ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

20-173.魔除けの使い魔です

 
 ――フォーの迷宮。第三階層から更に四つ下の階層。

 ヒロ達は先程開けた扉から奥へと足を踏み入れた。扉の奥は通路となっていた。今まで誰も入ったことがないのだろうか。周りの壁は大理石のように磨き抜かれている。ここまでの通路とは様子が違う。ソラリスは要所要所でアリアドネの種を蒔くのを忘れない。床に落ちた種は、十分な空気を吸い込んだ後、青緑の蛍光色を放った。

 ヒロ達が通路を抜けると、またホールのような空間に出た。これまでのホールとは規模が違う。広さも高さも倍以上ある。壁際と中央には、例の青い炎が煌々と光り、ホール全体を照らしている。意外と明るい。

 ホールの周囲は大理石と思われる石壁。幾本ものイオニア式の様な柱が天井を支えている。床には、完璧な正方形に切り取られた薄紫と白の滑石が市松模様に並べられていたが、中央だけは萌葱色に着色された石が敷き詰められ、通路となって奥まで続いている。

 だがそれでも、長い年月が経っているせいなのだろう。床の所々には天井や壁の一部と思われる小さな石の欠片が散在している。直ぐには崩壊しないにしても、いつかは、瓦礫に埋もれてしまうのだろうとヒロは思った。

「凄いな。まるで神殿だ」

 ヒロは思わず漏らした。ウオバルのリーファ神殿が脳裏に浮かぶ。とても地下とは思えない。まるで地上の神殿をそのまま地下に埋め込んだかのようだ。

「フォーの迷宮は、元々神殿として造られたと聞いています。おかしいことではありませんわ」
「しかし、これほどの建造物を地下に造るなんて」

 ヒロは驚きを隠さない。いくら魔法の世界とはいえ、この異世界の文明レベルからはおおよそ信じられない建造物だ。

「神殿、ね」

 ソラリスが両手を腰に当てて首を捻る。何かあったのかと訝るヒロに、ホールの奥を指さした。

 萌葱色の通路の両脇に台座が並び、その上に何かが置かれている。四つ足の動物のようだ。背中に一対の羽を持ち、手足には鋭い鉤爪。鬼のような風貌かおに、口から大きくはみ出した牙が光っている。その怪物は背を丸めて両手を前につき、今にも飛びかからんばかりにこちらを睨んでいる。

 ――ガーゴイル?

 何かの漫画かアニメで視た事がある。ヒロは咄嗟にそう思った。ウオバルのリーファ神殿にはこんなのはなかったが。

 ヒロ達はそろりと近づく。怪物はそのままの姿勢でぴくりとも動かない。どうやら精巧に創られた彫像のようだ。彫像は大きく、しゃがんだ姿勢でも人の背丈を越えているように見えた。立ち上がったとしたら、おそらくは三メートルを越えるだろう。

ガーゴイルパッサーシュバイですね」
「?」
「魔除けの使い魔です」
「使い魔?」
「はい。神殿を荒らす者を退治する意味で、よく祀られていました。昔の神殿には良くありましたよ」

 リムが事もなげにいう。ガーゴイルパッサーシュバイの彫像は、ホールの壁や柱と同じ材質の石で出来ている様に見えたが、こちらの石は艶のある黒だ。表面はつるつるに磨き上げられ、年月による風化を感じさせない。筋肉で盛り上がったさまが象られた四肢は躍動感に溢れていた。

「じゃあ、ガーゴイルこれは空想上の産物なのか?」
「いいえ。実在するモンスターですよ。昔は普通にいましたけど、そういえば、こっちの国に来てからは見てないですね」

 リムの説明にエルテが付け加える。

「元々、大陸北部の辺境に生息するモンスターで、フォス王国では滅多に見かけませんわ。伝承では、レーベ王が大陸北部を討伐した際に従えたとされています」
「神殿を護る使い魔……狛犬みたいなものか」

 思わず呟く。

「何ですか? ヒロ様」
「いや、こっちの話だ。忘れてくれ」


 怪物の彫像で挟まれた通路をゆっくりと進む。彫像の怪物は等間隔でずっと奥まで続いていた。彫像同士の間隔は大きく取られているが、その間に、マナを吸い取る魔法の炎を灯した燭台が置かれている。燭台といってもテーブルに置かれるような細いものではなく、丸太の様に太くてがっしりした造りだ。たとえ体当たりしても、倒れることはないように見えた。

 萌葱色に着色された通路の幅は広く、十人が両手を繋いで横に並んでもまだ届かないくらいある。ヒロ達が進んできた上の階層の通路など比べものにならない。

 ホールそのものの規模が違うのだ。これまで通ってきたホール上の空間より桁違いに大きい。天井は四階層ぶち抜きの高さがあり、フロアはウオバルのリーファ神殿よりも広い。なぜこれほどのものが地下にあるのか。それ以前に、一体どうやって造ったのか。

 「キキャー」

 ヒロ達の背後から鳴き声が響いた。
 

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