殺しの美学

山本正純

それぞれの調査

午前十一時。黒色のスーツに身を包んだ愛澤春樹は、赤色の屋根の一軒家の玄関前に立った。そんな彼が呼び鈴に手を伸ばし、鳴らす。すると、長髪の髪型に高級そうなブランド品を身に着けた若い女が姿を見せる。
「萩原聡子さんですね? 私はこの辺りで聖書の営業に回っています、井沢と申します」
偽名を名乗り被害者女性に近づく愛澤を萩原は不審に思う。
「そういうセールスはちょっと……」
警戒心を強めた萩原聡子は、玄関先のドアを閉めようとする。そんな彼女の右手首に金色の腕時計が填められていることに気が付いたセールスマンは、彼女に尋ねる。
「ところで、その時計はどうしましたか? 二十三歳のあなたには買えないくらいの価値がしますよ」
「あなたには関係ないことでしょう」
「確か今年の六月三十日に発売された、数量限定の限定モデルですね。横浜の穴場時計店でしか取り扱っていません。大切に使ってください」
萩原聡子の自宅からセールスマンが離れていき、彼女はホッとする。それも束の間、再びセールスマンは戻ってくる。
「そうでした。すっかり忘れていました。ご存じですか? 板利輝という男が通り魔事件の容疑者に浮上しました。あなたはホストクラブでよく指名したと聞きましたよ。事件前後でストーカー被害に遭いませんでしたか?」
「いいえ。輝さんとは辞めた時から会っていません。第一彼がストーカーなんてあり得ない。もういいですか? 迷惑です。帰ってください」
女の激しい怒りが爆発しそうになっても、愛澤は質問を止めない。
「なるほど。無差別に女性を狙った通り魔事件ではなくストーカーによる傷害事件であったという私の推理ははずれでしたか」
「それに第二の事件の被害者とは面識がありませんし、明さんとはホストを辞めてから一度も会っていません」
「そうでしたか。それでは、失礼します」


セールスマンは、完全に萩原聡子の視界から消えた。深く深呼吸した萩原聡子は、玄関のドアを施錠して、リビングに向かう。
そこにはソファーに座った容姿の整った茶髪の若い男が、昼間にも関わらず赤ワインを飲んでいた。その男、丸山翔はリビングに戻った聡子に尋ねる。
「誰が来た」
「セールスマン。あなたが送った腕時計のことを気にしていたけど、刑事じゃないわ」
「そうか」
短く答えた丸山翔は、テレビのスイッチを入れる。すると、丁度良いタイミングで連続通り魔事件のニュースが流れた。
『速報です。横浜市で連続して発生している通り魔事件について。第三の事件が発生しました。今回被害に遭ったのは、渋谷花蓮さん。二十四歳。この事件では、萩原聡子さんと安田友美さんも被害に遭っており、警察は若い女性を狙った連続通り魔事件とみて捜査しています』


そのニュースを聞いた丸山翔は、徐々に顔色が悪くなった。


萩原聡子の自宅から離れた電柱で、愛澤春樹はラジエルと呼ばれる女からの電話を受けた。
『丸山翔ですが、自宅には戻っていないようです。噂では、彼は女性と同居しているようですよ』
「そうですか。それでは、第一と第二の通り魔事件の現場を検証してください。僕は第二の被害者、安田友美と接触します」


同じ頃、ジョニーは横浜市内の商店街にある時計店を訪れた。ドアを開けると、レジの前に立つ頭頂部が禿げた男が頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
店主の男は、客に挨拶をした後で自身の口を塞ぐ。目の前に現れた外国人男性に、店主は見覚えがあった。
「横山勉さん。聞きたいことがあるんだが」
「まさかお前が来るとは。何の用だ? レミエル」
緊張感から頬から汗を落とした横山が尋ねると、外国人男性は頬を緩めた。
「この店では凶器も取り扱っていたよな? そのことを警察は知らない。いくら警察が凶器の入手ルートを調べても、分かるはずがねえ」
「何が言いたい」
「この店では、ダークっていうナイフも取り扱っているんだろ? そいつを購入した奴を教えろ。客に関する守秘義務がどうとか言うんなら、この場でお前を殺す」
「相変わらずだな。確かにこの店ではダークっていうナイフも取り扱っている。そのことなら気になる客がいるな。裏で凶器を売っていることを知っているのは、暴力団員とか一部の人間のみ。そいつらは臭いで分かるんだが、二週間前にダークを購入した奴からは、臭いがしなかった」
「どんな奴だ?」
「確か髪の長い女だったよ。その女はどこで知ったのか、裏取引で入手した凶器を購入する時に言うパスワードを言いやがった。初めて利用する客だった」
その時、ジョニーの携帯電話にメールが届く。それを確認した彼は、再び横山に聞く。
「質問だ。今年の六月三十日に発売された、数量限定の限定モデルの腕時計。あの盗聴器が仕掛けられている腕時計を、ある事件の被害者が身に着けていたらしい。あの時計を購入した奴を教えろ」
横山進は脅えながら、時計が並ぶガラスケースの上に購入者名簿を広げてみせた。
「見れば分かるが、丸山翔が二個購入している。だから購入者は九人だけだな」
「珍しく女性も例の腕時計を購入しているようだな」
リストの目を通しながらジョニーが呟くと、横山は思い出したように、両手を叩く。
「そうだった。あの時計を購入した女と二週間前にナイフを買った女は、同じ帽子を被っていたよ。黒色のチューリップハットをかぶっていた。名前は……」
「渋谷花蓮」
「そうだよ。ラジオから聞こえて来た連続通り魔事件のニュースで彼女の名前が聞こえて来たから、驚いた」
「それで、女は何本ナイフを買ったんだ?」
「四本だ」
そもそも時計を購入した女とナイフを購入した女は同一人物なのかという疑問が、ジョニーの頭の上で渦巻く。そうして、聞くことがなくなったジョニーは、店主に頭を下げ、時計店から去った。

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