ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
9-069.この銀貨は銅貨でくれないか
ヒロ達がウオバルの冒険者ギルドについたのは日が沈んでしばらくしてからだった。途中小悪鬼の襲撃があり、彼らの死骸を火葬をしたことが、陽のある内にウオバルに戻るという予定を狂わせた。だが、早朝にエマを出たこと、ウオバル迄の道程が二回目とあって慣れていたこと、日が落ちてからは、リムの光魔法で明かりがとれたことなどがあり、無事にウオバルに帰りつくことが出来た。小悪鬼との遭遇した後の顛末をみれば、今回のクエストで、ソラリスとリムに同行して貰ったことは結果的に正解だったといえる。ヒロはまだ一人で行動するには、足りないものが多いと認識を改めた。
「あら、こんばんは。ヒロさん」
事務所を閉めようと片づけをしていたラルルが人懐っこい笑顔を見せる。
「今日はもう終わりかい?」
「いいえ、まだ大丈夫ですよ」
「それは良かった。例のクエストの帰りなんだが、受け付けて貰えるかな」
「あ、はい。ではこちらへ」
ラルルがフロアの奥に案内する。ソラリスは誰もいなくなったフロアで、適当なテーブルの椅子に腰掛ける。後はクエスト完了の確認と報酬を貰うだけだ。ソラリスを見やったヒロに、後は宜しくとばかり手を振った。それでも、リムはヒロの後にくっついていたのだが。
「昨日、エマに行って、例の手紙を届けてきた。これが受取証だ」
ヒロが、エマの冒険者ギルドで手紙を届けたことを証明する蝋板をラルルに差し出す。カウンター越しに席についたラルルは蝋板を受け取ると、ペーパーナイフのようなもので、器用に封の木板を破って中を確認する。
「はい。間違いありません。クエストお疲れ様でした」
蝋板の文書を確認したラルルは、カウンターの下から、薄手の細長い木片を出してヒロに渡した。
「特に問題なくクエストを完了しましたので、これで正式に冒険者として登録させて戴きます。こちらが冒険者の証となる認識票です。これを提示すれば、王国内の殆どの街にフリーパスで入ることができます」
ヒロが手渡された木片は黒檀のような硬い木で、表面に文字が刻まれていた。片仮名でヒロと書いてある。冒険者の仮登録をするときに自分で木片に刻んだ名前だ。誰が彫ったのだろうか、驚くほどヒロの字にそっくりだった。もっともヒロ自身が彫刻刀で彫った片仮名だから、筆跡と言うほどの癖も何もないのだが、ヒの時の横棒が、縦のL字を少し突き抜けてしまったりと、ところどころ削り過ぎているところがある。真新しい冒険票認識表の文字は、それもしっかりと写し取られていた。
「もし、認識票を無くした時は速やかに近くの冒険者ギルドに申し出て下さい。ただし再発行は、最初に受付していただいた、此処ウオバルの冒険者ギルドでないと出来ませんので、御注意ください」
「分かった。ありがとう」
「では、冒険者ギルドとクエストについて少し説明させていただきますね」
そう言ってラルルはギルドのシステムと冒険者が最低限行うべき履行義務等の説明を始めた。冒険者ギルドは広く一般から依頼を預かり、内容を精査した上で登録下にある冒険者への斡旋を行う仲介業であること。冒険者パーティについては毎年獲得報酬額毎にクラス分けを行い、上位と下位で入れ替え戦を行うこと。ギルドでクエストを受ける時には、契約内容の確認を怠らないこと。期日を守れなかった時は理由にも依るがペナルティを与えられる場合もあること。ギルドを通さずにクエストを受けた場合でも極力ギルドに届け出を行うこと。無論、履行義務として、討伐モンスターの死体処理の方法についても説明された。ヒロにはソラリスやロンボクから教わった内容も含まれていたこともあり、すんなりと頭に入った。
