ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
6-044.ファイナルアンサー
 
「断る。リムと別れることはできない」
ヒロはゆっくりと息を吸ってから、モルディアスにはっきりと返事をした。その声は良く通り、彼の答えは、一分の誤解も与えない明確なものだった。心なしかヒロの表情が綻んだようにも見えた。
 
「何故じゃ。お主程の魔力があれば大陸一、いやこの世界を制することも出来ように。みすみすその才能を埋もれさせ、平々凡々に生きてゆくのかの。それがお主の望みか」
「リムは俺の恩人だ。知り合って日も経っていないが、リムが居なければ、俺は此処まで来れなかった。その恩人を捨てないと手に入らない魔法ならそんなものは要らない。元々、俺の国には魔法なんてない。ないのが当たり前だったんだ。魔法が使えないなら使えないで、それで生きていく方法を考えればいいだけだ」
そこまで言って、ヒロはリムに視線を向けた。
「リムが俺の魔法発動に制約を掛けていたかどうかなんて知らない。もしかしたら、本当に制約を掛けていたのかもしれない。だが俺にはどうでもいい。きっと、リムにはリムの考えがあってそうしているんだ。たとえ、それを俺に隠していたのだとしても、話せない事情があるだけなのだと思う。それなら話せる時がくるまで待てばいい。俺はリムを信じる・・・・・・」
――人を信じなくなるのだけは駄目だ。最後の一線は踏み外すな。
ヒロの脳裏に社長の姿が浮かんでいた。そうだ。ここが最後の一線だ。ヒロは社長の言葉を心の中で反芻した。
「だけど……」
ヒロはリムの頭に手をやりそっと撫でた。
「リムが、まだ俺の傍に居てくれるのかどうか、そっちの方が問題だ……リム。一緒に居てくれるか」
突然、リムはしゃがみ込み、両手で顔を覆うとわっと泣き出した。ソラリスが傍に寄って片膝をつき、そっと肩を抱き寄せる。リムの肩が小刻みに震えていた。堪えていた感情が溢れだしたのだろう。ヒロもソラリスも、そしてモルディアスさえも、リムの気持ちが落ち着くまで、しばらくそのままにしていた。
「ヒロ様が……要らないというまで、リムは傍に……います。そう言ったことをお忘れですか」
少し落ち着いたのか、リムが立ち上がって、ヒロを見上げてそう言った。リムは泣きはらした真っ赤な目で、精一杯の笑顔を浮かべている。うん、そうだ。もしもリムと別れるときがあるとすれば、それは元の世界に帰るときだ。それまでは一緒だ。ヒロの結論は最初から決まっていた。
「ヒロよ、それがお主の答えじゃな?」
「あぁ、ファイナルアンサーだ」
モルディアスはヒロの言葉を聞くと、ヒロに向けていた杖を手元に引き寄せ、その先端で床をカツンと一度叩いた。天井を向いた側の先端に填め込まれた青い石が放っていた銀の輝きはいつの間にか失せていた。モルディアスは先程と打って変わってにこやかな表情に戻っている。
「うむ。己の欲望に飲まれ、お主を助ける者をも冷たく切り捨てるのであれば、この場で引導を渡す積もりじゃった。よかろう。ヒロ、お主の魔力を使えるようにしてやるかの」
「ちょっと待て。リムが傍にいたら魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「今のままでは、と言った筈じゃがの」
モルディアスの意外な言葉に戸惑うヒロを余所目に、モルディアスは再び部屋の置くに足を運び、杖を壁に立て掛けると、代わりに本棚の隅から小さな木の小箱を取りだして戻ってきた。モルディアスは小箱をテーブルの水晶玉の隣に置くと、ヒロを近くに呼び寄せる。
「これを身につけるがよい」
モルディアスが、石鹸箱くらいの大きさの古ぼけた小箱の蓋を開ける。中から一対の金と銀の指輪が姿を表した。無垢の指輪は大振りで厚みがあり、その表面には何かの呪文が刻まれていた。指輪の入っていた箱の古さに似合わず、その輝きは失われていなかった。
