レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第七章 第一話「夜這い」

 幽世に転移した三人。
 カモノ神殿という場所を目指し、寂れた景色を飛んでいく。
 幽世は相も変わらず枯れ木林と血の池地獄。
 日も暮れ、いったん地上へ降りる三人。
 空中浮遊の魔法も一日に使える限度があるらしい。
 お尻も痛いので今日はここまでにしようということになった。
 夜営のために【樹嶽の統馭】で小屋を作る魔女。

「いやあ、すみませんね。こんな立派な寝床まで用意してもらっちゃって」
「なにを言っとるかや。ぬしは外じゃ」
「ルナのは?」
「ござりんす。ベッドは二つじゃ」
「ちょ、なんでルナはよくて俺はダメなんですか!?」
「そりゃあ寝てる間に何されるかわからんからの」
「まさか! 俺に限ってそんなこと……」

 と言いかけた陽太だが、魔女の胸元に目がいく。
 和服からこんもりと主張してくるグレープフルーツの双子の姉妹。
 陽太には、食べて食べてと主張しているようにしか見えない。
 ――わたしに触れてごらん、やわらかいわよ。
 ――いえ、あたしのほうがきっと気持ちいいわ。
 ――ほら、ぷるるんぷるるん……

「ぐへ……ぐへへ」

「……ぬしはほんに変態じゃの」
「陽たん、変態さんなの?」

 そこへ我に返った陽太は言い放つ。

「……ルナ! 信じルナ!」

 陽太はしてやったり顔でルナディを見つめる。

「……くーだらない」
「えー!! ダジャレ好きなんじゃないのか!?」


 こうして小屋から追い出された陽太は野宿することになった。
 地属性最上級魔法の契約を済ませている陽太は、自分で作るのもありなのだが、なにせ【樹嶽の統馭】にはお金がかかる。
 そこで、借金まみれの陽太は考えた。
 心の中で念じる。
 ――いでよ、ぴぃたーん!
 不死鳥を呼び出し、そのもふもふを枕に寝ることにしたのだ。
 赤く発光する魔法陣から出現する巨大な不死鳥。

「ぴぃたん、きもちい……」
「ピキィー」

 陽太がドワーフの洞窟に籠っていた三年の間、不死鳥の世話は魔女がやっていてくれたらしい。
 幼鳥だったぴぃたんも、見違えるほど大きくなっていた。
 陽太はその羽根の中にすっぽりと埋まり、リアル羽毛布団で寝るのであった。


    §


 しかしその夜、事件は起きた。

 尿意をもよおした陽太は、不死鳥の体からむくっと出てきて林の中へ向かっていた。
 幽世の夜は霧が深い。
 僅かな月明かりをもとに、辿り着いた池の畔で用を足す。

「ふぁあ……ずっと鎌に乗ってると痔になりそうだなぁ……」

 寝ぼけまなこでそんなことを呟いていると、急にゾクッと悪寒が走る。
 小便の後のアレではない。
 林の中に誰かがいるような気配を感じたのだ。
 キョロキョロ見回す陽太。
 すると今度は目まいが襲ってきた。
 そして頭の中に、言葉ともいえないような声が響いてくる。
 グラグラと、揺すぶられるような感覚。
 ――前にもあったようなこの感じ、いつのことだったろうか。
 思い出そうとしていると、それは酷い頭痛へと変わっていく。

「ぐっ……誰か……」

 耐え難い痛みに、やがて陽太は意識を失った。


    §


 その頃、魔女とルナディの二人は隣り合わせのベッドで寝転んでいた。
 小屋の中に魔女が作った、ふかふかのベッドだ。
 ルナディがちらりと横目で魔女を見る。

「あっ……」

 目が合い、慌てて寝返りを打つルナディ。

「そんなに怯えんでも、とって食うたりやせん……」

 魔女に背を向けたまま、彼女はコクリと頷いた。
 そして魔女の方へと向き直り、口を開く。

「……ハリル、ペンダントしてた?」

 ペンダント。
 それはハリルがくれた、友情の証。
 陽太とルナディは、あの出来事から三年経った今でも、肌身離さず身につけていた。
 しかし、あんな出来事があったから、ハリルはもう付けていないかもしれない。
 それが気になっていたのだろう。
 不安な表情で魔女を見つめるルナディ。

「……ああ。付けておった」
「よかっ……たの」

 その返事を聞き、ルナディは胸を撫で下ろすように大きく息をつく。
 すると魔女はハリルのことを話し始めた。

「最初に闘技場で会うた時から、勇ましく仲間を守ろうとする童子じゃったしの。わっちも気にはなっておったのじゃ。だからこそ、あんなことになったのは不憫で仕方ありんせん」
「……」
「じゃが竜族の王が死に混乱する国を、齢幼い少年がまとめる姿は、まあ見物みものでありんしたえ。立派に竜王の遺志を引き継いでおりんす」
「ハリルはきっとそんなこと……望んでなかったの」
「……そうじゃのう。全てわっちのせいじゃ。わっちが陽太を連れて行かねば、竜王は死なんかったやもしりんせん。ぬしらには辛い想いをさせた。すまんの」

 突然の謝罪に目を丸くするルナディ。
 魔女は天井を見上げながら話を続けた。

「そもそも、あんな心の弱い陽太を巻き込むべきではないのかもしれん。最近はそう考えることもありんす。陽太はたとえ人族であることがおおやけになったとしても、アメリアという天族と一緒にハーリオンで暮らせるのではなかったんじゃろうか。天族はそういう種族でありんすえ。きっと人族を受け入れよる。そうでなかったとしても、やはり元の世界へ――」


 ――ガチャ。
 その時、小屋のドアが開いた。
 入り口の方からミシリと近づく足音。
 明かりを消した小屋でも、魔女は足音で誰が来たかを悟る。
 陽太だ。

「――なんじゃ、本当に夜這いに来んしたかえ……あれだけ入るなと言うておったのに」

 ヒソヒソ声で呟き、布団を顔まで被る魔女。
 それを見たルナディも、真似をするように包まる。

「陽たん……やっぱり変態さんなの」
「近づいてきたところを金的でもしてやろう、からかい甲斐のある男じゃからの」

 二人が寝てるフリをして声を潜めていると、陽太は魔女の枕元までやってきた。
 陽太の下腹部へ狙いを定めるように、布団の中から薄目で見つめる魔女。
 すると腰の辺りでキラリと光る物が目に映る。
 陽太の手に握られた短剣であった。
 次の瞬間、陽太はそれを魔女めがけて突き刺してきた。
 グサッと鈍い音が小屋に響く――

「レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く