ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

24-193.地下大聖堂

 
 ――八千年前。フォーの神殿。地下大聖堂。

 十数年前から建設が始まり、ようやく完成が間近に迫った大聖堂だ。この世界に大崩壊カタストロフが来ると予言され、選ばれた者達を生き残らせる為に造られたものだ。

 大聖堂は地上の神殿を模して造られ、百人以上を収容できる広さがあった。地上部分へと繋がる換気管が縦横に走っているが、換気口は燭台や天井と床との繋ぎ目に設けられるなど、一見してそれとは分からないように工夫されていた。

 広いホールの所々には真四角に成形された白いパネル型の化粧石が無造作に積み上げられ、最後の仕上げを待っていた。ホールの真ん中には通路があり、その両脇に十の台座と、燭台が置かれている。台座には何も置かれておらず、燭台にも蝋燭の類はなかったが、白い光球が浮かんでホールを明るく照らしている。

 ホールの奥には、祭壇を祭った小ホールへと続く扉があり、開け放たれていた。

 その祭壇の前で、一人の若き女性と一人の若者、そして老魔導士が片膝をつき、祈りを捧げていた。

 若い女は額に銀の小さなサークレットをしている。整った顔立ちには気品すら漂っていた。栗色のストレートの髪は腰まで届き、純白のドレスを黒の皮ベルトで引き絞っている。やや痩せ形ではあるが、よく締まった筋肉質の体であることが見て取れる。彼女の胸元で、黄金の細長い巻き貝型のペンダントが揺れていた。

 若者は白いローブのような導師服を纏っている。袖には金の縁取りがなされていた。腰には魔法使いの杖ではなく、剣を帯びている。

 若い男女の後ろに老魔導士。こちらも白の導師服を着ているが、袖と襟の部分に金銀の縁取りがなされ、若者のそれよりも一段と格上である事を示していた。年は七十を超えているであろう。深い彫りのある顔に刻まれた細かい古傷は、彼が魔法使いとして歴戦を戦い抜いてきたことを物語っていた。

 彼らの前には祭壇があったが、神を象った像の類はない。その代わりに一人の少女が立っていた。少女は背の高い白い帽子をかぶり、袖口に赤の刺繍の入った白ローブを着ている。黄金の錫杖を両手に捧げるように持ち、祭壇の一番上に立って、彼らが捧げる祈りを静かに受けていた。

「目をお開け下さい」

 少女が静かに告げ、目の前の若い女に声を掛けた。

父王ライバーンは御壮健ですか? 執政エルフィート」

 エルフィートと呼ばれた若い女はゆっくりと顔を上げる。

「はい。女神リーファの御加護により、恙なく余生を過ごしております。レイム様」

 祈りを受けていた少女はレイム。かつて王都のリーファ神殿で、レーベ王の三人の息子にレーベの忘れ形見を授けた少女だ。あれから三十年も経っているというのに、当時と全く変わっていない。十五歳の少女の姿のままだ。

 レイムはエルフィートにそう、と答え、左脇の若者に目を向ける。

「エルフィートとの挙式以来ですね。フレイル・ラクシス」
「はっ」

 フレイルと呼ばれた若者が深々と頭を下げる。

「貴方の働きはよく聞き及んでいます。これからも夫として、側近としてエルフィートを支えてあげてください」
「ははっ」

 レイムはフレイルに優しく微笑み掛ける。そしておもむろに顔を上げると、後ろに控える大魔導士に語りかけた。

「お久しぶりです。大導師ラメル。御加減は如何ですか? 先帝レーベ様から三代に渡って仕え、大陸メンテーラを守ってきた貴方に、リーファ様に代わって感謝申し上げます」

 レイムはラメルと呼んだ大魔導士に敬意を表した。少女にとっても、この老魔導士は尊敬に値する存在なのだ。

「勿体ないお言葉だ。レイム殿。私の命も残り少ない。最後の仕事をするときが来たようなのでな……」
「分かっています」

 レイムはエルフィートに向かって目で合図する。エルフィートは立ち上がると無言で胸元のペンダントを外し、レイムに手渡した。

 ――黄金水晶。

 そのペンダントは、後にレーベの秘宝として伝えられる事になる黄金水晶だった。

「エルフィート。精霊獣アークムはまだ……」
「はい」

 レイムは左手に黄金水晶を乗せ、右手の人差し指と中指でなぞるように滑らせた。次の瞬間、黄金水晶が光り輝き、空中にホログラムの様な像を結んだ。それは、女神リーファによって黄金水晶に封じられている水の精霊獣アークムの傷ついた姿だった。胴体は深く抉れ、片足が一本無くなっている。尾鰭は何かに食い千切られたように欠損し、頭の角は二本とも折れている。アークムは頭をぐったりと横たえ、ぴくりとも動かない。

「これは……」
「……はい」

 エルフィートはそう答えるのが精一杯だった。目に涙が浮かんでいる。思わず鼻と口を手で押さえた。

「あの大崩壊カタストロフから、この世界を救ったのです。アークムはリーファ様の命を守り抜いたのですよ。気に病むことはありません」

 レイムはエルフィートに優しく微笑むと、大魔導士ラメルに視線を送る。

「大導師ラメル。これが貴方が此処にきた理由であり、私を呼んだ理由ですね」
「左様。精霊獣アークムを復活させるのは、此処しか出来ぬ。レイム殿、そなたの力を借りたい」
「……」

 ラメルの言葉を静かに聞いていたレイムは、少し考えた後、承諾する。

「たとえ成功率は高くなくとも、やらなければなりませんね。このままでは精霊界に還す事も出来ません。この世界の為にとアークムを召還下さったリーファ様に申し訳がたちません」
「うむ。レイム殿、手筈通り私は神殿にマナ吸引エナジードレインの魔法を掛ける。そなたは集めたマナを……」
「はい。アークムに……」

 レイムはそう言って、振り返った。彼女の目の前には宝箱があった。レイムが箱の蓋を開けると一歩脇に退いた。

「エルフィート」
「はい」

 エルフィートが宝箱の前に行き、呪文を唱える。たちまち宝箱の底に文字が刻まれた。此処に黄金水晶を納めることになった経緯と奉納の言葉だ。エルフィートは底面に自分専用の宮廷文字が刻まれたことを確認すると、懐から金貨を取り出し底一面に敷き詰め始めた。

 エルフィートは金貨を敷き詰め終えると、黄金水晶を静かにレイムに捧げた。深く一礼をしてその場から退く。レイムはそれを見届けてから、手渡された黄金水晶を宝箱に納めた。

「大導師ラメル、始めてください」
 

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