老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

65話 ソーカ覚醒

 必死にスノーウルフの動きを読んで、出来る限りユキムラの邪魔をさせないように、そしてレンや馬たちに近づけさせないように威嚇射撃を行うソーカ。
 しかし、スノーウルフはその特性を利用して雪の中を泳ぐように移動できる。
 雪の無くなったエリアを出入りして様々な方向から攻め立てる。
 何度か馬車の防御結界に食いつかれている、そしてその頻度が上がってきている。
 ソーカの視覚範囲をだんだんと把握し始めているようだった。
 ユキムラの隣で肩を並べて戦えないだけでも悔しいのに、さらにレンや馬車一つ守ることが出来ない、目の前の景色が歪む、悔しさで身が焼けそうになった。

 その時だった、自然と身体が動き、誰もいない雪壁に銃弾を放っていた。
 なぜそこを撃ったのか、ソーカ自身にもわからなかった。
 でも、そこにいることが『わかった』のだ。

【キャイン!!】

 甲高い叫び声がしてじわじわと雪が朱に染まっていく。
『見えるはずのない場所の敵を撃ち抜いたのだ』
 ソーカは無意識に行った行動とその結果に戸惑うが、自分の視野に『今まではなかった物がある』事に気がつく。
 それは周囲を上部視点で見下ろしているような視点、棒状のグラフのようなものに謎の数値、わからないことはたくさんある。
 しかし、ソーカにとって今重要なのは俯瞰視点、モコモコと雪が盛り上がって高速で移動している二つの点を見つける、その2点に機銃の狙いを合わせ放つ!

【ギャオ!?】【ギャン!】

 今まで幾度もの戦いで何者にも捉えられることのなかった。
  自慢の雪中高速移動中に突然の銃弾の雨、今度は雪中に居ることで攻撃が迫ることにも気がつくことが出来ない、避けられるはずもない。
 成すすべもなく雪を朱で染め上げていく。

「間違いない!」

 ソーカは同時に外に飛び出した。
  自分の中でユキムラの戦い方が自らにおりてきている。何故か確信できた。
 そして、あの超人的な動きが脳裏に張りついて思わず身体が動き外へと足を運ばせていた。

「ソーカ何をしている! 中にいろ!」

 ウルフ達からしたら、今まで難攻不落の要塞内にいた敵が自分から飛び出してきた。
 千載一遇のチャンスだ。
 雪の中から一斉にウルフ達が飛びかかってくる。
 その数6体、ジャイアントスノーウルフのところに2体いるので残った全てだ。

「ソーカ!!」

 ユキムラが駆けようとする、しかし、ジャイアントスノーウルフは狡猾にそれを邪魔する。

「どけぇ!!」

 レンはユキムラの今まで聞いたことのないような怒号を耳にする。

「ユキムラ様、大丈夫です」

 インカムから落ち着いたソーカの声が聞える。
 優しく、ユキムラへの想いまでも伝わるような静かなその声に、ユキムラは冷静さを取り戻す。
 ユキムラは、ジャイアントスノーウルフの攻撃にカウンターを合わせ、スノーウルフ達の同時攻撃を流れるように受けては斬り、受けては斬る。
 その超絶絶技をこなしながらソーカを見つめていた。

 ソーカに襲いかかる6匹のウルフ、完全な死角からも襲いかかっていることは間違いがない、ソーカの肉体にウルフの牙が、爪が食い込み引き裂かれると思われた瞬間、ユキムラはそこに自分がいるような錯覚に陥る。

 舞うように剣で受け、斬り裂き、受けて、斬る、受けて、斬る、受けて、斬る、受けて、斬る、受けて、斬る。
 一息、まさに一息の間にすべての攻撃にカウンターを決めている。
 どう考えても物理的な法則を無視した、

