絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百六十一話 白の少女(前編)

「……ほんと、電気でも点ければ楽なんだがなあ……」

 とぼとぼと呟きながら、崇人は歩いていた。
 無論、こんなことをコルネリアに言えば、男なんだからしっかりしろ的な言葉を言われるのがオチである。だから、彼はそれをコルネリアに言おうなんてことは思わないのであった。思っていても、実行に移さない――と言う言葉の方が正しいかもしれないが。
 そんな時だった。

「――ねえ」

 声が聞こえた。
 その声は、聴いたことのある声だった。
 踵を返し、振り返る。
 そこに居たのは、白いワンピースを着た少女だった。

「君は……何度か会ったことがあるね?」
「ええ。そうね。私も覚えているよ。白い少女、ということで君の記憶に刻み付けられているのかな?」

 白いワンピースをはためかせ、彼女は言った。
 確かに彼はそうやって覚えてきた。現に、白いワンピースを着て居なければきっと彼は思いだすことが出来なかっただろう。だが、それ程に少女との出会いは、数こそ少なかったにせよ鮮烈なものだったということだ。
 少女はくるくると踊りつつ、言った。

「今日は、あなたにヒントを与えに来た」
「またヒントか。たまには正解を与えてくれてもいいのでは?」
「正解?」

 首を傾げる少女。

「――解った。自分でゴールまで辿り着け、ってことだな」
「まあ、そうまで言うのなら。少しだけこの世界について語ってみようかな。この世界、あなたはどう感じた?」

 唐突だった。
 あまりにも唐突過ぎる質問だった。

「……は?」
「ちょっと視点を変えてみましょうか」

 発言したのは少女だった。今まで舌足らずな言葉遣いだったようにも思えたが、その一言は、妖艶な大人が発言したようにも見えた。
 少女は話を続ける。

「手中に最悪な手段があるとしましょうか。世界一の最悪な手段。最悪で最低で、これ異常ないクソッタレな手段ですよ」

 年端もいかない少女がクソッタレという発言をすること自体彼からしてみれば異常なことだったが、ここで口をはさむわけにもいかないので話を進める。

「クソッタレな手段を使わずに、解決しろ……ってことか?」

 崇人の言葉に、少女は微笑む。
 彼がそれを答えることだと、最初から解っていたかのように。

「いいえ、違います。確かにそう思うかもしれませんよ。実際問題、そう選択するのがいいかもしれません。けれど、時には……そう、時と場合によっては、それが選択できない場合だってあるとは言えませんか? 例えば、その手段を使わないと世界が木端微塵になる、とか」

 少女の言い分も理解できた。
 確かにそういう場合では、最悪の手段を用いることも視野に入れないといけないのかもしれない。
 だが、しかし。
 ほんとうに最悪の手段を用いなければならないのだろうか?
 実際にその手段を使わないと得られない結末ならば、最初から存在しないほうがいいのではないか?

「……そう。そこに気付くとは、やはり面白いですね。あなたは。わざわざ呼び寄せた甲斐があったというもの」
「お前は……いや、あなたは……」
「私、ですか。そうですね、今は名前をもっていませんが、元来、私はこう名乗っています」

 くすり、と微笑んで。
 少女は言った。

「――『神』とね」


 ◇◇◇


「神、だって?」
「イエス。この世界を統べる神。それどころか、実際にはこの次元すら超越している存在だけれどね。それこそ、位相違いの空間も私の力を使えば簡単に往来することだってできる。……まあ、今は無理な話ですけれど」
「位相違いの空間……ってことは元の世界に往来することも可能、ってことか!」
「まあ、今は無理ですよ? 帽子屋に力を奪われてしまいましたからね」
「帽子屋……シリーズに?」
「ええ」

 少女はもはや少女の風貌で話してはいなかった。

「シリーズは私がもともと生み出した同位相管理者のことを指します。Superintendent for Engage in integrated Resource for keeping Internal Environment to Same-phasing. とどのつまり、『位相同期のために内部環境を統合されたための統合されたリソースに従事する管理者』……それを略してシリーズ、私はその意味を込めて名付けたのですよ。ああ、解説が必要ですか?」

 こくり、と彼は頷く。
 まるで待っていました――そう言わんばかりに、少女もまた頷いた。

「位相同期、これは解りますね。この世界にはいくつもの位相空間が存在しています。そしてその位相を同期して、世界がぶつからないようにしているためです。インターバルを儲ける、と言えばいいでしょうか。世界同士が衝突してしまうと、世界と世界の間にある壁が崩落してしまい、空間の融和が起こります。基本的に世界の濃度は一定にされていると思いますが……、時折そうでない世界も出現します。当然ですね、工場で作るようにテンプレートがあるわけではありませんから。作り方こそあっても、完成までの工程に何かあればそれは唯一無二のものと言えるでしょう?」
「空間の飽和によって、世界が消滅することは有り得ない……ということか?」
「そういうことになりますね。まあ、当然ですけれど。私が作った世界ですよ? そんな簡単に滅んでたまるものですか。……まあ、もともとシリーズが居ない空間ですと、管理が行き届いていなくて……というパターンもありますけれどね? 実際にありましたし」
「それ、軽く言っているけどやばいパターンだよね?」
「まあ、そうなりますね。現にあの時は世界が半壊しました。ちょうどあの世界の管理者がうまく発電所の大爆発ということで隠蔽しましたが……。あのあとの世界は、結局再興できたようなので何よりですが」
「管理者が居ない世界もある、と」
「正確にはシリーズが居ない世界と言えばいいでしょうか。でも、別空間に関与できる存在は居ました。便宜上、彼女をシリーズとすればいいでしょうか。ですが、完全に形は人間のそれですし、彼女もあまりそう思ってはいないようですから、私としてもあまりそう口にしたくないのですけれどね」

 少女の言葉は理解できないことだらけだった。
 だが、彼としてはそれを何とか理解しようと思っていた。そこから何か――ヒントとなる情報が手に入らないかと思ったためである。
 少女は告げた。

「ああ、一応言っておきますけれど、私はあなたに解ってもらおうとして話していませんからね? 実際問題、解ってもらえるとは思っていませんし。まあ、理解しようと努力するのは大事ですがね」
「……さっきから君は人の気持ちを逆撫でするのが得意なようだね? ……まあ、いいや。ツッコミを入れる気にもならないよ」
「話を続けましょう。では、シリーズの管理するリソースとは何か? リソースは資源ということですね。正確に言えば、先ずは領土。地面、水、空、この三つですね。そして生物。動物に人間、植物もそれに該当します。それらを管理し、処分や増加させるときはその責任をもって行う……それがリソースについてです」
「それじゃシリーズはこれのことについて……凡て責任を持っている、ということなのか? だとすれば少々おかしな話になると思うが……」
「そこが、私の力が失われていることと関連付けられていくわけです」

 少女は人差し指を立てて、自慢気に言った。
 しかしながら先程の話からすれば、それは彼女の力が失われたことと関連があるようなので、とても自慢気に話す内容では無いと崇人は推測する。

「シリーズは、私から力を奪いました。力、と言っても様々な種類があると思いますが……簡単に言えば凡てです。そして、私の力を行使してあることを行いました」
「……それは?」
「バトルロイヤル」

 一言で片づけられたが、その単語だけを聞けば物騒なことだ――崇人はそう思った。
 少女の話は続く。

「要するに、この同位相空間……数は私にもすぐには数えられないのですが、その数の世界が、自分たちの世界をかけて戦う……。シリーズはそれを計画して、私の名前で開戦を発表したのですよ」

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