絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百六十話 三つ目の選択肢

 崇人とヴィエンス、それにコルネリアはがらんどうになってしまった管制室で円陣を組み話していた。
 普段は十数人が居るこの場所であるが、今日に限っては三人しかいない。それに計器を操縦する人間も居ないことから、管制室はとても静かだった。この場所を取り纏める立場にあった彼女でさえも、その静けさに違和感を抱いた程である。

「……さて、それでは話を再開するとしようか。先ずはタカト……お前からだ」

 コルネリアに問われ、頷く。
 あの現場で何かあったのか――それを知らないのは彼女だけだ。だから彼女は、こうして崇人に問い詰めている。

「おい、流石にいきなりそれは無いだろう? 幾らお前がここのリーダーとはいえ、その言い方は……」
「別に私は、リーダーだから強い言い方をしているのではない。知っているだろう? ヴィエンスは、あの場所で何があったのかを。だが、私は知らない。共有されていないのだよ。そうして何事もなく、私が関わることなく進んでいくのは心底嫌いなのだよ」
「そりゃあこっちが直ぐに話せばいいだけの話だろ? だからこうやって話の場を設けているんじゃないか。他に何か問題でもあるというのなら、聞かせてくれよ」

 コルネリアはすう、と息を吸った。

「ならば、話してやろう。私がどうしてここまで執着するか。それは無論……ここに居た人々のことだよ。私は長い経験から全員の顔と名前を把握している。その人間が今! 誰一人として姿を見せない! これは由々しき事態であり、あってはならないことなのよ」

 コルネリアの言うことも尤もだった。確かにコルネリアはずっとレーヴのリーダーとして活動してきた。最低でも五年間活動していれば、とっくに名前と顔を覚えることは出来る。というより、寧ろ簡単過ぎる。そんなことは簡単に実現出来てしまう。

「確かに……誰一人として見当たらないな。それは確かに大きな問題だ。それも追々やっていかねばならない」
「追々? 最重要事項でしょう! 少なくとも我々以外の人間が確認出来ていない現状、この現象が他では発生していない可能性も考えられる。もしそうなった時にリリーファー三機だけでは正直心許ない」

 コルネリアの言い分は真っ当なものであった。確かにこの現象がレーヴアジト以外に発生していないとは言いにくいが、その逆も然りだった。実際問題、攻め込まれるようなことがあったとき、相手は確実にこちらよりも兵力が多い。それを鑑みると、先に兵力の増強をすべきというコルネリアの言い分を選択すべきだった。

「……解った。ここはコルネリアがリーダーだ。君の意見に従おう」
「あら、意外にあっさりと了承してくれるのね。ヴィエンス?」

 コルネリアに言われ、少し顔を赤くさせるヴィエンス。

「い、いいだろ。何だよ、いつも難癖つける人間だと思っていたのかよ?」
「いいや、別に。ただ、普段は自分の意見を是が非でも押し通していくスタイルのような気がしたから。やっぱり人って大人になるのね……」
「何だよ、それ! 流石にそれは聞き逃せないぞ!」

 ヴィエンスとコルネリアの言い争いから逃げるように立ち上がる崇人。少し水分補給をしたかったためだ。

「少し水分補給をしてくるが――」

 何か要るか? と要望を二人に訊こうとしたが、二人はそんな言葉に聞く耳を持っていなかったので、そのまま水分補給に出かけることとした。


 ◇◇◇


 誰も居ないため通路には電気が通じておらず、少し薄暗かった。電気を通せばいいのだが、燃料も限られており、使わないところは使わないでおいた方がいいとの判断で、必要最低限の場所しか点灯しないようになっている。

