんと、また一緒に旅をしていたい。
そこへ階段を上がってくるコツコツという足音が聞こえた。
やってきたのは彼女だった。
噂をすればなんとやら。
「陽太、上で少し話をせんかえ」
「はい? いいですけど」
魔女から改まって誘われるなんて初めてのことで驚く。
いつもなら『ついてこい』の一言ぐらいなのだが。
そして魔女に連れられ、雷神殿の屋上へとやってきた陽太。
丸く突き出た屋根の上は、展望台のようになっていたのだ。
そこで目にした光景に、陽太は目を輝かせる。
「凄い……」
頭上には、昼間の太陽を砕いてばら撒いたような満天の星空があったのだ。
いつか見たような夜空。
雪がちらつき、とても幻想的な光景だった。
「そう思うかや?」
「ええ、とっても素敵な場所じゃないですか。ありがとうございます。幽世にもこんな場所があるなんて……」
「そうか……まあ、ぬしならそう言うと思っておったが。語彙力も低いのう」
「でもなんで連れてきてくれたんですか? まるでデートじゃないですか。意外すぎて、雪でも降るんじゃ……あ、もう降ってた」
「この、うつけが」
魔女は陽太を睨んだあと、眉毛をへの字にしながら話し出す。
「わっちはここでずっと暮らしてきたからの。もう見飽きんした。ぬしならどう感じるんじゃろうかと思うて連れてきたのじゃ」
「ずっと……ですか」
魔女の言う『ずっと』は、陽太には計り知れない年月であった。
四百年。
魔女はずっとここで空を眺めていたのだ。
ずっと。
「わっちゃ……もう疲れんした」
ぽつりと呟く魔女。
どこか寂しそうな背中を見て、胸がきゅうっと締め付けられる。
物のように扱われ、幽閉されてきたのを知っているから。
「四百年ですもんね」
「……化け物と呼ばれるのももう嫌でありんす。殺生に慣れるのも、もう……」
「……」
初めに会った頃、魔女の事を化け物呼ばわりした陽太。
悪いことをしたなと、いまさらながら申し訳なくなる。
「わっちかて……わっちかて誰も殺しとうない」
「……知ってます。俺は知ってますから」
二人の間に沈黙が流れる。
居心地の悪い沈黙ではない。
しばらく一緒に旅してきた、慣れ親しんだ空気感。
本音を漏らす魔女に、愛おしささえ感じる。
しんしんと振り続ける雪。
「冷たいの……」
かじかんだ手をすり合わせ、口元にもっていく魔女。
はああ、と息で温める姿は、決して化け物なんかじゃない、一人の可憐な女の子。
「そういえば、初めて二人で過ごした夜も満月でしたね」
「うむ。……満月の夜はの、死者の魂も彷徨うことなく成仏できるそうな」
「そうなんですか。死者の皆さん……どうか安らかに」
陽太はパンパンと手を合わせ一礼した。
「……わっちも少しだけ、祈らせてくりゃれ」
そう言って魔女は、両手を胸の前にして目を瞑り、お祈りのポーズをとった。
月明りが銀色の髪にキラキラと反射し、輝いて見える。
細い腕。
薄い唇に白い肌。
彼女の長いまつげに雪が舞い落ちる。
出逢った頃と違い、星霜の途絶を繰り返した魔女の体は、もう陽太と変わらないぐらいになっている。
溶けて頬を伝う雪は、光る涙のよう。
――こうして見るとただの女の子だ。
四百年か。
どれだけの悲しみや苦しみを乗り越えてきたのだろう。
この強き魔女。
抱きしめたくなるほどの小さき魔女。
陽太は人知れず、熱くなる胸の温度を感じながら魔女を見つめていた――
そして魔女はゆっくりと目を開けると、陽太のほうを振り返る。
「……何を見ておる」
「つ、月が綺麗ですねー」
「ふふ……ぬしや、今わっちに見とれておったんしょう」
いたずらな上目遣いで見つめてくる魔女。
いつもなら慌てて否定する陽太だが、あまりの美しさと、どこか寂しそうな笑顔に心ごと引き寄せられる。
「……確かに俺の目には、美しく映っていますよ。姐さんは満月よりも綺麗です」
なんて言いながら、魔女の傍にすり寄り、罵倒覚悟でその銀髪を撫でてみる。
心から、美しいと思うから。
すると銀髪の魔女は、ふわりと陽太の胸にもたれ掛かってきた。
淡い女の子の香りが鼻を打つ。
彼女は甘い声で呟いた。
「ぬし……今日だけは、わっちを温めてくれんかえ……」
「え? あの……姐さん? ちょ――」
まさかの反応に戸惑いを隠せない陽太。
彼女の生暖かい呼気が陽太を体を熱くする。
高鳴る心臓の鼓動。
「目を瞑ってくりゃれ……」
その時――
魔女の唇が陽太の唇に触れた。
一瞬だったろうか、それとも長い時間こうしていたのだろうか。
甘く、どこか懐かしくも感じる魔女の匂い。
突然の状況に固まっていると、魔女はくるりと陽太の胸から身を翻してしまった。
「あっ……」
抱きしめておけばよかった、そんな名残惜しさと切なさを感じる陽太。
「ふふふ、陽太はまだまだ子供でありんすっ」
そう微笑む魔女の瞳は、涙に潤んでいるように見えた気がした。
陽太にとって、魔女との最後の想い出。
魔女と過ごす最後の夜――
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