レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第五章 第九話「分魂の」

 陽太は魔女と竜族の街を出た。
 記憶が飛んでいる時のことは、魔女から聞いた。
 心を操る術を使う、そんな奴がいるらしい。
 魔女にも出来ない。
 本当かよ、と陽太は疑ったが、出来てたら初めからぬしを操っておりんしょう、と。
 確かに。
 ――しかし、あの場に倒れていた竜族、全てを自分がやってしまったのか……
 操られていたとはいえ、血の匂いを思い出すだけでも背筋が凍りつく。

 それに、弔うことすら許されない。
 もう二度とこの街に来ることはないのだろう。
 そんなことを考えていると瞳が潤む。

「ぬし……! 目からおしっこするのかや」
「涙です!」

 呼び方が『ぬし』に戻ってるし。
 見た目年齢が近くなったから、少しは格上げされたんだろうか。
 ぬしというのは相手を敬う二人称だから。

「人生なんて死への序章じゃ。……長く生きれば生きるほど、失うものが増えていくだけでありんす」

 遠い目で呟く魔女。
 するとそこへ、後ろから追いかけてくる人物がいた。

「待って」

 ルナディだ。
 ルナディは息を整え、魔女に言い放つ。

「……お母さんたちを、返して」

 ――そうか。
 ルナディは精霊族。
 その家族は彼女の目の前で、幽世へと転移させられたらしい。
 幽世は魔女の棲み処。
 すなわち魔女の仕業……なのだろうか。

「精霊族かえ」
「お母さんたちを返して!」

「まさか、それもさっき言ってた心を操る少年の仕業っすか?」
「いや、わっちが転移させたのは間違いないが」
「……!」
「ちょ、どうゆうことかきっちり説明してくださいよ! ルナの母ちゃんは!?」
「いちいちめんどくさい男でありんすな。今わっちはこの娘と話しておりんしょうが。別に殺しちゃおりんせんし」
「生きてる!? 生きてるぞ! よかったなルナ!」
「……よ……かったあ」

 安堵からかルナディは両膝をついて座り込む。

「じゃあ姐さん、さっそく会いにいきましょう! ルナに会わせてあげて!」
「まだ無理でありんす」
「なんでえ!?」

「あそこへ行くにはまだ幼すぎんす」
「そんな、幽世に年齢制限あるの!? 風俗みたいな感じ?」
「お黙りなんし。ぬしはほんにウザいのう」
「ウザ!? マジですか……泣きそう」
「召喚した天族も可哀想に。命を捧げてまでこんなクズを」

 召喚した天族。
 アメリアのことか。
 人族の代償は術者の魂だから。
 死んだと思っているのだろう。

「いやそれが姐さん、生きてるんすよ」
「は?」
「いや、この際だからぶっちゃけますけど、闘技場でほら、俺のもとへ駆けつけてくれたアメリアって女の子、あの子が俺を召喚してくれたんです」

 魔女は怪訝な顔をしたあと、ふと顎に手をやり考える。

「まさか……分魂の接吻かえ……?」
「そうなんです! や、別にやましい気持ちがあったわけじゃないですよ! 巨乳の家系だから唾をつけといたってわけじゃないですからね!」
「陽たん……おっぱいのことばっかり」

 自分のぺったん胸を両手で触り、ため息をつくルナディ。

「ぬし、なんでそれを早く言わん!」
「だだだって、姐さんが俺を殺すためにアメリアの命を奪ったりしたら困ると思って……」
「その繋がりがあの邪鬼に知られたら、あの娘は殺られんすえ!」
「邪鬼? その心を操るってゆう?」
「ああ、ぬしが人族であること、バレてしもうたから。これからは命を狙われんしょう」

「マジか! とにかく俺のことより、急いでアメリアを回収しないと!」
「そうでありんすな。目の届くところに置いておきたいところ」
「ルナ、すまん! とにかく一度、アメリアのところへ向かわせてくれ!」

 こうして三人は鎌に乗り、まず帝都ハーディアの跡地へと向かった。
 魔女も十五かそこらの歳まで逆成長してしまったので、傍から見れば子供の三人兄弟のよう。
 中身一人はオッサンで、もう一人は何百年も生きている魔女なのだが。

 ハーディアは竜族の国ロキアから橋を渡ればすぐである。
 しかし街ごと幽世へ転移してしまっているので、空からも枯れた森しか見えない。
 おそらく隣町へ避難しているだろうと、魔女は西へ進行方向を変える。

 道中、魔女は精霊族について話し始めた。

「ルナディとやら。ぬしの家族はおそらく、幽世の結界を補うために集められた精霊族の一部でありんしょう」
「結界?」
「あい。瘴気が外に漏れないようにするためのな」

 確かにあの世界には荒んだ光景が広がっていた。
 転移した帝都も、二週間で酷い有り様だった。
 瘴気、それの影響で作物は育たず、水は赤く濁り、建物も黒ずんで脆く劣化していた。
 その瘴気が外に漏れないように結界を張っているという魔女。

「外には何があるんですか?」
「……ぬしらはほんに、幸せでありんすな」

「え? もしかしてこっちの世界まで漏れだしてしまうってゆうことだったり?」
「そうでありんすけんど、違いんす」

 どっちなんだ。
 よくわからない答えをする魔女。

「……どうゆうことですか」
「そもそもぬしらの言う幽世とは――――この世界の一部でありんすえ」

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