モルディアスは箱の指輪を摘むとヒロの両手の人指し指に金銀のリングを填めてやる。どくんとヒロの心臓が鳴った。
「これは古くから伝わる魔法の指輪での。『輪廻の指輪』といって、体内へのマナの出入りを手助けするものじゃ。これでお主は魔法が使えるようになる」
「どういうことだ? さっぱり分からないんだが」
「騎士でも魔法使いでもそうじゃが、多くの者は外部からの干渉を避けようとすると、攻撃して押し返したり、壁を築いて防いだり、そんなことばかり考えておるの。じゃが最高最強の防御とは攻撃魔法でも防御魔法でもない。内に取り込むことじゃ」
怪訝な顔をしたヒロを無視して、モルディアスは続ける。
「味方に出来るものは味方にすればそれでよい。戦う必要もない。実に安上がりじゃの」
モルディアスは、手にした杖で床を軽く叩いた。澄んだ音が響きわたった。
「つまりじゃ、お主への魔力干渉は防ぐのではなく、お主自身に取り込んでしまえばよいのじゃよ」
モルディアスは、にこりとした。
「生きとし生けるものは、個人差はあれど大気のマナを取り込んでは放出しておる。呼吸するようにじゃ。目には見えぬがの。そうしなければ、体の中のマナはどんどん腐ってゆくでの」
モルディアスによると、人は大気のマナを少しずつ取り込んで、体内のマナと入れ替えをしているのだそうだ。川の水が腐らないのは常に流れているからだが、マナも同じように流れていないと淀み、変質していくのだという。マナの淀みが酷くなると、肉体に変調を来したり、時には人格にまで影響を及ぼすのだとモルディアスは説いた。
「金の指輪は内なるマナを外に出し、銀の指輪は外のマナを内に取り込む。その指輪を一対で身につけておれば、お主に干渉しようする魔力があっても、そのままお主に取り込まれてしまうのじゃよ。無論、魔法として発動したものは駄目じゃがの。お主は膨大なマナをその身に蓄えている。それがお主の周りで循環を始めるのじゃ。通常魔法は発動する前に外からマナを集めねばならぬが、指輪を身につけたお主は、最初からマナを身に纏っておる。あとはそのマナを錬成して使うだけでよいの」
「そんなに便利な物ならなぜ皆使わないんだ?」
ヒロは、モルディアスの話が十分に理解出来なかった。だが、それでも真っ先に頭に浮かんだ質問をモルディアスにぶつけていた。
「ほっ、ほっ、その指輪は力が強過ぎての。そこいらの魔法使いでは手に負えぬ。指輪によるマナの循環に耐えられないのじゃよ。今ではその指輪を填められる者は一人も居らぬ」
モルディアスは、そこで一息入れ、ヒロを見つめた。その目は何かを見通すかのような光を帯びていた。
「しかし、お主の体内マナの総量は桁外れじゃ。それゆえ、その指輪でマナを循環させるくらいで丁度良い。この指輪を填められる者は金輪際現れないと思うておったがの」
モルディアスは歳を感じさせない綺麗な歯を見せて笑った。
「そんな代物俺に呉れてやっていいのか?」
そう確認するヒロに、モルディアスは鷹揚に答えた。
「強大な力を使うには其れを御し得るだけの心の強さがなければならぬ。それは、欲にまみれた心からは生まれぬ。お主は己の欲望に負けて仲間を売る真似をせんかった。だからじゃよ」
モルディアスはヒロを試していたのだ。ヒロが自分の都合を優先して、仲間を簡単に切り捨てる人物なのか、そうでないのかを。もしもヒロがリムを捨てるという決断をしていたら、どうなっていただろうか。ヒロは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「さて、外でお主の魔法を見せて貰おうかの」
モルディアスはヒロに外にでるように言った。ヒロとソラリス、そしてリムの三人が部屋を出ようとしたとき、モルディアスがリムを呼び止めた。
「精霊よ。お主に少し話がある。残っておれ」
リムは不安気な顔を覗かせたが、素直に従った。その小さな足を踏み出すときにヒロと視線があった。リムは直ぐに参りますから、と金色の瞳で答えた。
 
