老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

199話 包容力

 ホテルの作りもユキムラの建築意欲を刺激した。
 濃い落ち着いた木目調の壁に白い縁取りの窓、ベランダは白く彩られた広々とした空間。
 外でもゆったりとした時間が過ごせるようにチェアやテーブルが備えられている。
 室内は大きなベランダ側に開けた開放感のあるリビング。
 高級ホテルらしく魔道具をふんだんに利用したバスエリア。
 大きな窓を開けるとまるで大海に抱かれているような気分になれる素敵なコンセプトでユキムラは過去に自分が作った高台の露天風呂を思い出した。

 そして4箇所の寝室。
 それぞれの部屋が別のコンセプトで統一されていて、ユキムラの部屋は白木目調の落ち着いたシンプルな部屋、そのかわり窓を開けると全面に広がる海、シンプルな作りが逆に海を際立たせる。
 レンの部屋は沢山の植物があり大きな窓を開けると街側が一望できる。
 ソーカの部屋は花をコンセプトの艶やかにきらびやかに女性が好みそうな可愛らしい作りになっている。
 ヴァリィの部屋は濃い茶色のシックな作りで部屋にバーカウンターがあり大人向けの作りになっていた。
 あとで聞いた話だと内装を簡単に変更することが出来て、泊まる客に合わせて変えることができるそうだ。
 ユキムラとレンは興味深く話を聞いていた。

 ホテルの夕食は素晴らしかった。
 南国のフルーツと花をふんだんに利用した名物料理。
 ソースなどにも様々なフルーツを利用しており、ここでしか食べられない、見た目も華やかで美しく、そして非常に美味な食事が白狼隊を魅了した。

「師匠、このソース、フルーツが入っているからって甘いわけではないんですね」

「花のサラダって見た目も素敵だけど、味も野菜と遜色ないんですね……」

 美しく彩られた花々が凄まじい速度でソーカに吸収されていく、散り際こそ美しいというが……

「爽やかさと、コク、そしてほんのりと甘い。フルーツのいいとこ取りって感じだね」

 ユキムラは食べながらも熱心に料理人に話を聞いてレシピを解明していた。
 ソーカが色々と食べてくれるためにユキムラやレンも様々なレシピを聞き出すことに成功する。
 ユキムラが感心したのは生の魚の食べ方だった。
 この地方では貴重な氷をたっぷりと利用してその上に薄造りの様に魚の切り身を置いて、それを各種ソースでいただくという方法だった。
 比較的淡白な白身の魚が多い場所で、最大限それを楽しんで食べる方法を編み出しているんだなと国ごとの文化に敬意さえ覚えていた。
 魔道具による製氷機はとんでもなく高級品なためにそれを楽しめるのはこのホテルぐらいだそうだ。
 街としても月に何人かは無理矢理生魚を食べて食あたりを起こす人間が出るそうだ。

「一度食べたら当たってもいいから食べたいと思っちゃうんだろうなぁ。
 カキみたいなものか……」

 ユキムラは過去の自身の経験からそう思ったが、ユキムラ自身は生牡蠣は二度とゴメンだと日本では食べなかったことを思い出して苦笑いを浮かべる。
 一人暮らし時代のユキムラは死を意識する体調不良になった場合は弁護士である宗像にエマージェンシーコールをして助けてもらっていた。
 インフルエンザになった時、カキで当たった時、ノロウイルスにかかった時、盲腸になった時、ユキムラは前の世界では宗像に足を向けて寝られないほどお世話になっていた。
 その都度死にそうになる前に連絡するように厳しく怒られていた。

 食事を十二分に堪能した一同はゆったりとした時間を過ごしている。
 ヴァリィはバーからいくつかの酒を持ってきてベランダで優雅に過ごしている。
 ソーカは乙女チックな部屋に夢中になっている。(沢山の夜食を持ち込んでいることは本人の名誉のために伏せておこう)
 ユキムラとレンはいずれサナダ街に作る高級リゾート区画のコンセプトを話し合ったり、忙しいタイムトラベル救国の旅の合間に、リラックスした時間をとることが出来ていた。

