ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
19-172.お客さんが来たようだぜ
――フォーの迷宮入口。
茂みに隠れて、傀儡を使っての遠隔視をしていたベスラーリがちっと舌打ちする。
「どうした?」
「終わりだ」
「なに?」
ベスラーリはバレルの問いに平然と答える。
「例の冒険者の炎魔法で、仲間二匹がローストだ。残り二匹は赤髪に開きにされちまった。パーティ用の料理にしては雑な仕上がりだがな。逃げられたのは、俺の人形だけだ」
「何をもたもたしている。奴らを追え」
「無理だな。恐怖でパニックになってる。もうコントロール出来ないな」
ベスラーリはバレルの要請を拒否した。傀儡にしていた小悪鬼はもう使い物にならない。傀儡使いとはいえ、彼のスキルは何時如何なる時でも発揮できる訳ではない。相手が強い感情を持った場合は効き目が弱くなる。特に精神恐慌に陥った時はどうにもならない。最初から強度の精神支配を掛けておけば、ある程度パニックも抑えられるのだが、それをやると今度は動きが人に近づいてしまい、モンスターとしては不自然になってしまう。強度の精神支配を避けるが故のリスクだ。
「もう一度コントロール出来るようにはならないのか?」
「さぁな。女神リーファに祈りでも捧げるんだな」
「別の傀儡を探して監視を続けろ」
「はっ、御免だね。俺はラスターさんに視てやるとは言ったが、何時までも視ると言った覚えはないね。傀儡は疲れるんだ。一日一回が限度だ」
「貴様は、今の傀儡を再び操れるようになる迄、待つしかないというんだな」
「さてね。そんな時が来ればな。だが、バレルのおっさんよ。その前にお客さんが来たようだぜ」
ベスラーリは顎を上げ、茂みの外を指した。バレルがそちらを見やると二つの影がフォーの迷宮に入っていくのが見えた。
「誰だ?」
バレルが呟く。遠目ではっきりとは分からなかったが、ローブと皮鎧らしき後姿だった。冒険者で間違いないだろう。だが、昔ならいざ知らず、今や、フォーの迷宮を訪れる冒険者など皆無だ。このタイミングで別の冒険者などと……。
「大方、収穫祭でもやるんだろうぜ。貢ぎ物を持ってきたのか、此処で狩るのか知らねぇがな。女神リーファは今頃、葡萄酒片手に貢ぎ物のリスト作りに精を出しているだろうぜ」
「冗談はそこまでにしておけ。お前の傀儡はまだコントロールできないのか?」
「あぁ? 何を言ってる。もう終わりだと言った筈だ。耳糞が詰まって聞こえねぇってんなら、こいつで右の耳と左の耳の穴を繋いでやってもいいんだぜ」
ベスラーリはマントの下から手をだした。右腕に装着した短弩の先端をバレルの左耳にあてがう。矢がセットされていなかったからなのか、バレルは平然と答える。
「貴様が此処で降りたら、ラスター様が……」
バレルの言葉が最後まで行き着く前に、ベスラーリは短弩を下げ、フォーの迷宮に視線を送る。
「どうした?」
そう言い掛けたバレルをベスラーリが手で制した。目を閉じて集中する。まだ傀儡との五感共有を切っていなかったのが幸いしたようだ。
ベスラーリの瞼の裏に、数十匹を越える小悪鬼達が映っていた。傀儡は仲間と会ったことで、落ち着きを取り戻したようだ。キィキィとした鳴き声がいくつも聞こえる。ベスラーリの唇が何かを復唱するかのように微かに震える。小悪鬼語は分からないが、何かを相談している事だけはベスラーリにも分かった。
仲間の小悪鬼が何匹か通路の奥に消え、ベスラーリの視界がくるりと百八十度反転した。さっきまで逃げてきた路を戻り始める。
「バレルのおっさんよ。あんたはツイてるぜ。リーファの御加護があったようだ。たっぷり寄進しねぇとな」
「傀儡か?」
「傀儡が仲間に会った。道案内を始めたようだな。収穫祭は延長になった。続きを見るか?」
ベスラーリはにやりと笑う。傀儡のコントロールを取り戻したことにほっとしたのか、その声には張りがあった。
「当たり前だ。キヒヒヒヒ」
バレルは薄気味悪い歓喜の声をあげた。
 
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