「冒険者に始めて登録された方には、慣れるまで先輩冒険者が後見役についたりすることが多いのですが、どういたしますか? ギルドで御紹介することも出来ますけど」
ラルルの問いに思案する間も無く、脇からソラリスが口を挟んだ。
「要らないよ。ラルル。あたいが面倒見てやっからよ」
「そうですか。ソラリスさんならベテランですし、全然問題ありませんね。ではそのようにお願いいたします」
ラルルはにっこりと笑みを浮かべる。
「では、報酬ですが……」
「すまない。その前に」
ラルルを遮ったヒロは胸元から皮袋を取り出した。小悪鬼を火葬した後の灰が入っている袋だ。
「これを鑑定して貰いたいんだが、どうすればいいかな。小悪鬼を浄化した後の灰なんだが」
「どうかされたのですか?」
「今日、エマからこっちに戻る途中に小悪鬼に襲われたんだ。色々あって撃退できたんだが、数が多くてね。埋めるのが大変だったから焼いたんだ。その骨をここにいるリムが浄化魔法で灰にしてくれたんだが、本当に浄化できているかどうか確かめたくてね。やっぱり、神殿に行かないと駄目だろうか。どうすればいいか教えて欲しい」
「そうだったんですか。お怪我はありませんでしたか。小悪鬼はそう強いモンスターではないのですが、群れで来ることが多いから厄介なんですよね」
ラルルは灰の入った皮袋を受け取るとにっこりと笑った。
「大丈夫ですよ。専属契約を結んでいるリーファ神殿の高位神官がいらっしゃいますから。彼に見ていただけるようお願いしてみます」
「ありがとう。助かるよ」
「では、今回のクエストの報酬ですが、八十パムになります」
ラルルは自分の席の後ろから銅製の箱をよっこらしょと持ち自分の膝の上に乗せる。ラルルはポケットか鍵を取り出して、銅箱を開けると、中に入っている皮袋をごそごそとやった。ラルルの指が器用に銅貨を摘んではヒロの前に並べていく。あっという間に銅貨十枚の束が八つと銀貨一枚が揃う。
「クエストの報酬です。お受け取り下さい」
「ん? 銀貨が一枚多いようだけど」
ヒロが銀貨に人差し指を押し当て、ラルルの側に滑らせる。報酬が八十パムなら、銅貨だけの筈だ。銀貨は間違って出したのだろう。
「いいえ。クエスト報酬は八十パムですけれど、初めて冒険者に登録された方には一律お祝い金として一シルをお渡しすることになっているんです。お受け取りください」
ラルルが両手を揃えてヒロに向けた。銀貨一枚といえば宿一泊、安宿なら二泊できる料金だ。随分と太っ腹なギルドだ。
「そういうことなら、有り難く受け取っておくよ」
それでもヒロは銀貨をラルルに戻した。
「だけど、お願いがある。この銀貨は銅貨でくれないか」
◇◇◇
ソラリスが待つテーブルに戻ったヒロとリムは席についた。ヒロは、手にした百八十枚の銅貨が入った皮袋をゴトリとテーブルに置くと、中の銅貨を取り出して三等分した。
「リム、ソラリス、ありがとう。御陰で無事にクエストが終わったよ。これで俺も正式に冒険者登録された。この銅貨はクエストの報酬だ。山分けしよう」
ヒロはズズっと銅貨の山をリムとソラリスの目の前に移動させた。ソラリスは、少し驚いたような顔をした。ヒロは知らなかったが、この世界では、クエストの報酬はパーティーのリーダーが半分を取り、残りの半分をメンバーで分け合う慣習となっていた。ヒロのように均等に当分するなんて聞いたことがない。
「ヒロ様。クエストはヒロ様がお受けになったものです。リムは手伝っただけです。お気持ちだけで十分です」
そう言ってリムは、自分の銅貨の山をヒロに戻した。
「ヒロ、今夜はこれで飲もうや。お前の初クエスト祝いだ。足りない分はあたいが奢ってやるよ」
ソラリスが立ち上がって白い歯を見せた。その顔はこの上なく嬉しそうだった。
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