ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

19-165.感覚共有

 
「やっと見つけたぜ」

 フォーの迷宮の直ぐ外の茂みに、二人の男が潜んでいた。一人は長身長髪の男で、もう一人は背が丸まった小男。ベスラーリとバレルだ。

「キヒヒヒヒ。流石は。追跡出来そうか」
「さあな。小悪鬼ゴブリンで何処までいけるかなぁ。精々、リーファ様にお祈りとお供えをたっぷりと用意しておくんだな。バレルのおっさんよ」

 ベスラーリは胡座を掻いて座っていた。半眼に開いた眼は、その場ではない遠くをいた。

 ベスラーリは傀儡使いだ。人間だけでなく比較的人間に近い種のモンスターの精神を乗っ取り、自分の傀儡として使うことができる。

 ベスラーリはその能力スキルで他人の体にコンタクトし、感覚共有を行う。そうすることで、傀儡が見たものや聞いたものを、遠隔認識出来るようになるのだ。無論、操れる人数は多くなく、感覚共有できる距離もさして遠くはなかったが、それでもこの能力スキルは彼に多くの恩恵をもたらしていた。傀儡の選択を誤らなければ、自分がその場にいなくても、様子が分かるからだ。

 ベスラーリは、狩りを終えてフォーの迷宮に戻ってきた小悪鬼ゴブリンを捕まえ、傀儡くぐつにした。その傀儡くぐつを使ってヒロのパーティを探させたのだ。それは上手くいった。だが、勿論、良いことばかりではない。

「気持ち悪りぃ……」

 ベスラーリが思わず漏らす。モンスターと人では五感の感覚にズレがある。それがベスラーリに大きな不快感を与えていた。

 たとえば、犬と五感共有した場合、犬は人間より遙かに鼻が利く為、五感共有する事によって、人間ではとても感知できない微妙なをも認識できるようになる。だが、その反面、人であれば認識しなくて済んでいた嫌な匂いも嗅げてしまう。

 その意味では、彼の五感共有スキルは、一時的に人間を越えた感覚を手に入れることができるものではあるのだが、普段認識することのない五感情報をキャッチしてしまうことで、脳がその情報を処理しきれず、いわゆる状態になってしまうのだ。

 この副作用は、人間と離れた種であればあるほど激しくなる。これがベスラーリが感覚共有を人以外のモンスターに使いたがらない理由でもあった。

 小悪鬼ゴブリンは人の五感と比べて視覚が発達し、夜目が非常に利く。それだけならまだ耐えられるのだが、眼球の構造が人と異なり、真横からの光も認識することができる。それによって人間よりもずっと広い視界を持つのだが、視覚的な見え方は、あたかも魚眼レンズで覗いたようなワイドで端が極端に歪んだものとなる。

 慣れない人間がこの小悪鬼ゴブリンの視覚を体感すると、その余りの違いに、酔って吐いてしまうだろう。

 ベスラーリは、久々となる小悪鬼ゴブリンの視界からくる気持ち悪さに懸命に耐えていた。しばらくすれば慣れるとは分かっているのだが、それまでは、この違和感に耐えなくてはならない。こればかりはいくら傀儡くぐつであっても、どうにも出来ない。

 そして更に気をつけなければならないことがある。それは精神支配の強度をどの程度に抑えるかということだ。

 ベスラーリはこれまでの経験から、基本的にモンスターを傀儡くぐつにする時は、強度な精神支配はしない事にしていた。支配の強度が高まれば高まる程、一挙手一投足が人の動きに近づいてしまうからだ。モンスターが人間に近い動きをすると、今度は逆に他の同族の警戒を呼んでしまうのだ。酷い時には、傀儡にしたモンスターが同族のモンスターに襲われたこともあった。

 今、ベスラーリが傀儡くぐつにしている小悪鬼ゴブリンは、感覚共有とごく軽い精神支配だけを掛けている。何処にどう行くかは殆ど小悪鬼ゴブリン任せだ。幸いなことに傀儡くぐつにした小悪鬼ゴブリンは、路に落ちている光る種アリアドネの種に興味を持ったらしく、それをずっと追っていった。そのお陰でヒロ達に追いついたという訳だ。

 小悪鬼ゴブリンの異常に夜目が利く眼でヒロ達を捉える。視線をわずかに動かして、視界の正面にヒロ達がくるようにする。正面視野が一番歪まない。ひぃ、ふぅ、みぃ、とゆっくり人数を数える。

 ――四人か。

 剣士を戦闘に、神官とチビ、最後尾にチュニック姿の男。最後尾の男の顔は分からないが、この後ろ姿には見覚えがある。数日前、ウオバルの色無し通りの外れでちょっかいを掛けた男だ。たしか魔法使いだったか。男の背中から微かにチャリチャリと金属の擦れる音がする。大方、服の下に鎖帷子か何かを着込んでいるのだろう。

 迷宮内では神官と魔法使いは殆ど役に立たない。普通であれば標準的なパーティ構成だが、迷宮攻略に限れば剣士がもう一人欲しいところだ。

「バレルのおっさん、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルは黒装束の魔法使いじゃなかったか? 見当たらないぜ。例の流れの冒険者兄ちゃんはいるがな」

 ベスラーリが、小悪鬼ゴブリンの眼で見えたものをバレルに説明した。

「キヒヒヒヒ。流れの冒険者が居ればそれでいい。後を追え」

 バレルは確信があるのか、ベスラーリが捉えた四人組のパーティを追うよう命じる。そもそも、今では滅多に人の来ないフォーの迷宮に冒険者パーティーがいるのだ。それだけでも監視に値する。ベスラーリは少し肩を竦めてみせてから監視を継続した。

 ベスラーリは周囲を確認した。付近に傀儡にした小悪鬼ゴブリンの同族も他のモンスターもいない。

 ベスラーリは、自分の傀儡くぐつが襲われる心配がないことを確認すると、傀儡くぐつが勝手にヒロ達を攻撃しないように、少しだけ精神支配強度を上げる。これで今は後を追うことしか考えない筈だ。ベスラーリの傀儡と化した小悪鬼ゴブリンは慎重にヒロ達の後をつけた。
 

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