老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

330話 しばしの休息

【ユキムラ、ちょっといい?】

 気がつくとユキムラは不思議な空間に立っていた。
 先程まで座っていた椅子や周囲に机はない。
 目の前にはアルテスが立っていた。

【お休みのところにごめんなさいね。
 この世界に来てから一通り世界構成を監視してましたが、概ね問題はありません。
 そこは安心して欲しい。
 ただ、現在、他のみんなが必死に対応してるんだけど……
 大きな改変がされようとしているの……
 ちょうどさっきの魔王軍が帰ったあたりから……
 普通に考えて、何か起きると思っておいてもらったほうがいいわ。
 ルールを根底からひっくり返させるようなことは絶対にさせない。
 ただ、小さな変化は防ぎきれないって予想。
 敵方もかなり強力になってきている。
 これしか言えないんだけど……気をつけてね。
 それじゃぁ、今はゆっくり休んでね……】

 目を覚ますといつの間にか眠っていたみたいで椅子に毛布がかけられていた。
 テーブルではレンが忙しそうに資料に目を通していた。

「レン……俺はどのくらい寝ていた?」

「あ、師匠おはようございます。1時間も寝ていないですよ。
 今のところは変化はありません。師匠もシャワーと食事を取ってください。
 次休めるのがいつになるかわからないですから」

「ああ、ありがとう。でも、皆に伝えないと。ちょっとソーカとヴァリィとタロを呼んで貰える?」

「はい。わかりました」

 それからユキムラは夢の中でアルテスから伝えられた情報を皆に伝える。
 そして、もう一点。これから先の自分が知ることを伝えるべきだろうと判断した。

「まず、いろいろと疑問に思うこともあるだろうが、俺の話を聞いて欲しい。
 俺の知ってることが必ずしも正しいわけでもないけれども、これからの話を教えておいたほうがいいと思うから話す。
 まず、魔王についての情報だ」

 VO内での魔王の姿、攻撃手段、などを説明していく。
 そういえば三獣師自体も随分変わっていたから、意味が無いかもなと話しながら感じたりもしたが、情報を伝えないで戦いに挑むよりはマシだと思い直すことにした。

「と、言うわけで、魔王との戦いはある程度覚えておかないと厳しいんだ。
 魔王城も長いし、魔王戦もかなり厳しい戦いになると思う。
 そして、その後に待つのは■●■●■■●になる……」

 自分でも言葉がうまく出ていないことに気がついた。

「ワン!」

「そっか、その先の話はだめか……」

「師匠、今のは?」

「うーん、仕方ない。気にしないでくれ。俺からは以上だ」

「このまま報告に移っちゃうわね、武器防具の補充はほぼ完了してるわ。
 以前と同じレベルで防衛線は張れるわ」

「物資の移動も補充も問題なし。やっぱりアイテムボックスは凄いですね!」

「重症の兵士たちも皆無事に回復しました。全員戦場に戻る意思を示していますので復隊させました。
 こちらの人的被害はありません。
 ただ、指揮官から穢れの軍勢への打開策を提示して欲しいと要求が……」

「うーん、それがあるならこっちが聞きたいよなぁ……」

 その議題を白狼隊で話していると来客が訪れる。
 ラオだ。

「ユキムラの旦那、次の戦い俺は人間たちの指揮に回ろうと思う」

「……いいの?」

「……正直、あのライオネルってやつとタイマンだったら、俺の負けだ……
 それは、はっきりわかる。
 喧嘩に負けたら、あとは俺の力を皆に貸すしかねぇ。
 悔しいが、それが今の俺の役目だ……」

「ありがとう」

「ま、また修行して、いつかアイツにも、そして旦那たちにも勝つぜ俺は」

「俺も負けないよ」

「師匠とタロでライオネルは抑えられるんですか?」

「厳しくなるけど、やるしか無いよね。
 ラオが軍の指揮を取ってくれれば、より有利に他の魔物たちには対抗できるし」

「それに、なんとなく予感だけど、次の戦いは三獣師と私達の戦いになる気がするのよね。
 もしそうなったら、コウとナオもラオの側に置いておくわ」

 ヴァリィの予感はユキムラも感じていた。
 特に確信もない、勘以外に言いようのない感覚だ。

「それと、たぶん敵は魔王軍じゃないからね……」

「あの魔人達と、魔神でしたっけ……」

 問題は山積みだが、目の前の問題から対応していくしか無い。
 監視体制は維持したまま、休めるときには休むのも戦いにおいて重要な事だ。
 一旦ユキムラ達は休憩とした。

 サナダ街へと戻りゆったりと風呂に入る。
 ユキムラにとってゆったりと湯船に入る時間は何物にも変えられない……
 サウナに水風呂、おじさまの嗜みである。
 湯上がりにはよく冷えた牛乳を手を腰に当てて一気飲みだ。

「ぷはーっ! きんもちいいー!」

 体力も魔法である程度回復できる世界においても、風呂の気持ちよさというものは普遍の感覚なのだ。
 しばらくほてった身体をロッキングチェアに座りながらいろいろな資料を見ながら冷ましていく。
 各国の人々、サナダ商会、この世界の人々がみんなで協力して頑張ってくれている。
 なんとかしてその期待に答えたい。
 ユキムラは決意を新たに執政室に戻る。

