宇宙大殺人事件
晩餐会
いつからだろうか?
人前に心にもない言葉を、いかにも感情を豊かに表現する演技力を身につけたのは?
スピーチ。スピーチ。そしてスピーチだ。
一体、僕は一日で何度のスピーチを話せばいいんだろう?
どうせ、内容は過去に使った言葉の焼き増しだ。
それに何の意味があるのだろうか? わからない。
……強いて言うなら緊張感か?
感情を緩めるために、事前に過度の緊張が必要なのか?
なるほど、それはそれで筋が通っているのかもしれない。
さて、それでは……皆さん乾杯!
スピーチを終えた僕は、手にしたグラスから、中身の液体を飲み干した。
水割りのアルコール抜き(別名 水)だ。
一息つき、周囲を見渡す。僕のスピーチを聞いた乗客たちは、皆が皆、同じように引き攣ったような表情を見せている。やはり、過度の緊張感が生む物は緊張感でしかないのだろう。
――――閑話休題――――
晩餐会は乗客と船員の全員が揃っている。
僕は、乗客の1人1人に挨拶をして回り、今はテーブルで休憩をしている。
テーブルに並ぶ軽食に手を伸ばした。
「……うむ、うまいな」
僕は顔を上げてジェファソンを探す。
すぐに見つかった。彼女は乗客に料理の説明をしているようだ。
彼女がこちらを見た。僕は親指を立てて、彼女の料理を賞賛してみた。
彼女の反応は、不思議そうな表情で小首をかしげるだけだ。
どうやら、サムズアップの意味が通じていないようだ。
……ジェネレーションギャップか?
背後から予期せぬ衝撃を受けた。
何が起きた?爆発か?
……違った。背後にはカエサル氏が立っていた。
「やぁやぁキャプテン、ご機嫌はいかがですかな?」
彼は陽気に声をかけてきた。
その顔は、彼の赤毛と同じくらいに赤く染まっている。
と言っても血液ではない。
どうやら、アルコールの摂取で顔が赤くなっているだけだ。
さっきの衝撃も、アルコールによって状況把握能力が低下したカエサル氏が、距離感を見失って僕の背中は叩いたみたいだ。ひょっとしたら乱酒のけがあるのかもしれない。
「……飲み過ぎではないですか?」
僕は冷静さを心がける。彼に僕の冷静さが感染する可能性に賭けたのだ。
「いやいや、どうせ酔っぱらっても、寝て起きれば40年後の世界でしょ?良いものですな」
「良いもの?何がですか?」
「制限なく酒に溺れても、次の日の意識はリセットされるという事はですよ」
「なるほど……確かになるほど……」
別に人体冷凍保存で40年間、眠りについたからと言っても、直前に接種したアルコールがリセットされるものではないが、僕は説明を破棄した。
酔っ払いに理論立てて説明しても、意味がないと判断したのだ。
こういう乗客は一定数いる。普通の人間は人体冷凍保存を経験する事は稀だ。
理屈では安全性がわかっていても、氷漬けにされるという恐怖は本能レベルであり、克服するのは至難だ。まして1回目なら……
だからアルコールで恐怖心を緩和しようとする。
だが、しかし、乗客のほとんどが人体冷凍保存の未体験者である事実を顧みると、責任者であるカエサル氏の失態は、褒められたものではあるまい。
僕は、自分が手にしている水割り(と言う名前の水)を彼に進める事にした。
おそらく、アルコールによって口の中が馬鹿になっているのだろう。彼は「これはうまい酒ですなぁ」と、ただの水を浴びるように飲み始め……やがて眠りについた。
「キャプテン!こっちこっち」
僕を呼ぶ声がした。カエサル氏の身をA12に任せて、声の方向に向かう。
声の主はトーマスだった。
彼は人の懐に飛ぶ込むのがうまい男だ。今も乗客の中心部にいる。
完全に乗客と船員の立場を超えている。……特に女性に対してだ。
たしか……名前は…… そうだ。ウキョウとスミレだ。
トーマスは両手に花状態で食事を勧めていた。
ウキョウの方が、トーマスに対して積極的で、スミレの方は消極的に見える。
一方、他の乗客はと言うと……
デルタと言う40代男は、距離を取って食事をしているが、エイサイと言う青年は不機嫌そうにトーマスを睨んでいる。ウミヒコとヤマヒコという、おそらく双子のコンビは、ジェファソンとの会話を楽しんでいた。
僕は「バランスが悪いな」と呟く。
ただの印象だ。実際に、何かのバランスが崩れているわけではない。
とりあえずトーマスの席につく。わざわざ、僕を呼ぶくらいだ。なにか用事であるのだろう。
