宇宙大殺人事件

チョーカー

終幕

 A12は、何も反応を見せない。
 そんな彼に「何か言いたい事は?」と僕は言った。

 「私が杭打騎士氏だと証明できますか?何か証拠はありますか?」
 「ないよ」
 「では、今までの会話は、貴方の妄想ではないのでしょうか?」
 「否定はできないよ」
 「では、全ては無駄な会話でしたね」

 そう言って席を立とうとする彼を僕は止める。そして――――

 「いいや、今までの会話は前置きに過ぎないよ」

 僕の言葉にA12は、顔をしかめる。初めて人間らしい表現をみせた気がする。

 「僕から提案……というよりも命令だな。君がA12という前提での命令」
 「それは、どのような命令ですか?」
 「君を隔離しようと思っている」
 「それは、そのくらいの期間でしょうか?」
 「もちろん、地球に帰還するまでの期間だ」

 疑わしく罰する事なかれ。十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ。
 うん、素晴らしい言葉だと思うが、リアルタイムで生命の危機がある場合は例外だと思う。
 リスクの軽減として、疑わしくは罰する事を許してほしい。
 なぜなら……

 「君の正体が杭打騎士氏だとするならば、最終目標は皆殺しだと思う」

 僕は断言した。

 「まぁ、別に犯人が誰であれ、逃げ場のない閉ざされた密室空間で殺人を起こせば、犯人も逃げ場もないわけだ。まさか、生存者と犯人が仲良く平和的に地球に帰還する可能性もあると思うが、僕はそこまで殺人者に期待はしない」

 「その妄想は、どのくらい続きますか?」

 「もう、終わるよ。さて、そんな僕の妄想ではあるが、地球に帰還するまでの40年間、冷凍装置で寝ててもらえないか?……おっと、これはお願いではない。君がA12だと言うならば、従わなければならない理不尽な命令の1つだ。もちろん、拒否権はない」
 
 A12は無言だった。僕は、言葉を付け加える。

 「もちろん、犯人が君以外の可能性がある以上は君の代わりの人員が必要だが……幸いにも10人もの人がいる。それぞれ、ローテーションを組めば体感は4年で地球に帰還さ。旅は急がず、まったりってな」

 「うむ、失敗だったか」

 一瞬、誰の声かわからなかった。それがA12の声だと理解するのに、僅かながらにも時間が必要だった。
 いや、声だけではない。 なんと言えばいいのか……雰囲気?
 A12が纏っている雰囲気が変化した。 それは老獪な人物のソレだ。

 「いかにも、ワシは杭打騎士だよ」



 自供。
 うまくいく要素なんて皆無だと思われた僕のハッタリは十全の効果と結果を示してくれた。
 僕の目の前にいる人物は杭打騎士……40年という時間と10年分の成長を利用した入れ替わりトリック。
 おそらくは最初から、それが目的で作られ、生まれたのが……

 「彼はどうしました?」

 「彼?」とナイト氏は眉を顰める。本当に誰の事かわかっていないみたいだ。

 「A12の事ですよ。あなたが彼と入れ替わった……という事は」
 「とっくの昔に外だよ」

 ナイト氏は宇宙船の壁を指さす。いや、彼が指しているのは、外に広がる宇宙空間か。
 本物のA12は、殺され……あるいは生きたまま、その身を宇宙へ……
 湧き上がる感情がある。その感情の名前は、わからない。今はまだ……

 そんな僕の感情を知ってか、あるいは知らずにか、彼は笑っていた。
 ナイト氏は笑っていた。

 「何か、おかしな事でも?」
 「いやいや、様々な疑問符が頭を巡っているだろうに、まず最初に気がかりだったのが、あのロボットの事だったのが、面白くてな」
 「ロボット?」
 「ん?ん?ロボットではないのか? 体だけが人間と同じ作りなだけで……

 事実、わしの命令通りに自分から外に出て行きおったぞ」


 ―――ドックン―――

 自分でも驚くほど、高い鼓動が胸を打った。

 「では、貴方の目的を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
 「むろん、この体が目的よ」
 「……体?」
 「知らんないか?建前上、A12が起用された事件。地球を出発する2年前の事件を」

 僕は記憶を遡らせていく。
 あった。確かにあった。
 100年ぶりの宇宙事故。原因不明で乗客乗員が全員行方不明になったアレ。

 「おっ、その顔は思い至ったか。そうだ。アレをやろっとしたのだ」
 「アレ?……とは?」
 「アレか。あの事件の犯人は、ワシの友人でな。目的はシンプルで若返ろうとしたのじゃよ」 

 「若返り?」と僕は言葉を繰り返した。
 確かに、ナイト氏の肉体は初対面の時に見た、寝たきりの老人のものとは別物だ。
 疑似的な肉体だと思っていたが……それにしては異常性を感じるほどに体の動きがスムーズだ。

 「愚かな事だが、技術が発達した今でも、法律的にクローンが禁止されている。
 クローンによって新しい肉体に、クリーニングした脳を馴染ませる技術は確立され、安全性も100%を確証されているにも関わらずにだ。
 ……そこでワシの友人は、こう考えた。地球の法律が無効な場所でやれば問題ないとな」

 「……」

 僕は、言葉の意味がわからなかった。
 それは……それでは……
 人を殺してでも、法令遵守を優先させた。
 そう言っているようにしか聞こえなかったからだ。

 「くっくっく、若い者にはわかるまい。道徳心って言うのは誰か外部的存在に認識されるものではない。重要なのは自意識なのだよ。 つまり、ワシが道徳的だと思った事が道徳的なのだ」

 「だからですか?だから最初の被害者がウキョウ氏だったのですか?」

 ナイト氏はキョトンとした表情だった。もしかしたら、自分が殺した人物の名前を初めて知ったのかもしれない。
 僕は彼女から受け取った名刺の肩書きを思い出す。

 『ウキョウ 専門 宇宙生物学兼遺伝学』

 ナイト氏、個人が自らクローンを作る技術を持っているとは思えない。
 この研究者だけで構成された乗客の中でクローン技術に精通している人間こそ、ウキョウ氏だけだった。
 最初に殺された彼女こそ、ナイト氏の共犯者……ナイト氏を若返らせた張本人。
 彼女は、どこまでしっていたのだろう? 自分が殺される事まで?  

 「……」 「……」

 互いに言葉は尽きて無言。
 気が付けば、互いに腰を落として半身の構え。
 奇しくも同じ構え。手には黒く光る鉄の塊が握られている。
 そして――――

 1つの銃声を持って対話を終わらせた。

 

 部屋の外にはトーマスが待っていた。

 「終わったよ」と僕は出てきた部屋のほうに向けて指を指す。
 「終わりましたか。どうしますか?」とトーマス。

 「彼は、A12だ。それ以外の何者でもなかった。そして、艦内で殺人を行ったので処分した」
 「わかりました。遺体は?」
 「分解してバイオ燃料にしよう」
 「了解しました。すぐに……」
 「いや、その前に乗客にアナウンスが必要だな。当船は目的通りに到着します。暫し、お待ちください……とね」
 「……わかりました。すぐに準備します」

 トーマスは操縦室に戻っていった。
 僕は、彼が立ち去って行くのを見届けた後、その場に座り込んだ。
 「疲れた……帰りたい」と呟く。
 しかし、残念ながら……まだ旅は始まったばかりだった。
  

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