老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

138話 ささいなきっかけ

『今から君に過去に跳んでもらう』

 アイルスの突然の提案。

「過去へ、跳ぶですか……」

 まぁ、タイムリープ、ループはVO内でもいくつかクエストがあったからなぁ。ユキムラの印象としてはその程度のことであった。

『驚かないんだな、さすがは来訪者というところか。
 まぁ、過去へ行って何かして歴史を改変なんてだいそれた事じゃない。
 流石にクロノスの力でもそんな長時間の活動は不可能だ。
 過去の私に一言、言ってもらうだけで歴史は変わるさ』

 それからアイルスから過去へ跳んだ先での行動を教えてもらった。

『それではいいかな? 残った二人はたぶん認識無く元々そうであったように歴史が変わるさ。
 ほんの一瞬だけ、それで全てが変化する。ユキムラ君、いいね?』

「はい、どうぞ」

 時計がより一層力強く輝く。
 ユキムラは同時に浮遊感を覚える、それから急に放り出され、前後上下がわからなくなるような感覚を覚えて思わず顔をしかめて目を閉じてしまう。
 足が地面をつかむと同時にめまいのような状態が治まっていく。

『おやおや、ここに入ってこれるとは何者かな?』

 そーっと目を開けると先程まで対峙していたアイルスともう一人同じように白銀の長髪、透き通るような肌、宝石のような美しい瞳をした女性がその傍らに立っている。

「えーっと。アイルス神とフリーラ様でよろしいですか?」

『ほほう、私達を知っているのか只者ではないようだな……』

 ほんの少しだけ警戒したのがわかる。さすがは神様、ただそれだけでユキムラは自分の命を握られたような気分になる。

「私は来訪者ユキムラと申します。信じられないかもしれませんが、時の女神クロノスの力を借りて2000年後の未来から氷と知性の神アイルス神の命でここに来ました。
 あまり時間がありません、事付を伝えさせていただいてもよろしいですか?」

『私達がそれを信じるか信じないかはこちらの勝手になるが……?』

「それで構いません、未来のアイルス様いわく。伝えれば絶対に信じる。だそうです」

『わかった。聞くだけは聞こうか』

 そっとそばに仕えるフリーラの顎を指でなぞる。それだけで恐ろしいような色気が出る。
 それこそ二人は収まりがいいのだ。まるで二人で一つであるかのように。

「はい。『耳を舐めるのはやめろ、肩を揉んでやれ』です」

『……それだけか……?』

「はい、これでわかる。だそうです」

 フー……と深くため息がつかれる。こめかみに指を当てて下を向いてしまう。
 フリーラも不思議そうにその顔を覗き込んでいる。
 そもそも、ユキムラも何のことかわからない、でもアイルスは確かにそういった。

 すぐにアイルスに変化が起きる。だんだんと小刻みに肩が震えてくる。

『ククク……フフフフフ……ハハハハ……ハーッハッハッハ!!
 確かに、それは未来の私の助言だな!! アーッハッハッハ!!
 さてはこっぴどく怒られたな!! 危ない危ない!
 ユキムラと言ったな! 感謝する! 未来の俺にもそう伝えてくれ!』

 ユキムラの体はすでに半透明になっていた。
 そして、またあの浮遊感に襲われる。
 本当にこれでよかったのか? ユキムラは疑問に覚えるが、自分にはこれ以上方法がないので身を任せるしか無かった。

 再び元の時代に戻ると、そこにはアイルスとフリーラが立っていた。

『ユキムラ、久しぶりだな。あの時は助かったぞ』

『ユキムラ様、アイルス様の危機を救う手助けをさせていただいてありがとうございます』

 片手を上げて謝意を伝えるアイルスと、深々と頭を下げて礼を言ってくるフリーラ。
 透き通った声。その表現が見事に当てはまる美しい声だった。
 正直ユキムラには何が何だかわからなかった。

『何がなんだかわからないって顔だな。他の3名は私とフリーラが元々いたという認識しかないからユキムラしか理解できないだろうが、説明してやろう』

 それからアイルスは本来の時流で起きたこと、そしてユキムラの助言でそれがどう変わったのかを説明してくれた。

 あの日の夜、アイルスは自らの従者である氷龍フリーラに寝所でちょっとした悪戯を企んでいた。
 そして突然耳をなめられて激怒したフリーラは飛び出していってしまう。逆鱗だったのだ。
 そして一人でいるところを邪神の使いに襲われ不覚を取ってしまう。
 そして戻ったフリーラも邪神の使いによって手先となってしまう。
 あとは以前のアイルスに聞いた通り必死に2000年耐えたところで限界が来てユキムラ達に倒される。

 助言によってフリーラの肩を揉んで仲睦まじく過ごしているところに邪神の使いが現れる。
 お互いに大きな手傷を負いながらも二人揃っていれば負けることはなく邪神の使いを退けた。
 邪神の使いは死の間際この部屋に強力な、それこそ命がけの呪いをかけた。
 それから2000年外界に関与できず二人の時を過ごすことになったが、ユキムラ達が呪いを打ち倒して部屋を開放してくれた。そして今に至る。

「耳を舐めて滅ぼされたんですか……?」

『言うな言うな、それこそ耳が痛いわ!』

 以前見たアイルスより少し尊大だが自信に満ち溢れていて魅力的だ。

『さて、アルテス! いるのだろう?』

『ひさしぶりねアイルス。我が弟、それにフリーラも』

 光の渦からアルテスが現れる。さらっと姉弟であることを暴露しているが、金と銀の絶世の男女、最強の姉弟だ。

『そしたら私も手伝おう。ここは息子に任せる』

 フリーラの背後からひょこっと小さな龍が顔を出す。

『まぁかわいい、私の甥になるのよね?』

『こんななりだがユキムラ達が戦ったまがい物なんかよりは遥かにやるぞ、名はフリルドラ』

 にやりとユキムラを見る。まがい物とは氷龍ゾンビのことだろう。
 アルテスがユキムラに向き直る。

『わが弟アイルスを救ってくれて感謝します。フリーラも神を産むことで女神となりました。
 しかもふたりとも切れ者、私の負担が、私の……』

 辛かったんだろう。感極まってしまった。

『さて、ユキムラそれにレン、ソーカ、タ、タロ。
 あなた達はここから出ると激動の渦に巻き込まれます。
 本当はユキムラにはのんびりと過ごしてほしかったんですけど……
 まぁ、貴方は貴方なりに楽しめるそう信じています。
 本当の安寧も貴方なら必ず掴めるはずです。
 ちょっと傲慢な言い方になるけど、捨てた命をここで輝かせて欲しい』

 ユキムラは強く頷く。アルテスの言葉のほんとうの意味を理解できるのはユキムラだけだ。
 現実世界で捨てたはずの命を、この地に導いてくれたアルテスに感謝こそして恨むはずなど無かった。
 それにイベントはイベントでワクワクしてゲーマー魂をくすぐる。
 この世界の全てを楽しむ。そうユキムラは決めている。
 そしてユキムラの周りに集まる人々はそんなユキムラを支えると決めている。


 しかし、ユキムラを待つ最初の試練は余りにも過酷であった。


 

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