「断る。リムと別れることはできない」
ヒロはゆっくりと息を吸ってから、モルディアスにはっきりと返事をした。その声は良く通り、彼の答えは、一分の誤解も与えない明確なものだった。心なしかヒロの表情が綻んだようにも見えた。
 
「何故じゃ。お主程の魔力があれば大陸一、いやこの世界を制することも出来ように。みすみすその才能を埋もれさせ、平々凡々に生きてゆくのかの。それがお主の望みか」
「リムは俺の恩人だ。知り合って日も経っていないが、リムが居なければ、俺は此処まで来れなかった。その恩人を捨てないと手に入らない魔法ならそんなものは要らない。元々、俺の国には魔法なんてない。ないのが当たり前だったんだ。魔法が使えないなら使えないで、それで生きていく方法を考えればいいだけだ」
そこまで言って、ヒロはリムに視線を向けた。
「リムが俺の魔法発動に制約を掛けていたかどうかなんて知らない。もしかしたら、本当に制約を掛けていたのかもしれない。だが俺にはどうでもいい。きっと、リムにはリムの考えがあってそうしているんだ。たとえ、それを俺に隠していたのだとしても、話せない事情があるだけなのだと思う。それなら話せる時がくるまで待てばいい。俺はリムを信じる・・・・・・」
――人を信じなくなるのだけは駄目だ。最後の一線は踏み外すな。
ヒロの脳裏に社長の姿が浮かんでいた。そうだ。ここが最後の一線だ。ヒロは社長の言葉を心の中で反芻した。
「だけど……」
ヒロはリムの頭に手をやりそっと撫でた。
「リムが、まだ俺の傍に居てくれるのかどうか、そっちの方が問題だ……リム。一緒に居てくれるか」
突然、リムはしゃがみ込み、両手で顔を覆うとわっと泣き出した。ソラリスが傍に寄って片膝をつき、そっと肩を抱き寄せる。リムの肩が小刻みに震えていた。堪えていた感情が溢れだしたのだろう。ヒロもソラリスも、そしてモルディアスさえも、リムの気持ちが落ち着くまで、しばらくそのままにしていた。
「ヒロ様が……要らないというまで、リムは傍に……います。そう言ったことをお忘れですか」
少し落ち着いたのか、リムが立ち上がって、ヒロを見上げてそう言った。リムは泣きはらした真っ赤な目で、精一杯の笑顔を浮かべている。うん、そうだ。もしもリムと別れるときがあるとすれば、それは元の世界に帰るときだ。それまでは一緒だ。ヒロの結論は最初から決まっていた。
「ヒロよ、それがお主の答えじゃな?」
「あぁ、ファイナルアンサーだ」
モルディアスはヒロの言葉を聞くと、ヒロに向けていた杖を手元に引き寄せ、その先端で床をカツンと一度叩いた。天井を向いた側の先端に填め込まれた青い石が放っていた銀の輝きはいつの間にか失せていた。モルディアスは先程と打って変わってにこやかな表情に戻っている。
「うむ。己の欲望に飲まれ、お主を助ける者をも冷たく切り捨てるのであれば、この場で引導を渡す積もりじゃった。よかろう。ヒロ、お主の魔力を使えるようにしてやるかの」
「ちょっと待て。リムが傍にいたら魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「今のままでは、と言った筈じゃがの」
モルディアスの意外な言葉に戸惑うヒロを余所目に、モルディアスは再び部屋の置くに足を運び、杖を壁に立て掛けると、代わりに本棚の隅から小さな木の小箱を取りだして戻ってきた。モルディアスは小箱をテーブルの水晶玉の隣に置くと、ヒロを近くに呼び寄せる。
「これを身につけるがよい」
モルディアスが、石鹸箱くらいの大きさの古ぼけた小箱の蓋を開ける。中から一対の金と銀の指輪が姿を表した。無垢の指輪は大振りで厚みがあり、その表面には何かの呪文が刻まれていた。指輪の入っていた箱の古さに似合わず、その輝きは失われていなかった。
モルディアスは箱の指輪を摘むとヒロの両手の人指し指に金銀のリングを填めてやる。どくんとヒロの心臓が鳴った。
