老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

289話 はじめは穏やかな日々を

 朝の鍛錬を終えて優雅な朝食を終えたら、ウーノの街へと向かうことになる。
 タロが張り切っていたのでタロ号で一気に爆走していく。
 タロは旅人をいち早く察知してスピードを緩めてくれるのでユキムラも安心して任せられる。
 山道だろうが峠道だろうが、タロの見事な吸い付くようなタロ号さばきで乗り越えていく。

 ウーノの街まであっという間だ。
 すでに隠すこともないのでそのまま正門前までタロ号で接近していくことにする。
 神々しい純白の犬が引く馬車、この町に住むものならその持ち主を皆知っている。
 ありがたやありがたやと拝みだす人もいる。

「ユキムラ様! 皆様の無事の帰還をお喜びいたします!」

 町の衛兵たちと司祭達がずらりと最敬礼でお出迎えだ。
 そのまま大聖堂までパレードのように町を進むハメになる。
 もうどうにでもなれという心境である。

「ユキムラ殿!!」

 馬車から降りていると聞き慣れた声に呼び止められる。

「な、何が起きているのですか!? サナダ商会の話をしたらこちらに来るように言われて……」

 助けた馬車のオリザスだった。

「ユキムラ様、こちらの方がご友人ということでお連れいたしましたが、よろしかったですか……?」

 もし謀ったのであれば殺しますよ。
 という言葉が後ろにつきそうな濁った目で衛兵がユキムラに訪ねてくる。

「ああ、私の友人ですので通してあげてください」

「ユキムラ殿、数日会わないだけで大変な騒ぎですね……」

 今、貴方の命の危機だったりするほど、大騒ぎです。
 親しげにユキムラと話すオリザスに町の人や衛兵、司祭からの視線が怪しい。
 急いで大聖堂内へと避難する。

「オリザスさんその後は大丈夫でしたか?」

「ええ、おかげさまで無事にウーノの街までこれました。
 おっと、忘れないうちにこちらが報奨金になります」

 結構な重量の革袋を渡される。断っても決して受け取らないことはわかっているのでユキムラはありがたくその袋を受け取る。

「そういえば他の皆さんも到着されているんですよね? 
 よろしければ今晩にでも食事でもいかがですか?
 コウとナオも喜ぶと思いますから」

「おお、それはうれしいですね!
 皆も心配してましたから、それでは皆と話して今晩にでも、我々は南門通りの宿「憩いの泉」に泊まっているので何かあればそちらにお願い致します」

 せめて報奨金で皆で美味しいものでも食べよう。ユキムラはそう考えていた。
 オリザスは白狼隊達に丁寧に挨拶をして宿へと戻っていく。

「レンー……アルザスさん引抜いちゃおうか」

「わかりましたー」

 軽いノリでえげつない提案をするユキムラとそれを実行する弟子。
 まぁ、知らない人と一から信頼関係を作るよりも、人格を知っている人の方が……
 というユキムラの考えだったが、ユキムラはいざサナダ商会の立ち上げの時に、すでに信者と化した人々の行列に頭を悩ませることをまだ知らない。
 レンという超絶優秀な行政官の存在を本当にありがたいと感じる事ができる素敵なイベントだった。
 ソーカやヴァリィもかなり優秀な文官的な仕事にも耐える。
 ぶっちゃければユキムラが一番そういった仕事は苦手なのだ。

 大司教であるキーミッツと隊長であるデリカは数日間の不在の間に積み上げられた仕事をこなす為に、物凄く名残惜しそうにユキムラ達を送り出してくれた。
 また、必ず一緒に己を高めると約束を交わす。

「とは言ったものの、ケラリスはダンジョンが少ないんだよなぁ……
 俺が知らないダンジョンがあればいいんだけど……」

「この国は聖都の神の試練ダンジョンが何よりも有名ですよね」

「そうだね、レン。
 実は、いつものダンジョンになりそうなのはそこだけなんだよね……」

 VOにおけるケラリスは、とにかく宗教がらみのイベントが多く、MDはその一つだけ。
 あとはお使いとアドベンチャー・ミステリー的な要素が多い一風変わった国で、クエスト好きな人は凄く好きだし、苦手な人は攻略サイトを見ながらさらさらっとクリアしてしまう国だ。

「とりあえずサナダ商店の地盤固めをして、情報収集が可能になるような体制を急いで作るよう努力します」

「ありがと、レン。頼りにしてるよ」

 ポンポンとレンの頭をなでる。
 嬉しそうに目を細めるレン。
 ヴァリィ先生の新作が楽しみです。

 さて、皆が今何をしているかというと、レンが手続きをしてくれたサナダ商会の事務所兼自宅に移動している。
 ウーノの街の美しい街並みを眺めながらのんびりと散歩気分で犬車は使わず歩いている。
 大聖堂から中央の噴水広場へと向けて伸びる大通り、噴水広場から4方へ大通りが伸びる。
 最も栄えているのは南の正面大門へと伸びる通りだ。
 レンが提案されたのは東へと伸びる大通りのかなり中央よりという絶好の立地だ。
 ちょうど売却の相談が来ていたそうで、ユキムラとのパイプを作りたい不動産屋がやや強引に話を進めようとしていたが、売却主の希望よりも高い値段をレンは提示して円満な契約を結んでいる。

「皆が幸せになるような手続き以外は、ユキムラ様は好みませんよ」

 にっこりと笑っているのに、どこか背筋を寒くする。これが殺し文句になった。
 すでにコウとナオが内部の掃除などをしてくれている手はずとなっている。

「師匠! ここがこの国での最初の拠点になる場所です!」

 立ち並ぶ建物と同じように鮮やかな赤い屋根に磨き上げられた真っ白な壁。
 はめ込まれたガラスは指紋一つついてない。

「「おかえりなさいませユキムラ様」」

 小さな執事姿のコウと、かわいらしいメイド姿のナオが出迎えてくれた。










 

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