ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

19-167.第三階層

 ――第三階層。

 フォーの迷宮で第三階層にまで足を踏み入れた冒険者は数える程だといわれている。大抵は第二階層辺りで迷ってウロウロしている内に、モンスターの襲撃に遭い、体力とマナを消費してすごすごと引き上げるのが大半だという。ヒロ達は地図のお陰で真っ直ぐに第三階層にまで行けたとはいえ、モンスターに襲われたのが、黒曜犬の一度だけだったのは僥倖だといえよう。

 ヒロ達は階段を降りると一本きりの通路を真っ直ぐ進む。やがて、第一階層にあったような大ホールに出た。ヒロの指示で再びここで小休止する。ヒロはホール中央の青い炎を巧みに避けて、パーティ全員を覆うバリアを張った。モンスターの襲撃に備える為だ。それでも青い炎の影響でそのうちバリアは消えてしまうかもしれないが、一分や二分は保ってくれるだろう。ヒロ達は壁に背をつける形で腰を下ろした。

「マナの消費は大丈夫かな……」

 ヒロがぼそりと言った。フォーの迷宮では、少しずつマナを吸い取られていくという。ソラリスは、七日以上留まるのは危険だといった。故に、迷宮探索は一度に三日以内とし、三日経ったら外に出るという作戦を立てている。

 一体、入ってからどれくらい経ったのだろう。体感では数時間程度だ。動けなくなる程ではないが、いつもより疲労感はある。だが、それはヒロが莫大な体内マナオドを持っているが故に正しく認識できていないだけかもしれないのだ。その不安がついヒロの口をついて出た。

「まだ大丈夫だよ」

 ソラリスが振り向いた。鞘に収めたカラスマルをヒロに見せる。鞘の鯉口の辺りが青緑色に小さく光っている。

「アリアドネの種だ。目印に貼っておいた。こいつは、三日経つたびに色が変わるんだ。三日したら黄色になって、六日経ったら紫に、九日目には赤になる。黄色になったら直ぐに出ないといけないよ」
「便利な種だな。すると袋の中にある種も時間が経つと色が変わるのかい」
「へへっ。そいつがこの種アリアドネの凄いところでな。空気に触れていないと色は変わらないんだ。袋が種でぎっしり埋まっている間は殆ど変らないのさ」
「ますます便利だな」
「だから、冒険者の必需品なのさ」

 ソラリスに続けて、リムが提案する。

「ヒロ様。ご心配ならマナの流れを見てみましょうか?」
「見えるのか?」

 モルディアスは修行を重ねるとマナの流れが見えるようになるといっていたが。リムにも出来るのか。

「はい。少しだけなら」
「じゃあ、頼めるか?」
「わかりました」

 リムが眼を閉じて一つ深呼吸をしてから両手を合掌する。

「大気と大地に息づく精霊達よ。大地母神リーファの名の下に命ず。天の慈悲より流れ、全てを生かしめる光の流れを示しなさい」

リムが呪文を唱えると、彼女の周りに指で摘める程の小さな七色の光の珠が現れ、くるくると回り始めた。リムは眼を閉じたまま、ゆっくりと口を開いた。

「確かに皆さんの体からオドが少しずつ抜けて、青い炎に流れ込んでいます。でも糸みたいに少しずつです。近づかなければソラリスさんの言うとおり、十日くらいは大丈夫に見えますね」
「そうか。しばらくは大丈夫そうだな。リム、ありがとう」

リムが瞑目を解いて、にこりとした。安心したヒロ達はマルマの水を飲み、しばらく休憩する。ヒロはホール中央に置かれた大きな燭台の上で光る青い炎をぼんやりと見つめていた。

 マナを吸い取る炎。不思議な炎だ。リムもマナが流れ込んでいると言っていた。第一階層のホールで、この炎にマナを錬成した魔法の盾を投げたら吸収された。この炎もやはりエルテのマナを集める魔法、青い珠ドゥームと同じ性質のものなのだろうか。いや、こちらはエルテの青い珠ドゥームをも吸い込んでしまう程に強力なのだ。あれさえ無ければ……。