「とはいえ、暗いよなぁ……」

 懐中電灯なんて便利なものも到底あるわけが無いので、手探りで進むしか無い。コルネリアの優しさ(?)で丁字路と十字路の部分だけ点灯されているため、完全な闇ではないのだが、それを差し引いても暗いものは暗い。
 とはいってもこれ以上何か文句を言うものなら、何かされかねない(場合によっては全面消灯も考えられ、ヴィエンスの怒りを買う可能性もある。出来ることなら、いや、絶対にしたくない)ので、言葉を噤むしか無い。何時の時代でも女性は強いものである。

「……まあ、そんなことを考えている暇なんて無いんだがな……」

 崇人は一人溜息を吐いた。
 ついこの前、彼は帽子屋に提示された二つの選択肢を無視した『三つ目の選択肢』を選択した。それは彼が三十五年間過ごした世界もこの世界も救う、誰が見てもハッピーエンドな選択肢だった。
 だが、その選択肢は同時に彼にとって厳しいものであることも充分理解していた。

「一番の問題は『どちらを先に救うか』だよなぁ……」

 そう。
 実際問題、この問題を解決する策は具体的に言えばシンプルだ。元の世界か、この世界か。だが、それ以上にその問題に立ちはだかる壁があった。
 異世界を往来する手段。
 それが彼の中でネックとなっていたポイントだ。

「地下にあったあの扉……きっとあれはそう何回も使えない。それに、恐らくこれは推測だが……『シリーズ』の力が無いと往来出来ないのではないか? ……でも、そうすると手詰まりだよなぁ。流石にこの世界を救ったあとのボーナスとかで元の世界に……なんてことは無理そうだし」

 在り来たりな考えを期待しても、結論は得られない。
 崇人の呟きは食料庫前まで続き、彼が食料庫の看板を見つけたところでストップした。

「……ずっと呟いていたら、さらに喉が渇いてしまったな。なんというか、暑い」

 そして彼は食料庫に入り、奥に設置されている大きな冷蔵庫の扉を開ける。するとため込まれていた冷気が外に排出される。それが彼の肌を通り抜け、とても気持ちいい。
 彼はお目当ての冷えた麦茶が入っているガラス瓶を手に取り、それをコップに注ぐ。
 そしてそれを一気に喉に流し込んだ。直ぐに喉の奥に流れ込む冷たい麦茶。それはまさに砂漠地帯に突如として出現したオアシスと同じものだった。

「ふう……美味かった」

 冷たい麦茶の気持ちよさに思わず嗚咽を漏らす崇人。
 そこで彼はふと何か思い付いたのか、コップを二つ取り出した。

「……きっとああ口論はしているが、喉は渇いているはずだ。水を飲めば、きっと心を落ち着かせることが出来るに違いない。あぁ、そうだ。きっとそうだ!」

 自己完結させて、彼は空のコップに麦茶を注いでいく。
 一分もしないうちに二つのコップには並々に麦茶が注がれた状態となる。そしてそれを見て、彼は満足気に微笑む。

「よし。あとはこれを持っていくだけ……だな」
 呟くと、崇人はトレイにそれを載せ、そのトレイを持って食料庫を後にした。


 ◇◇◇


 食料庫から管制室に戻るまでには、もちろん先程の薄暗い通路を通らねばならない。人の居る気配が完全に無い通路とは、予想以上に恐ろしいものである。だからなるべくなら小走りで抜けてしまいたかったが、今手に持っているそれを思い出し、そこで思い留まった。

「……水筒みたいなものがあれば良かったのだが」

 もちろん、探せばあったかもしれない。だが彼は急いで戻らねばならないという焦りからそうせざるを得なかった。

「時間かかって文句言われてでも水筒にすりゃ良かったかなぁ……。そうすれば、少なくとも酷い文句を言われることも無かっただろうし」

 だが、時すでに遅し。そんなことを企んでももう実行するには時間が掛かりすぎる。それを考えた彼は諦めて、薄暗闇の通路を進むことを選択した。
 斯くして退路を断たれた(自分自身の手で断った、と言ったほうが近いかもしれないが)崇人は、薄暗闇の通路を邁進するしか無いのだった。


「絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く