レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第三章 第三話「お荷物」

「……やっぱり心配だなあ」

 ぽつりと呟く陽太。
 ――アメリア、あの場にいて無事だったのだろうか。
 担任が魔女に殺され、自分たち三人だけ魔法で逃げた。
 逃げずに駆けつけてくれた先生やアメリアは、闘技場で魔女と一緒に取り残されたままのはずである。
 ただ魂を共有している存在である自分が生きていること、それはアメリアも生きている証である。
 アメリアの命は無事だと確信できることは、陽太にとって唯一の救いであった。

「まあ、帝都であれだけの騒ぎがあったんだ。国を挙げて守ってくれてんじゃないか?」
「そうだといいけど……」
「あ、もしかしたらうちの親父たちも派遣されてきてるかも! それなら絶対負けねえよ!」

 ハリルはそう言うが、正直どうなんだろう。
 魔女とやらが【星霜の途絶】を使える時点で、この世にかなう者はいないんじゃないか?
 どんな相手でも時間を止められれば、どうすることもできないじゃないか。
 ――しかしそれなら、【世界の穴隙】を発動させているあの瞬間になぜ俺を殺さなかったのだろう。
 意識飛びかけのふらふらで、隙だらけだったと思うんだが。
 ――俺の命が目的ではないのだろうか。
 まあ、考えてても仕方がござらん、今は今を生きるでござる。
 などと思い、立ち上がる陽太であった。


「よし、オレの肩に掴まれ」

 ハリルに支えながらなんとか歩く陽太。
 まずはここから離れよう、そんな行く宛てもない三人の旅は始まった。
 枯れ木林の中を移動する。
 霧が濃く、向かっている方向も分からなくなってくる。
 ――このまま歩いても迷子になるだけじゃないだろうか。
 そんな不安が頭をよぎる。
 ――まあ、ただの小学生じゃないから、クマが出ようがイノシシが出ようが、なんとかなるだろう……主に熱血ハリルが何とかしてくれるだろう。
 人任せな陽太であった。

「これが漫画とかだったら、きっとハリルは主人公だよ」
「漫画? なにそれ美味うまいのか?」
「そうそう、ル○ィも孫○空もそんな腹ペコキャラだしな」
「よく分からんが、現実逃避すんなよ」
「ちょいちょい小学生らしくないセリフが玉に瑕」


 その時、獣の咆哮が耳に飛び込んできた。
 ざわつく木々。
 ざわつく陽太の胸。
 クマか?
 イノシシか?

「ルナ! 伏せろ!」

 ハリルの声でしゃがみ込むルナディ。
 陽太もハリルに押さえつけられるように地べたにひれ伏す。
 そこへ矢のようなものが飛んできて、陽太の髪の毛をかすめた。

「ひっ……」

 文字通りの間一髪だ。
 当のハリルは二人の前に立ち、戦闘態勢をとっている。
 ――マジかっけーよ、こいつ。
 ――人族召喚なんて、ちゃんと人選してるのか?
 ――なんで俺なんかが選ばれたんだよ……

 そこへハリル目掛けて飛びかかってくる獣。
 いや、獣ではない。
 それは一体、二体、三体……
 木でできたこん棒を持った、二足歩行の緑色。

「ゴブリンか!」

 ハリルの槍とゴブリンのこん棒が、ガコンガコンとぶつかり合う。
 ――くそっ、こんな時に俺は役立たずだ。
 暗殺術、といってもルナディの補助魔法【瞬歩】ありでしか出来ない陽太。

「ルナも戦うの」
「は?」
「撃つの。とりあえず一涙」

 そう言って正座の態勢でお祈りポーズ、詠唱を始めるルナディ。

「ちょ、『とりあえず生中』みたいなノリで最上級撃たないでくれ!」

 そんな陽太の言葉もルナディの耳を素通り。
 どうしようどうしようと慌てふためいている間に、詠唱が完了する。
 ルナディの体が発光したかと思うと、頭上に大きな水の球が発生。
 それはどんどん膨らんでいく。
 ――あーあ、やっちまったな。
 ――ハリルに一声かけとかないと。

「ハリルー! 今から俺ら溺れるから、頼んだぞー!」
「はあ!? ちょっ、意味わかん――」

 ハリルが言い終わる間もなく、バシャーっと、空から滝のような洪水が降ってきた。
 洪水は三人とゴブリン共々、全てを流していく。
 溺れる陽太とルナディを抱え、なんとか浅瀬まで這い上がるハリル。

「はぁはぁ……もう! お前らマジお荷物!!」
「ぷはぁ。でも助かったじゃん。よくやったぞ。ルナ」

 ルナディの頭をよしよしと撫でる陽太。

「えへへ」
「ばーか、あれぐらいオレ一人で倒せてたっつーの!」
「ハリルは本当に強いな。よしよし」

 びしょびしょになったハリルの頭を撫でる陽太。

「えへへ……………………じゃねーよ! ったくもう」

 陽太の手を振りほどきながらハリルは呆れる。

「でもまあ、お前らが無事で良かったわ!」

 そう心からの笑顔で言ってくれるハリルは、本当に強い男だ。
 一家に一台欲しい。

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