「これは古くから伝わる魔法の指輪での。『輪廻の指輪』といって、体内へのマナの出入りを手助けするものじゃ。これでお主は魔法が使えるようになる」
「どういうことだ? さっぱり分からないんだが」
「騎士でも魔法使いでもそうじゃが、多くの者は外部からの干渉を避けようとすると、攻撃して押し返したり、壁を築いて防いだり、そんなことばかり考えておるの。じゃが最高最強の防御とは攻撃魔法でも防御魔法でもない。内に取り込むことじゃ」
怪訝な顔をしたヒロを無視して、モルディアスは続ける。
「味方に出来るものは味方にすればそれでよい。戦う必要もない。実に安上がりじゃの」
モルディアスは、手にした杖で床を軽く叩いた。澄んだ音が響きわたった。
「つまりじゃ、お主への魔力干渉は防ぐのではなく、お主自身に取り込んでしまえばよいのじゃよ」
モルディアスは、にこりとした。
「生きとし生けるものは、個人差はあれど大気のマナを取り込んでは放出しておる。呼吸するようにじゃ。目には見えぬがの。そうしなければ、体の中のマナはどんどん腐ってゆくでの」
モルディアスによると、人は大気のマナを少しずつ取り込んで、体内のマナと入れ替えをしているのだそうだ。川の水が腐らないのは常に流れているからだが、マナも同じように流れていないと淀み、変質していくのだという。マナの淀みが酷くなると、肉体に変調を来したり、時には人格にまで影響を及ぼすのだとモルディアスは説いた。
「金の指輪は内なるマナを外に出し、銀の指輪は外のマナを内に取り込む。その指輪を一対で身につけておれば、お主に干渉しようする魔力があっても、そのままお主に取り込まれてしまうのじゃよ。無論、魔法として発動したものは駄目じゃがの。お主は膨大なマナをその身に蓄えている。それがお主の周りで循環を始めるのじゃ。通常魔法は発動する前に外からマナを集めねばならぬが、指輪を身につけたお主は、最初からマナを身に纏っておる。あとはそのマナを錬成して使うだけでよいの」
「そんなに便利な物ならなぜ皆使わないんだ?」
ヒロは、モルディアスの話が十分に理解出来なかった。だが、それでも真っ先に頭に浮かんだ質問をモルディアスにぶつけていた。
「ほっ、ほっ、その指輪は力が強過ぎての。そこいらの魔法使いでは手に負えぬ。指輪によるマナの循環に耐えられないのじゃよ。今ではその指輪を填められる者は一人も居らぬ」
モルディアスは、そこで一息入れ、ヒロを見つめた。その目は何かを見通すかのような光を帯びていた。
「しかし、お主の体内マナの総量は桁外れじゃ。それゆえ、その指輪でマナを循環させるくらいで丁度良い。この指輪を填められる者は金輪際現れないと思うておったがの」
モルディアスは歳を感じさせない綺麗な歯を見せて笑った。
「そんな代物俺に呉れてやっていいのか?」
そう確認するヒロに、モルディアスは鷹揚に答えた。
「強大な力を使うには其れを御し得るだけの心の強さがなければならぬ。それは、欲にまみれた心からは生まれぬ。お主は己の欲望に負けて仲間を売る真似をせんかった。だからじゃよ」
モルディアスはヒロを試していたのだ。ヒロが自分の都合を優先して、仲間を簡単に切り捨てる人物なのか、そうでないのかを。もしもヒロがリムを捨てるという決断をしていたら、どうなっていただろうか。ヒロは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「さて、外でお主の魔法を見せて貰おうかの」
モルディアスはヒロに外にでるように言った。ヒロとソラリス、そしてリムの三人が部屋を出ようとしたとき、モルディアスがリムを呼び止めた。
「精霊よ。お主に少し話がある。残っておれ」
リムは不安気な顔を覗かせたが、素直に従った。その小さな足を踏み出すときにヒロと視線があった。リムは直ぐに参りますから、と金色の瞳で答えた。
 
コメント
momonsan
この作品の4/1位まで読んだんだが全然話が始まらないと言うか面白いと言えるところが無さすぎてなんか読む気力が無くなっちゃう(;´∀`)