「エルテ、あの青い炎を消すことは出来ないのか?」 

 ヒロがエルテに尋ねる。フォーの迷宮がマナを吸い込む原因があの魔法の青い炎のせいならば、消してしまえばマナを吸い取られることもなくなる筈だ。さっきはエルテの青い珠ドゥームで逆にマナを吸い取り返せないか試みたが上手くいかなかった。先程の失敗も忘れたかのようにヒロはエルテに問いかけていた。

エルテは静かに首を振った。

「あの炎は魔法の炎。油も薪も必要としないのです。マナさえあれば永遠に灯り続けます。解術式マジック・キャンセルも分かっていませんし、その他の魔法では効果がありません」
「……厄介だな」

 マナさえあれば灯り続ける、か。エルテの返答にヒロは溜息をついた。しかし本当に方法がないのか。そんなヒロの思考はリムの言葉に遮られた。

「ヒロ様、このホールを出て真っ直ぐ突き当たりの右が目的の場所ですよ」

 リムが地図を見ながら、目的ポイントを示す印を指さした。彼女のかわいらしい小さな指先は六芒星の印を指し示していた。

「ヒロ、急ごう。今んとこは、モンスターには殆ど出喰わしてない。ラッキーな内にさっさとお宝をいただこうぜ」

 確かにそうだ。フォーの迷宮の深い階層にはモンスターが沢山でると聞いていた。覚悟して入ってみたのだが、出てきたモンスターはさっきの黒曜犬だけだ。ソラリスのいうように偶々なのか、地図のお陰で最短時間でやってこれたせいなのか、それとも、既にモンスターが棲みつかなくなったのか。

「そうだな。行こう」

 ヒロは胸に不安を抱えながらも迷宮の奥へと踏み込んだ。

◇◇◇

「なんだ、こりゃ」

 ソラリスが開口一番声を上げる。ヒロ達は地図に六芒星が記されている場所に到達した。だがそこは、行き止まりで、ただ壁があるばかりだ。リムとエルテも当惑した表情で辺りを見渡す。特に変わった様子はない。

 ソラリスが正面の壁を慎重に探る。ヒロは、初めてリムに会った落とし穴から脱出するとき、横穴奥の壁をスライドさせたことを思い出していた。印をつけたからには何か有るはずだ。この壁が動くと迄は思えなかったが、隠し扉とかないのか。ヒロは内心に不安を覚えながらもソラリスを見守った。

「何もないね。ただの壁だ」

 ソラリスが振り向いた。

「リム、地図を」

 ヒロはリムから地図を受け取ると、この場所で間違いないかもう一度確認する。リムが灯りとなる光の珠をヒロの側に誘導した。手元が明るくなったヒロは慎重に、地図を指でなぞる。ホールの位置、大きさ、角、階段を示す三角印。ここまで歩いてきた行程を思い出しながら付き合わせる。間違いない。ここで良い筈だ。

 もしかしたら、この六芒星の印はお宝の位置を示したものではないのか。互いに正反対を向いた二つの三角の重なりを見つめながら、ヒロは考えてみたが、やはり分からない。

 もう一度、壁を確認する。ゆっくりと、そして慎重に探る。と、何かが彫ってある様な跡があることに気づいた。同じ大きさの模様が、規則正しく横に並んでいる。この形には見覚えがある。

 ――古代文字?

 エルテの石版文字とは違うが、リムが幾度となく書いて見せた古代文字に似ている。ヒロは、その部分を指でそっとなぞった。大分、消えかかってはいたが、指に伝わる感触は確実に彫ったものだ。誰かが此処に刻んだのだ。ヒロは模様の最後に、六芒星が彫られていることに気づいた。地図の印と同じだ。やはり此処で間違いない。ヒロは振り向いてリムを呼び寄せた。

「リム。読めるか?」
「はい。ええと、『安らかならん王の護り。聖なる棺と共に。マナの導ききたるまで』って書いてあります」

 リムはぎりぎりにまで顔を近づけて、壁とにらめっこしていたが、しばらくしてから、すらすらと読んでみせた。やはり古代文字だったか。何かがありそうだ。しかし、それは何処に? しばし考え込むヒロの背に声が掛かった。

「ヒロ、謎解きは後にした方がいいね」

 ソラリスが何かの気配を察知していた。

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