ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

5-035.マネージャーと名乗った女

 
「冒険者の方でしょうか?」

 ローブの人物は女だった。歳は二十歳くらい。フードで頭を覆っていたが、艶のある深い紺色の髪が目を引いた。額の白いサークレットが前髪を半分程隠している。細目の眉の下に切れ長の目。長い睫の奥の青い瞳が、透明な白い素肌をバックに一際輝いていた。脣には濃い紅が引かれ、妖艶な美しさを醸し出している。薔薇の中に少しグリーンが混ざった香りがする。香水か何かを付けているのだろうか。

「いや、まだ。登録だけはしたいと思っているんだが」

 ヒロの答えに、ローブの女は微かに微笑んだ。

わたしは、アラニスのエルテと申すものです。冒険者の方の中から大学へ入学する素質がある方のサポートをしておりますの。ウオバル魔法騎士大学に入学を希望されるのでしたら、手続きおよび入学後のスケジュール管理その他を承っておりますわ」
「うん?……すると、此処ウオバルの大学に通う学生の代理人マネージャーをするということかい」
「その通りです」
「すまない。俺は遠い異国から此処に来たばかりで、大学の詳しいことはよく分からないんだ。よかったら、もう少し説明してくれないか?」
「はい。では、簡単に御説明させていただきますわ」

 そう言って、エルテは、手にした小さな座布団ごと水晶玉を静かにテーブルの端に置いた。

「ウオバルの大学には騎士になる騎士科と、魔法使いになる魔法科の二つの科が御座います。入学に際して特に入学試験というものは御座いませんが、紹介状と入学願書が必要となりますわ。大学がそれら書類の審査を行い、合否が決まります。紹介状は別に御用意していただかなければなりませんけれど、入学願書の記載には一定の作法と申しますか、コツが御座いまして、知らずに書いても審査は通りませんの。私はその願書の代筆と手続き代行を承っておりますわ」
「うん」

 ヒロは頷いて、次の言葉を待った。

「大学に合格して入学される方は、卒業を目指して、学業に励むのですけれど、ウオバル魔法騎士大学の学生様の中には、学費を捻出する為に冒険者のクエストを受ける方もいらっしゃいますわ。けれど、クエストの内容は、モンスター討伐といった危険なものもあれば、遠隔地へ赴くなど日数を必要とするものなど、様々で御座いまして、学業との両立が難しくなる場合が御座います。そこで私はクエストの難易度や必要日数を考慮し、学業の妨げにならぬ様、受けるクエストを精査選別して御提案し、担当させていただいた学生様のスケジュール管理をする仕事もさせて戴いておりますの」
「なるほどね」

 確かに言われてみれば、学費の問題は切実な問題だ。大学にいく若者の多くが貴族の子弟だとしても、貴族の全てが財政的に潤っている訳でもあるまい。中には独力で学費を工面しなければならない生徒もいるのだろう。彼らの学費と学業の両立をサポートするための代理人という仕組みは中々合理的なものの様にヒロには思えた。

「失礼ですが、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「俺はヒロ。こっちの小さい子はリム。精霊見習いだ」

 ヒロはエルテに自己紹介とリムを紹介する。リムは身を小さくしていた。

「ところでヒロ様。大学に入学される御予定は御座いますか?」

 エルテはリムに優しく微笑みかけたから、ヒロに問いかけた。

「生憎その予定は無いんだ。実は読み書きも満足にできなくてね。大学でそこから教えてくれるのなら、考えなくもないんだが、今の説明を聞くと、そうでもないようだしね。いずれまた機会が来たら頼むよ」
「そうですか。それは残念ですね」

 エルテは机に置いた自分の水晶玉に手をやり、はっと気づいたかようにヒロに顔を向ける。

「ヒロ様、よろしければ、御自身の魔力測定をなさいませんか。こちらの水晶玉に触れることで、秘められた力が分かりますから」

 エルテは水晶玉をそっとヒロの前に置いた。水晶玉は大き目のソフトボール位のサイズで無色透明ではなく、透き通ったアクアマリン色だ。これで魔力を測定するのか。だが、ヒロは躊躇った。リムが良い顔をしないだろうと思ったからだ。リムはヒロに魔法使いにはなって欲しくないと言ったのだ。

 ヒロの心に迷いが生まれた。自分に魔法なんて使える訳がないと気持ちと、もしかしたらという願望が交錯した。もしも秘められた魔力なるものあるのなら、訓練次第で魔法が使えるようになるのかもしれない。だが、それはリムを失望させてしまうことでもあるのだ。

 一方、魔力など何もないという結果がでれば、リムを安心させることができる。

 ――どうするべきか。

 ヒロは、どちらの可能性が高いかを考えた結果、魔力測定を選択した。 

「いいのか?」
「どうぞ。乗せるだけで結構ですわ」

 エルテが手の平を上に向けて、勧めるように小首を少し傾けた。隣でリムが水晶玉をじっと見つめている。目の前の老人も、興味を覚えたのか、リムと同じく水晶玉に目線を置いている。ヒロは、水晶玉に右手を伸ばした。

 ――ぽぅ。

 ヒロの手の下でアクアマリンの水晶玉は一瞬紅くなったかと思うと黒ずみ、やがて元の透き通った青緑に戻る。それは時間にして僅か一秒にも満たない時間だったが、エルテの眉がぴくりと動いた。

「どうなんだ?」

 こんな事で何か分かるのか。ヒロは戸惑いながらも、エルテに訊ねた。

「……潜在的な魔力をお持ちのようですけど、まだ十分に発現していないようですね。でも磨けばきっと表に出てくると思いますわ」

 エルテは申し訳なさそうな表情でヒロに伝えた。傷つけないように気を使っているのがヒロにも分かった。今は未熟だが磨けば光る、典型的なセールストークだ。やはりあの時の魔法はただの偶然なのだ、ヒロはそう思った。

「そうか、ありがとう。次はもっと光らせられたらいいね」
「期待しておりますわ。入学を御希望でしたら、またお声を掛けてくださいませ。三日に一度はこちらに参りますので」

 エルテは、アクアマリンの水晶玉を手に、ヒロとリムに軽く会釈すると、静かにテーブルを離れた。
 
「リム。見ての通りだ。俺は魔法使いなんかじゃないよ」

 リムはほっとしたような顔を見せていた。
 

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