ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

14-117.その依頼は受けられない

 
大司教グラス様の計らいで、私はウォーデン卿とある約束を交わしました。それは、アンダーグラウンドで行われているクエストの情報をウォーデン卿に御報告する、というものです」
「ん?」
「ウォーデン卿は、冒険者が普段何のクエストを行っているか把握するため、冒険者ギルドに直属の報告官を常駐させています。また、学生や冒険者の代理人マネージャーには、個別依頼されたクエストを報告する義務も課しています」
「それは知り合いの冒険者から聞いたことがある」

 ヒロは、ロンボクから聞いた事を思い出していった。

「ですが、アンダーグラウンドのクエストは秘密裏に行われる事が多く、その内容は分からないことが多いのです。ですから……」
「密偵を使っている、ということか」
「そうです。ウォーデン卿は、信頼のおける者を各地に派遣し、アンダーグラウンドのクエストを調査・報告させています。もちろん彼らは、アンダーグラウンドで通用する実力の持ち主ばかりですわ。ウォーデン卿は、私が求めるアイテムが見つかるまでという条件で、アンダーグラウンドの冒険者となれるよう取り計らって下さいました。無論、大司教グラス様のお口添えがあってのことです。そうして、その日から私は黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルとなったのです」

 ――黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブル裏の仕事アンダーグラウンドを捕捉する密偵。

 ヒロは、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルが、こちらから仕掛けない限り何もしないと言われていた理由が分かったような気がした。密偵が主な任務であるのなら無闇に攻撃を仕掛ける理由がない。しかし、そんな黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルが俺を狙って攻撃した。つまり特別な事情があったということだ。

「君が黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルになった理由わけは分かった。話を戻すが、さっき君はフォーの迷宮に行く冒険者を探していると言ったな。そのために俺を襲った、とも。冒険者を探すのに俺を襲った理由はなんだ? いや、その前に何故、俺でなければならなかったんだ。仲間が欲しければ、それこそ冒険者ギルドで募れば、いくらでもいるだろうに」

 そもそもエルテは黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルとして活動していたのだ。その実力は、ウオバルの冒険者ギルドでトップクラスと目されていたスティール・メイデンをも凌ぐ程だ。わざわざ冒険者仲間を集めなくても、エルテ一人で十分ではないのか。ヒロには得心がいかなかった。

「フォーの迷宮は入り口こそ地上にありますが、その奥は地下深くに続いているとされています。ヒロさんはご存知かどうか知りませんが、地下はマナが少なく、魔法の威力が激減します。だからマナが少ない洞窟内でも、自らの体内マナオドを使って威力ある魔法が撃てる存在が必要なのです。それに……」

 エルテは一拍置いてから続けた。

「フォーの迷宮は僅かずつですが、侵入した人間のマナを吸い取るエナジードレイン魔法が掛けられています。ですから、私はそれに負けない大量の体内マナオドを持つ冒険者を探していたのです」
「もしかして、君が冒険者の代理人マネージャーをしているのは、そのためなのか」
「その通りですわ。冒険者を探すのであれば、表向きは代理人マネージャーになるのがよいとウォーデン卿がアドバイス下さいました」

 エルテはヒロの言葉をあっさりと肯定した。表のギルドで冒険者を探す傍ら、裏のクエストアンダーグラウンドでフォーの迷宮の地図を手に入れる。それは彼女エルテが目的を果たすのに申し分のない環境だといえた。一方、ウォーデン卿は表のギルドと裏の世界両方から情報を得ることができる。双方の利害が一致しているがこその策だ。

「だから、あの時も代理人マネージャーとして迷宮に同行できそうな冒険者を探していたんだな?」

 ヒロは冒険者ギルドで初めてエルテと会った時のことを指摘した。

「えぇ。私は代理人マネージャーとして、緑青玉すいしょうだまで、多くの冒険者の体内マナオドを測りましたわ。でも誰一人だれひとり緑青玉すいしょうだまを光らせることは出来なかった。貴方以外は誰も……」

 エルテはその時の光景を思い出すかのように目を閉じた。彼女エルテの顔には、求めている者に出会ったという安堵感が浮かんでいた。

「だが、あの時は、光ったといってもほんの一瞬だ。あれでマナがどれくらいあるかなんて分かるのか?」

 ヒロはエルテの水晶玉を瞬きほどの間しか光らせることは出来なかった。今でこそ、あれはリムの魔法干渉でそうなったのだと分かっているが、あれを見たモルディアスは、自分の小屋にヒロを連れていって、もう一度水晶玉でヒロの体内マナオドを計り直させたくらいだ。ヒロには、そう簡単に魔力量が分かるとは思えなかった。

「仰る通り一瞬でしたから、はっきりとは分かりませんでしたわ。ですけど、膨大な体内マナオドを持つ人でない限り、あの緑青玉すいしょうだまは決して光ることはありません。ですから、先程、試させていただいたのですわ」
「俺を襲ったことか?」
「はい。お気づきになられていたか分かりませんけれど、貴方ヒロさんとの戦闘中、私は周囲のマナや体内マナオドを吸収する魔法、青い珠ドゥームを使っていました。普通の魔法使いでは魔法が使えなくなる強度で、です。それは、フォーの迷宮内を想定しているからです。でもヒロさんは、苦もなく防御魔法バリアを張った。これが何よりの証拠ですわ」
「そういうことか」

 唇を手の平で覆い隠すようにして、少し考え込んだヒロはシャロームに視線を向ける。

「シャローム。今回のクエストを俺一人でやるように条件を付けたのは、エルテの試しこれをやると予定していたからなんだな?」
「御明察です。パーティを組まれると、貴方が魔法を使わないまま事が終ってしまうこともあり得ますからね。少しでも不確定要素はなくしたかったのですよ」
「それを言うなら、何故、俺が魔法を使うと思ったんだ? それこそ不確定要素だろう。俺が魔法を使わないままエルテにやられて終わることは考えなかったのか?」
「貴方が冒険者登録したことはギルドで確認していました。エルテは貴方に危害を加える積もりはありませんでしたが、仮にエルテにやられてしまうようなら、エルテが求める冒険者ではなかったというだけのことです。唯一、貴方に逃げられてしまうことが不安要素でしたがね」

 シャロームは臆面もなく答えた。唇に僅かに笑みが浮かんでいる。

「だけど、ヒロ。貴方は逃げることなく黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルに立ち向かい、見事に勝利を納めた。今まで一度も破られたことのないエルテの鉄壁の防御魔法バリアをあんな方法で打ち破るなんて思ってもみませんでしたよ。単に強い魔力を持っているだけでなく、知恵も機転も兼ね備えている。私にとって、貴方は投資に値する冒険者です。逃したくありませんね」

 シャロームの言葉にエルテが微笑む。

「冒険者の代理人マネージャーの仕事も、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルとしての任も今日で終わりですわ。求めている冒険者が見つかったのですから」

 エルテはそう言って居住まいを正すと、ヒロに依頼した。

「お願いです。私と一緒にフォーの迷宮に同行願います。勿論それなりの報酬をお支払いする事をお約束しますわ」

 頭を垂れるエルテに、ヒロはゆっくりと告げた。

「エルテ、君の事情は分かった。でも、その依頼は受けられない。俺はフォーの迷宮に行く事は出来ないよ」

ヒロの答えにエルテが、えっ、という表情を見せた。
 

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