レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第四章 第七話「サバイバル」

「ふあああ。よく寝んした」

 あくびをしながら別荘から出てくる魔女。
 両手を頭の上で伸ばし、はち切れそうな胸を揺らしながら。

「いいご身分ですね! 俺は不安でなかなか寝付けないし、蚊に噛まれるわで大変でしたよ」
「おお……それは可哀そうに」
「え?」
「ぬしの血を吸ってしまった蚊に同情しんす。泣きそう」
「そっち!?」

 魔女に囚われた陽太は、孤島にある魔女の別荘で共同生活を余儀なくされていた。
 とはいえ家の中にも入れてもらえず、不死鳥のヒナと一緒に野宿だ。

「ほれ」

 魔女は竹の実を胸元から取り出し、地面にぽろぽろとばら撒く。

「あ、朝御飯ですか」
「あい。ヒナにおやり」
「俺のは?」
「自分でなんとかしなんし」
「ちょ、なんとかと言われましても、お店もなにもないんですが」
「森にはモンスターがおるし、湖にはモンスターがおりんすえ。喰い放題じゃ」
「モンスター喰うんすか!? つか、ほぼ実戦経験ないんすけど!」
「その腰に携えた短剣は飾りかえ? 血が戻るまでの間、ここで生き延びてみなんし。次の最上級魔法はそれからじゃ」
「次の最上級魔法……」
「風でありんす。手ごわい相手よ」

 そう言い残し、魔女は鎌に乗り、どこかへと飛び去っていった。

「くそっ、ドSめ! てか、サバイバルか……セミすら触れないインドア派なんですけど」

 ヒナに竹の実をやりながら嘆く陽太。

「ぴよぴよ」
「お前【灼熱の業火】使えるのか? 飛ぶことすらまだ出来なさそうだけど」
「ぴよぴよ!」

 出来るよ、とばかりに、小さな羽をパタパタと動かす不死鳥。
 ――とにかく腹が減ったな、なんとかやってみるか。
 すんなりと現状を受け入れられるのが陽太唯一の才能かもしれない。
 適応性。
 陽太はさっそく魔女邸の裏にある森へと入ってみることにした。
 朝の木漏れ日が美しく、鳥のさえずりに癒される。

「こんなパワースポットみたいなとこ、モンスターなんているのかな」

 と思っていたのも束の間――

 ――ヒュン!

 陽太の目の前に、木のつるが飛んできた。
 矢のように地面に刺さる。

「危ねー。なにこれ?」

 飛んできたほうを見ると、木の形をしたモンスターが近づいてきていた。
 それも一体だけではなく、よく見ると周りの木々が動いているではないか。

「おいおいおいおい! 植物モンスターとか想定外なんですけど!」

 陽太は不死鳥に掴まり、後ずさる。

「よし、不死鳥! 今こそ放て! 灼熱の業火!」
「ぴぃー!」

 陽太の声に反応し、不死鳥はまた羽をバタつかせる。
 するとみるみる体が赤くなっていく。
 ぐーっと溜めるようにうずくまった後、ついに不死鳥は火を放つ。

「いっけえ!!」

 ――ボッ。

 不死鳥から放たれた灼熱の業火は、二十センチほど伸びて鎮火した。

「しょぼっ!!」

 それはライターか、よくてガスバーナー程度だった。
 モンスターをやっつけることなど到底できない。

「に、逃げるぞ!」
「ぴよ……」

 巨大な木のお化けにどう立ち向かっていいのかも分からず、猛スピードで来た道を引き返す。
 不死鳥のヒナはまだ飛べないが、走るのは速いようで、その体に掴まり必死でしがみつく陽太。
 こうしてなんとか追ってくるモンスターを振り切り、家の前まで戻って来れたのであった。

「ヤバいわ。つか、全然業火じゃないし!」
「ぴよぉ……」

 陽太に呆れられ、悲しそうな目をする不死鳥。
 【灼熱の業火】は不死鳥の力を借りる魔法。
 陽太の契約した不死鳥は、産まれたてのヒナだ。
 鳥には殻を破って初めて見たものを親と思い込むという、すりこみの習性がある。
 本来なら大人の不死鳥を手懐けるのは大変なのだが、おかげで戦わずして契約できた。
 それだけでも幸運なのだ。

「いや、ごめんな。お前は悪くないよ。他の方法探そう」
「ぴよぴよ!」
「そもそも、あんなのやっつけても喰えないだろうし」

 どうしたものか。
 ――ダンジョン飯全巻、読んどけば良かったな……

 森は諦め、今度は湖のほうへ向かう。
 水面はキラキラと穏やかそうに揺らめいている。
 ほとりを歩いていると、澄み切った水の中に、魚のような姿が目視できた。

「これなら喰えそうだ」

 陽太は靴を脱ぎ、そっと浅瀬から魚を狙う。
 しかし、バシャっと飛びかかるもなかなか捕まえることができない。

「手づかみは難しいか……」

 すると突然、不死鳥が慌てたように羽をバタつかせる。

「ぴよーっ!!」
「どうしたの?」

 不思議に思った陽太が湖のほうを振り返ると――

 ――ディーリン……ディーリン……ディリディリディリディリ……

 そんな音楽が流れてそうな、魚の背びれが見える。
 ぐんぐんと近づいてくる背びれ。

「うほー!! やばいよやばいよ!! アミティースリー!」

 バシャバシャと急いでほとりへ走る陽太。

 ――バッシャーン!