「キャプテン、彼女たちはキャプテンのファンらしいですよ」
「ファン?」と僕。一体、何の事だか心当たりはない。
しかし、腕を素早く差し出されて驚いた。それが握手だとわかるのに、僅かな時間が必要だった。
「お会いできて光栄です」
それはウキョウだった。
ハッキリとした口調。僕を見る眼差しは真っ直ぐだ。
背筋も伸びていてスタイルが良い。立ち姿も真っ直ぐだ。
自信に漲っている感じが溢れている。僕とは大違いだ。
僕に向けられた腕を握り返すのを忘れていた。おっかな吃驚と握り返し、握手を成立させた。
僕は「どうも」とだけ、言葉を添えた。
握力も強い。たぶん、僕よりも腕力があるのだろう。
「えっと、ウキョウさん。確か宇宙生物学と遺伝学が専門の?」
僕が言うと、彼女は驚いたみたいだ。
まぁ確かに……どんな職業であれ、運転手が乗客の職業に興味を示す事はないのだろう。
「宇宙生物学と言うと、アレですかね?その……」
僕はハッキリを言葉にできなかった。
それを言うには、少し恥ずかしさがあったのかもしれない。
彼女の職業に対して、失礼に価する事だが……
「宇宙人の有無ですか?」
「そ、そうです」
「それは意外な質問ですね。公式記録では、キャプテンサワムラこそ、UFOとの直接戦闘数において、レコードホルダーとなってますが?」
僕は頷いた。
職業柄、UFOは何度も見た事がある。と言うより、何度も戦闘行為を行っている。
最も、それは未確認飛行物体という意味でのUFOであり、UFOの中身が宇宙人だったのか、イカレた殺人鬼だったのか、確かめた事はない。
それを彼女に伝えると「なるほど、貴方に取って撃ち落としたUFOは、身元がわからない相手でしかないという事なのですね」と返された。
そう言われると名言ぽくなる。今度、使ってみよう。
「今度、もしもUFOとの戦闘になったら、捕まえてくださいね。無論、報酬は相応しい額を用意します」
不意に間合いを詰められ、耳元でささやかれた。少しだけ意味ありげで、熱ぽさと色ぽさを込められて感じがする。たぶん、気のせいだが、少しだけ心音が高まる。
今日は、よく不意打ちされる日だ。
次に、もう1人の女性へ視線を向ける。
彼女は僕の視線を顔を背けて回避しようした。
人見知りなのだろうか?
彼女の名前は……スミレだ。
随分と若い感じがする。しかし、東洋系が非常に若く見られるという事は実体験とし理解している。
まぁ、僕より年上という事はないだろう。少なくとも250歳以下だと思う。
「こんにちは、キャプテンサワムラです」
ウキョウ氏の時とは違い、僕から腕を差し出した。
やはり、ウキョウ氏の時とは違い、自分に余裕が感じられている。
相手に余裕がないと感じられる分、自分に余裕が生まれているのだろう。
「……こんにちは」と彼女は僕の腕を握り返す。少々、ためらいがちだった。
ウキョウ氏の情熱的握手とは違い、その細腕から伝わってきたのは非力さだった。そして、暖かな体温。
(……いい加減、ウキョウ氏と彼女を比較するのはやめよう。失礼だ)
しかし、以降の彼女は、終始無言だった。
時たま、ちらちらと視線を感じるので、微笑み返すと拒絶されてしまう。
どうすればいいのだろうか?解決案が見つからないまま時間が過ぎていく。
なので、この席を離れる事にした。
離れ際、彼女が何か言いかけたが、結局は言葉にならなかったみたいだ。
僕が向かった相手はデリタさんだ。
彼は終始、1人で酒を飲んでいる。
他人に興味がないのかもしれない。
「どうかしましたか?ミスターキャプテンサワムラさん」
意外な事に彼から話しかけてきた。
「ミスター」と「キャプテン」と「~さん」を同時に使われたのは初めてだ。
「いいえ、1人でいるようでしたので……」
少し、失礼かと思った。しかし、彼は気にした様子はない。
「……」と無言で返された。だが、僅かな笑みが浮かんでいた。
どうやら、拒絶はされていないみたいだ。
彼との会話。
一方的に僕が質問して、彼が答えるというスタイルに落ち着いた。
宇宙物理学。無重力空間における物理学。
僕のトンチンカンな質問に彼は簡潔に答える。
彼のとのやり取りが楽しくなるまで、時間はかからなかった。
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