ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
22-189.再生
「終わったか……」
ヒロは小悪鬼騎士の躯を見下ろして息をついた。ソラリスはミカキーノの横にいき、胡座をかいて座る。ミカキーノの顔を覗き込んで、ノビてるだけだ、心配ないと手を振った。ヒロは胸を撫で下ろした。だが、ロンボクは?
「ロンボク!」
ヒロはロンボクの元に駆け寄り、抱き起こした。エルテが懐から小さな布切れを取り出して、口元の血を拭う。リムが治癒魔法の詠唱を始めた。
「大丈夫か。しっかりしろ!」
「はは、体内マナを使っちゃいました……。光の大魔法を発動できたのはこの杖の御陰です……」
ロンボクが力なく杖に視線を送る。
「喋るな。ロンボク、今、治癒魔法を……」
「ありがとう。でも……どうかな……。体内マナが大分減ってしまいましたから……。でも……なんだか悪くない気分ですよ。やっと……ロッケンの気持ちが……分かりました……」
そこまでいってロンボクはがくりと首を垂れた。
「ロンボク!」
ヒロが脈を探る。弱いがまだ脈はあった。リムは既に治癒魔法を掛けていたが、泣きそうな顔をしている。
「リム!」
「私の精霊魔法ではこれが精一杯です。神官の治癒魔法でないと……」
リムの答えにヒロがエルテに顔を向ける。エルテの神官魔法なら……。だがエルテは静かに首を振った。
「此処では、マナを集められません。治癒魔法はもう……」
マナを集めるには外に出る必要がある。エルテの表情がそう物語っていた。だが、ロンボクを抱えて迷宮を出るのは相当時間が掛かる。いやホールを出て元の通路に戻るだけでも大変だ。ホールへの深い落とし穴を登らなければならない。
「なら、俺から体内マナを抜いて、それで……」
エルテには人の体内マナを抜いて魔法発動に転用する神官の秘魔法、青い珠がある。それで治癒魔法を発動すればいい。さっきも死霊を排除する魔法を発動したときもそうした。治癒魔法でも同じ事が出来る筈だ。
「駄目です」
「出来ません」
ヒロの提案をリムとエルテが同時に否定した。
「これ以上、ヒロさんから体内マナを抜いたら、ヒロさんの命に危険が及びます。自覚されているかどうか分かりませんけど、今でも既に危ないのですよ。先程も魔法発動に苦心していたのではないのですか?」
エルテが強い口調でヒロを窘める。リムもその通りです、と賛意を示す。先程のヒロの様子を見ていたのだ。誤魔化すことは出来ない。
本当にもうマナを集める方法はないのか。ヒロはホールを照らす青い炎を見つめた。
――!
ヒロは、ソラリスに声を掛ける。
「ソラリス。あの燭台を斬る事が出来るか?」
「あ? 大丈夫だと思うけど、どうかしたかい?」
ヒロはそれには答えず、リムに指示を出す。
「リム、申し訳ないが、マナの流れを見ててくれ、燭台の辺りだ」
「は、はい」
リムは目を瞑って詠唱を始めた。
「ソラリス、やってくれ」
ソラリスは、その場で片膝を立て、カラスマルを脇に構える。セイッという掛け声と共に、居合い抜きの要領で横薙ぎに薙いだ。
カラスマルの切っ先が音速を超え、ドンッとソニックブームを起こした。カラスマルから衝撃波が生まれ、青い炎が灯る極太の燭台に真横の亀裂を入れる。二呼吸おいて、燭台はグラリと傾き、上半分が切り落とされた。床に転がった燭台の青い炎も間もなく消えた。
「ヒロさん! 燭台からマナが噴き出しています」
リムが目を閉じたまま驚きの声を上げる。
「エルテ!」
エルテはヒロの意図を瞬時に察した。リムの声を合図に青い珠の詠唱を初める。エルテは、生み出した青い珠をゆっくりと、切り取られた燭台に誘導し、その真上で止めた。
青い珠は燭台からマナを吸収しどんどん大きくなる。人が一人すっぽりと入るくらいに大きくなったところで、青い珠を手元に引き寄せ解除する。エルテは、両手を天に掲げ、間髪入れず、回復魔法の詠唱を開始する。
「宙々駆ける神の御使い、リーとセレスの名の下に命ず。大いなる命の息吹、再生の光を与え賜え。復活の力、臨まん……」
エルテは両手を前に出して、治癒魔法を発動させた。
「再生!」
エルテの両手から白い光が生まれ、二つに分裂した。一つはロンボクに、もう一つはミカキーノに向かい、二人を照らす。
「ううっ」
ロンボクが呻き声を上げる。青白かった顔に赤みが指す。ヒロが再び脈を取った。先程とは違って力強い血の流れを感じた。マナの流れを見る瞑想を解いたリムはロンボクの顔を覗きこみ、もう大丈夫ですと笑顔を見せた。
「ゴフッ」
ミカキーノが目を覚ます。目を開けると、ソラリスの静止も聞かず上半身を起こした。しばらくエルテの治癒の光を浴びていたが、やがて、エルテに向かって、弱い声で、しかし、はっきりと言った。
「お前、やっぱり黒衣の不可触だったんだな」
エルテの顔がひきつった。何かを言おうとしたエルテをミカキーノが手を上げて制した。
「隠さなくてもいい。最初にお前の風魔法を見たとき、もしかしたらと思ったが、変な青い珠と今の治癒魔法で分かった。あの時と同じだ。襲ったのは俺達なのに、治癒魔法を掛けていくとは、お人好しにも程があらぁ。……だが、あれはもう終わった事だ。もう何とも思っちゃいねぇよ。やられた俺達が弱かった、それだけだ」
ミカキーノは胡座の姿勢から片膝を立て、その膝に右の膝を乗せて淡々と語った。その顔がスッキリとして見えたのは、蟠りなど持っていない事をエルテに伝えたからなのか、それとも、小悪鬼騎士を斃したからなのか。
――どうでもいいことだ。
ミカキーノは念願の小悪鬼騎士の討伐を果たしたのだ。それで十分だ。ミカキーノの表情がそう語っていた。
エルテは戸惑ったような笑顔を見せていた。エルテは黒衣の不可触として、スティール・メイデンと闘い、ミカキーノ達に重傷を負わせた本人だ。即席とはいえ、その相手とパーティを組んで戦ったのだ。さぞかし胸中は複雑だっただろう。それが少しでも解消されるのなら……。
――焦らなくてもいい。
ミカキーノの言葉で、エルテの気持が完全に吹っ切れるとは思わない。だが何もなく、このままパーティからミカキーノが去るよりはずっといい。ありがとう。ヒロはミカキーノに感謝した。
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