レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第七章 第四話「精霊族の子」

「寝れんのかえ」

 その晩、小屋で横になるルナディは眠れない夜を過ごしていた。
 まあ、あんなことがあった後だ。
 気が張るのも無理はない。
 隣のベッドで寝ていた魔女が声をかける。
 ちなみに陽太は床でぐーすかと寝ていた。
 縄で縛られた状態で。
 外に出しておくわけにはいかないが、変態と一緒に寝るのも怖いからと。

「こっちへ来るかや」
「……うん」

 そう言われ、ルナディは魔女のベッドへ潜り込んだ。
 添い寝する二人の少女は姉妹のようであった。

「……人の心を操る魔法って、どうやって覚えるの?」

 天井を見ながら、ルナディがそう呟く。

「そんなもの覚えても、ろくなことありあせんしょう」
「使えたらいいな……って思うの」

「……誰に使うのじゃ?」
「……お母さん。会ったら、ぎゅってしてもらいたいの」
「それなら別に、心を操らんでもよかろう」

 するとルナディは、魔女に背を向け布団の中で丸まる。

「だって……お母さん、ルナのこと覚えてないかもしれない……」
「まさか。そんなわけないじゃろ。親が子を忘れることなど」
「でも……」

 ルナディは不安だったのだろう。
 なぜなら親とは六年以上も会っていないからだ。

 精霊族の村は海の孤島にある。
 そこでルナディは産まれた。
 長寿だが子を授かりにくい種族であったため、ルナディの誕生は村をあげて祝福された。
 高い魔力に将来を期待されるルナディは、周りから勧められるまま、六つの時にそこを出て学校へ入学した。
 この歳で寮へ入ることはこの世界では珍しいことではない。
 学校自体が存在する街は少なかったから。
 ただ、精霊族だということは珍しがられ、最初の間はアイドルのようにもてはやされた。
 しかし、学年が上がるにつれ、それを妬ましく思う女子たちが出て来た。
 故郷では同い年の子供などいなかったため、どうコミュニケーションすればいいのか分からなかったから、すれ違いで喧嘩になることもあった。
 そしてルナディはハブられることが多くなった。

 ……とまあ、ここまではよくあることだ。
 しかし、精霊族の名は伊達じゃなく、本当に魔法の才があるルナディは、早々に水属性最上級魔法を習得できてしまった。
 セイレーンと契約した【水妖の一涙】だ。
 セイレーンだけがルナディの友達だった。
 ある日、ただの女子同士の喧嘩、それだけでは済まない事件が起きた。
 リーダー格の女子からの嫌がらせに対して、【水妖の一涙】を使ってしまったのだ。
 相手の命に別状はなかったもの、職員による緊急会議が開かれた。
 そしてルナディは謹慎になり、いったん故郷へと送り返されることとなった。

 天族であるアメリアの叔母さんに運んでもらい、海を渡り故郷へ戻った。
 しかし、たどり着いたそこで見たのは、見たこともない魔法陣に包まれる家族の姿。
 赤黒く輝き、眩い光を放つ魔法陣。
 それと共に、家族の姿が歪んで見えてくる。
 ぐねぐねと空間が捻じれ、次の瞬間には全て消えていた。

 行き場を失ったルナディは再び帝都へ戻った。
 アメリアの叔母が学校に掛け合ってくれた。
 子供ながらに強大な力を持った存在は、教師からも疎ましく思われたが、なんと王から直々にルナディをそのまま学校へ通わせるよう指令が来た。
 精霊族は貴重だからだ。
 優秀な魔法使いを輩出したとなれば学校の名があがる。
 それに皇帝の血すじには精霊族の血が入っているとの噂もあった。
 そんな大人の事情で寮に残ることとなったルナディであるから、その後も決して楽しい学生生活は送れなかった。
 ずっと、孤独だった。

「……ルナが謹慎になってたこと知ったら、お母さんきっと怒るの」
「なぜじゃ?」
「ルナが悪い子だから……」
「そんなこと。話せばわかるじゃろ」
「でも先生もみんなも……ルナを避ける……どんだけ魔法を覚えても……どんだけ頑張っても、誰も褒めてくれないもん……」
「……」

 すると魔女は、そっとルナディの頭を胸に抱き寄せた。

「……孤独に耐え、よく頑張ってきんした。わっちはお前を心から称賛しんす」


「っ……!」

 ぶわっと溢れる涙。
 ルナディは魔女の胸で肩を震わせながら泣いた。
 大声で泣くことすら許されず、目立たぬよう過ごしてきた彼女。
 先生に怒られても、竜族に襲われても、決して泣かなかった彼女。
 ずっと我慢してきた涙だった。
 それを魔女は優しく包みこむ。

「それに陽太やハリルもおりんしょう。もう、一人ではない」
「……うん」

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