 水面から勢いよくジャンプしたそれは、サメに両手が生えた筋肉ムキムキのモンスターだった。
 五メートルほど飛んできただろうか、間一髪のところで陽太は陸地へ避難できていたが、あと少し遅ければガブリと食べられていただろう。

「あきまへん! こんなん出川さんでも無理ですわ!」

 湖を見ると、さっきの奴がまだこちらを伺うようにウロウロ旋回している。
 ――短剣でどうにかなるレベルじゃないっすよ姐さん……!
 自分が乗ってきたキノコ岩まで戻り、上に登って一息入れる。

「はあ……」

 森もダメ、湖もダメ、八方ふさがりの陽太。
 あと陽太に使える魔法といえば、【三叉の激流】ぐらいだ。
 しかし水で水は倒せない。
 かといって、木のモンスターはきっと地属性。

 学校で教えてもらった属性相関図を思い出す。

 地属性は、『雨降って地固まる』とも言うように、水属性に強い。
 これは担任との試合でも痛感したことだ。
 その水属性は、火に強い。
 これは火事を消火するイメージだ。
 そして火は風に強い。
 火事現場に風を送っても、もっと燃え盛ってしまうイメージだな。
 そんな風属性だが、これは雷に強い。
 雷雲を風で吹き飛ばしてしまうイメージか。
 対して雷は、地属性に強い。
 雷鳴で木を真っ二つにするイメージかな。

 円にすると、地、水、火、風、雷の順で並んでいるわけだ。
 だから魔女は火属性を覚えた今、次は火に対して劣勢にある風属性を習得すると言ってるのかもしれない。
 同じように水霊とか幻獣とかを相手にするなら、優劣が重要だろうから。

 というわけで、森のモンスターに関しては、不死鳥が成長するのを待つか、陽太自身が短剣でやっつけるしかない。
 だが、狩りスキルはこつこつ磨いていくとしても、とりあえず近々をしのげるようにならないと飢え死にしてしまう。

 ――魚か。
 マッチョサメさえいなければ、なんとかなりそうなんだが。
 水に入らず捕まえる方法――

「そうだ!」


 陽太は不死鳥と一緒に、この辺りで一番高いであろう岩場に登る。
 湖を一望できる場所だ。
 一回しか使えないから、失敗したら今日は飯抜きだな、そう考えながら正座をする陽太。
 手を合わせ、お願いのポーズ。

「――ポセイドン、ドカーンとやっちゃって!!」

 すると湖の真上に巨大な水の球が発生する。
 そして風船に針でも刺したかのように破裂し、大量の水が湖へと降ってくる。
 【三叉の激流】だ。

 ――バシャーン!

 さっきのサメがジャンプしたのとは比べ物にならないほどの水しぶきが舞う。
 というかサメちゃんも、あーれーとばかりに吹き飛ばされているのが見える。

「よし、溺れずに済んだな」

 そう呟く陽太の目の前にも、キラキラと虹ができていた。
 不死鳥の背中に乗せてもらい、湖のほとりへと戻る陽太。
 ところどころ小さな池ができているのは、【三叉の激流】の威力を物語っている。
 そして、そこらじゅうに魚が打ち上げられていた。
 手づかみでは敵わなかった魚たちだ。

「や、やったぞ! 成功だ……」

 食料を前にして涙ぐむ陽太。
 こっちの世界にきて、初めての純粋な成功といえるのではないだろうか。
 食べられそうな魚を回収し、新しくできた池へと放流する。

 ――これで当面しのげそうだな。

 サメちゃんモンスターも打ち上げられていたが、ヒクヒクしているのがあまりにもキモかったので、運んで湖へと戻してやった陽太。
 慈悲ではなく、単にモンスターを食べたくないのと、死体になったら臭そうという理由なのだが、サメちゃんは感謝の目で陽太を見つめながら去っていったのであった。

 回収した魚のうち、避けておいた三匹に木の枝を通し、地面に突き刺す。
 真ん中に拾ってきた木をくべ、焚き火の準備だ。

「ぴぃたん、出番だぞ」
「ピィー!」

 不死鳥はまた羽をバタつかせ、体を赤くする。
 そして例のごとく、ぐーっと溜めるようにうずくまった後、火を放つ。

 ――ボッ。

 パチパチと燃え出す木。
 焚き火は成功し、その火は魚を焼いていく。

「ナイス、チャッカマン!」
「ぴよぴよー!」

 美味そうな匂い。
 焼き上がると、むしゃむしゃほおばる陽太。
 空腹が満たされていく。
 塩がないのは残念だが、自分で獲ったという手応えが最高のスパイスでもある。
 初サバイバルにしては上等すぎる収穫であった――

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