「師匠お疲れ様です。ちょっと気になる報告が来ています」

「どうしたの?」

「具体的なものではないのですが、テンゲンの南部で地面から微震を感じる人が増えているみたいです」

「地震……?」

「可能性はありますが、結構長い時間続いているみたいです……」

「死の海に一番近いところ、か……嫌な予感がするなぁ……」

「レンちゃん、まだ休んでいないの? ずっと働き詰めなんだからちゃんと休みなさい、私が変わっておくから!」

「あ、ヴァリィさん。すみません、だいたい整理終わったんで後はスタッフに渡していただけばおわりですので……」

「ユキムラちゃんからもよく言ってちょうだい、働きすぎだって」

「レン、あまり無理しないようにね。たぶんこれからでかい戦いがあるから、十分に準備しといてくれ。
 休むことも準備のうちだ」

「はい師匠。それでは少し休ませてもらいます。何かあればすぐに呼んで下さいね」

 レンが執政室から出ていく。

「ユキムラちゃん、もうちょっと強く言って上げてね、最近のレンちゃんは少し働きすぎ。
 有能な人間が周りに多くなって少し焦ってるみたいなの、たぶん、ユキムラちゃんがきちんと言ってあげたほうがいいと思うわ」

「……そうだね。ありがとうヴァリィ、後で起こしに行くときにでも話してみるよ」

「……そうして。さーて、大人が少しは頑張らないとね。
 でも、ちょっとくらいはいいわよね」

 ヴァリィがビールを取り出す。

「そうだね、俺も資料には一通り目を通すのと……一杯いただくよ」

 同じ頃ソーカも各国の隊長達と打ち合わせを行っている。
 戦闘における被害を少しでも減らすために皆で知恵を出し合っている。

 人間の生存をかけた防衛戦。白狼隊も含めて、たくさんの人間が休むことなく動いているのだった。


 翌日。夜間にも特に大きな異常は起きなかった。
 ただ、テンゲン南部の微動は変わらず不気味に続いている。
 詳しく調査すると、フィリポネア南東、ケラリス南西部でも更に微弱ではあるものの断続的な振動が観測された。

「魔王の島に近い方向に振動が観測されているみたいですね。
 相変わらず死の海らへんから観測は不可能になるので何が起きているかはわかりません」

 レンは差し込む朝日を受けて目を覚ますことになった。
 レン自身は数時間の睡眠を取って政務に戻るつもりだったが、彼自身も気が付かない疲労が、朝までぐっすりと休息を肉体に取らせるという選択を選んだようだ。
 朝の支度をしていると、ユキムラの来訪をうけることになった。
 ユキムラはレンの身体を心配してくれた。
 そして同時に頑張っているレンのことを認めてくれた。
 レンにとってこれ以上に嬉しいことはない。
 今後無理をしないことをユキムラに約束する。

「頼りたい時に疲れてたら困るぞ」

「わかりました!」

 ユキムラに頼られているという実感が、レンを最高の笑顔にさせる。
 人懐っこい子犬のような笑顔に思わずユキムラはくしゃくしゃと撫で付けてしまう。

 後でこの話をレンからされたソーカの心中は察するに余りある。
 どうにも若返ったソーカにユキムラは一定の距離を取っているようだった。
 一緒に世界を旅した頃の頼りがいのある戦士としてのソーカから。
 外見上は村娘な少女チックなソーカになってしまったことが原因だとユキムラ自身からも聞いていたが、ソーカからしてみれば不条理な冷たい仕打ちだ。
 やはり、こういったところは彼女のステータスが影響しているのかもしれない。
 頑張れソーカ。負けるなソーカ。

「死の海……異界の門……魔王の呪い……か……」

「ソーカ、今のは?」

「あ、えーっと童話というか、古くから伝えられる伝説というか」

「懐かしいわねぇ、悪いことしていると死の海の門が開いて魔王が連れ去りに来る~って、言われたもんよねぇー」

「ふーん、アレはそういう扱いなんだ……」

「まさかその門をどうにかしているのが振動の原因なんですかね……」

「死の海を超える方法ってなにか伝説は無いの?」

「えーっと、光の道ですかね。神々の加護によって勇者が魔王の島に乗り込んで……
 でも、神様は何も言ってませんよね?」

 ユキムラはVOのストーリーと合わせて考えていた。
 VOだと各国のクエストをこなすと、それぞれの国から宝玉、プラネテルが火、ゲッタルヘルンが地、テンゲンが風、フィリポネアが水、ケラリスが光、それら5個の宝玉を手に入れると、闇の宝玉が作り出した死の海を超えて魔王の島へ渡れる。
 しかし、この世界では宝玉は存在……

「あれ? 火の宝玉はあったよね……」

 その言葉をユキムラが発した瞬間、会議室は静寂に包まれる。
 いつもの時間停止だ。

『いや、そのね。忘れてたわけじゃないのよ……』

 アルテスがおずおずと現れた。

 

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