 VOのゲームの動きだ。

 ユキムラがその動きの全てを見終えた時、2体のウルフ、そしてソーカに襲いかかった6体のウルフが魔石へと変わり、ジャイアントスノーウルフから鮮やかな血が舞った。

「ソーカ……今のは……」

「これが、ユキムラ様が見ていた世界なのですね……」

 ジャイアントスノーウルフはすぐには襲いかからなかった。
  正確には、かかれなかった。
  完全に虚をついた一撃をかわされ、逆に手傷を負わされた。
 それでもなおこちらを見ようともせず、隙だらけに立ちすくむ目の前の敵に、言い知れぬ恐怖を覚えたからだ。

 しかし。

「ワオン!」

 その声に身体が反応してしまった。
 タロの一声、まるで命令されるかのように、思わずユキムラへと襲いかかってしまった。
 まだ考えがまとまっていない、コイツは危険だ!
 それなのに身体はもう止められない。
 彼の判断は正しかった。コイツに歯向かってはいけなかった。
 それを知ったのは自らの命が尽きた後だった。

 ジャイアントスノーボアはその一連の動きに出遅れていた。
 すっかり蚊帳の外ではあったが、内に秘めた怒りはマグマのようにグツグツと煮えたぎっている。
  目の前でまたたく間に倒れていくウルフ達を見てもその怒りは鎮火することは無かった。
  むしろようやくこの怒りを叩きつけることが出来る、その程度に考え目の前の男に突撃をする。まさに猪突猛進。

 もちろん、そんな正気を失った状態でユキムラへ突っ込めばどうなるか。

 一方的な斬殺だ。

「ソーカ! 無事か!?」

 ソーカに駆け寄るユキムラ、ソーカは目の前に見える何かをいろいろと確かめているようだった。

「師匠、取り敢えず状況を確認しておきます。ソーカねーちゃんをお願いします」

「ああ、レンありがとう。それにタロ、おかげで助かったよありがと」

 ブンブンと尻尾を振っているタロの頭をワシワシと撫でてやる。
 レンが少しいいなぁって目をしたが、すぐに与えられた職務を果たしに向かう。

「ソーカ?」

 ユキムラが尋ねるとソーカは少し上気した顔つきで振り向いてくる、上気し色っぽい表情だがどこか危うげだ。

「ソーカ? 大丈夫か?」

「ユキムラ様……ご無事で、よか……った……」

 そのままぐらりと倒れそうになるソーカを急いでユキムラが支える。
 抱き止めたソーカの身体は熱かった。熱すぎる。
 回復魔法や解毒魔法、どれも効果がなかった。

「レン! ソーカが熱を出した。すぐに街へと向かおう!」

「はい! 馬車は問題ありません。すぐに出せます」

「まって、ユキムラ様、素材は無駄にしないで……」

「なに言ってるんだソーカ、すごい熱だぞ、早くしないと!」

「殺したものからきちんと素材を得る。これは義務とユキムラ様に教わりました。
 お願いします……」

 あまりに真剣な目をするソーカに負けて大急ぎで2体のボスから素材を剥ぎ取る。
 ソーカはそれを嬉しそうに見ている。

 テキパキと出立の準備をしてくれるレンに感謝をしながらソーカを担ぎ馬車内のベッドへ寝かせる。
 取り敢えず氷嚢を作り頭と脇を冷やす。
 火照った身体はピンクにそまり、美しいソーカの肉体に艶っぽさを出して思わず生唾を飲むが、
 非常時になに考えているんだとユキムラは自らの頭を小突く。
 小さな声でいいのに、って聞こえたような気もするが今はそれどころではなかった。
 回復魔法に反応しない以上対処療法しか無い。
 高温で消耗しないよう少しでも身体の重要な部位を冷やすしか無い。

「師匠! 出発します! 馬は収容してるので雪の上を行きます!」

「頼んだ!」

 一瞬浮遊感を感じる、雪の上まで浮上し、雪の上をすべるように飛んでいるのだ。
 すでに街の姿は捉えている、あとは急ぐだけだった。

 

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