 特に風呂好きのユキムラはこのホテルの風呂がたいそう気に入って早朝の鍛錬が終わったあとにも惜しむように風呂に使って朝日に照り返される海の風景を楽しんでいた。
 帰ったら海岸線沿いの山場に作る! と心に刻んでいた。

「師匠、ちょっと自室で作業してますので何かあれば声かけてください」

「うん、まぁあとはちょっと飲んで寝るだけだと思うからおやすみー」

 ひらひらとリビングのソファーに腰掛け、片手にビールで挨拶をするユキムラは非常に幸せそうだった。レンは楽しそうなユキムラを嬉しそうに見つめて自室へ戻っていく。
 ヴァリィは部屋で飲むと言って既に自室へ戻っている。
 あの雰囲気のいいバーカウンターが気に入ったようだった。
 ユキムラはどっちかというとグデグデっと家飲みみたいに飲めるのほうが好きだった。

「あれ、ユキムラさんお一人ですか?」

 ソーカもお風呂が終わってリビングに顔を出した。

「タロもいるよー」

 ソファーの上でタロがブンブンと尻尾をふって答える。

「あ、ほんとだ。私もご一緒していいですか?」

「もちろんどうぞ~、持ち帰ったご飯も持ってきていいよー」

「!? み、見てたんですか……?」

 ソーカは真っ赤になっている。

「ふふふふふ……」

 ユキムラはそんなソーカがかわいくてしょうがなくてちょいちょいと手招きをする。
 少し膨れながらソーカもソファーに腰掛ける。

「そういえばユキムラさん昨日何かあったのですか?
 何か不安なことでもあったのかなー? って思ったんですが……」

「んー……?」

 ユキムラ自身も忘れていたが、話を聞いている内に思い出す。
 タイムトラベルの末に滅ぶ前のサナダ街に戻ったときにソーカとの関係がどうなるのか不安になっていた時の事だとユキムラも言われて気がつく。

「よく気がついたね?」

「いつも見てるからですよー……」

 照れながらも可愛く微笑むソーカ、ユキムラは自分の不安を隠すこと無く打ち明ける。

「この国と、あと二国で対策したあとたぶん元の街に戻されるよね……」

「そうですね、私も実はいまいち現実感がないのですが、そうなるんですよね?」

 ソーカがユキムラの胸に身体を寄せていく。ユキムラも優しくソーカの肩に手を乗せる。

「そうなったら、こういう時間の記憶とか、その、ソーカとの関係とかって巻き戻っちゃうのかなーって不安になったんだよね……」

「……どうなるんでしょ?」

「ハハハ、それが不安だったのに聞かれてもなぁ~」

「でも、私は何度でもユキムラさんを好きになると思います。
 それはきっと女神さまでも変えられません!」

 まっすぐとした目でユキムラを見つめるソーカの熱い眼差し。
 ユキムラの中での不安は霧散していった。
 きっと、なんとかなる。大丈夫だ。
 ソーカと過ごす時間がユキムラにそういう気持ちを植え付けてくれた。

「そうだね、俺もそうだ! 
 おかげでスッキリしたよ。
 俺もソーカの問いに応えられるようにこれからも頑張りますよ~!」

「すみません、ユキムラさんならなんでも知っているのかなーって思っちゃって」

「俺なんて知らないことばっかりだよ。
 皆が助けてくれるからここまでこれたんだよ……」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、ユキムラさんは凄いですよー!
 こうしてるとあんまり凄くは見えないんですけどねー……」

 ソーカはユキムラの背に手を回して何が楽しいのかユキムラの胸板に顔を擦り付けている。

「ユキムラさん、また胸板厚くなってきてますね……
 このあたりの肉体の変化ももどったらどうなるんですかね?」

「ソーカの胸ももどっ、グヘェ」

 ユキムラをして防御を許さぬ神速の一撃が頬を捉える。
 その後機嫌を直してもらうまでユキムラは大変な時間をかけることになる。
 口は災いのもとだ。



 そのあと……






 

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