絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三百五十六話 歪み
「エスティ……」
「やあ、コルネリア。久しぶりだね。あなたとは一度、二人で話をしようと思って。ここのアジトの人にコルネリアの部屋の場所を聞いていたんだよ。そしたらここだって話があってね。少し待っていたというわけよ。それにしてもいい椅子だね? これ、あなたの椅子?」
立ち上がって、椅子を指差すエスティ。
それを聞いて頷くコルネリア。
「あら。そうだったの。……だとしたら悪かったわね、勝手に座ってしまって」
「いや、別に問題ないわよ? ただ、あなたがここに居たことについて、少し驚いてしまっただけ。それだけだから」
そう言ってコルネリアは空席となった、彼女本来の席に腰掛ける。
対してエスティはコルネリアに向かい合うように机に腰掛ける。
その行為について行儀が悪いなどという人間は居ない。そしてコルネリアでさえもそれについて咎めることはしなかった。
「ところで、どうして私の部屋へ?」
「話がある、って言ったじゃない」
「奇遇ね。私も話があるのよ」
エスティとコルネリアは、お互いベクトルが違うものの、何か話すべきことがあるようだった。
「どうぞ、先ずはあなたから」
そう言ってコルネリアは手を差し出す。
エスティは言われるまま、話を始めた。
「あなたはタカトのことを、どう思う?」
唐突だった。
それでいて、彼女にとって滑稽な議題でもあった。エスティがそんなことを話すなど、思いもしなかった――と言えば聞こえがいいかもしれないが、実際には、それ以上に彼女に違和感を抱いていた。
「どう思う、って……普通にいい人だと思うけれど?」
「それだけ? 友人、という感じ?」
「まあ、それが近いかな」
コルネリアは椅子を回転させ、エスティと向き合う。
エスティは微笑を浮かべて、コルネリアを見つめる。
そんな微妙な空気が、室内を包み込んでいた。
「……そう。なら、いいのだけれど。もしあなたもタカトに好意を抱いていたら、どうしようかなあ、って思って」
「どうしようかな、とは?」
「言葉の通りの意味。まあ、別に殺すまではいかないけれど」
そこまで聞いて確信した。
エスティは、変わってしまった。
エスティ・パロングは、彼女の知るエスティ・パロングではなくなってしまったということ。
それは崇人も知っているのだろうか? 妹は? ハリー傭兵団は? レーヴの人間は?
……きっと知っているのは、コルネリアだけなのかもしれない。そう考えた彼女は、冷や汗をかいた。
そして、次にどうすべきかを考えた。
ここで行動を誤れば、殺されるかもしれない――そう思っていた。
「ねえ、私はあなたの気持ちが知りたいの」
エスティはコルネリアの足に、自らの足を絡ませる。
それに彼女は何も逆らうことなど出来ない。逆らってしまえば、エスティに要らぬ不審を抱かせてしまうだけだからだ。
「私の……気持ち?」
エスティが自らの足に彼女の足を絡めていくさまを見つめながら、コルネリアの言葉にうんうんと頷く。
エスティは何が言いたいのか――少なくとも今のコルネリアには解らなかった。そして、解るはずが無かった。
エスティは、言った。
「あなたはタカトのことを、愛しているのかなって思って」
その微笑は、まるで悪魔のようだった。
◇◇◇
「やっぱりおかしいよ。どうして急にうちのボスはあんなことを言い出したのか、さっぱりわからない!」
そう言ったのは、エイミーだった。
その傍らに居るのは、やはりエイムスだった。
エイミーはエイムスのことを嫌っているわけでは無い。良きライバルとしてともに行動しているだけの事だった。もちろん、それはこのような特殊環境における共同生活を実現するためには、必要不可欠の事なのだが。
「まあまあ、そう言わずに。きっとボス……コルネリアさんも何か考えている事があって、今回の『庇護』を実現させたのだろうから、さ」
庇護、というのはハリー傭兵団のことである。ティパモールという一つの国に所属していた騎士団が傭兵団になり、そしてレーヴに救いを求めたというのはレーヴ団員にすぐに知れわたり、少なからず彼らに衝撃を走らせるビッグニュースであった。
「何よ、エイムス。あなた、ボスの肩を持つつもり?」
そう言ってキッ、と睨み付けるエイミー。
エイムスは身体の前で両手を振って否定する。
「違うよ、エイミー。別にそういうことを言っているのではなくて、このような時代だからこそ、敵だとか味方だとか関係なく、手を取り合う必要があるのではないかな? ってこと。別に今回のことを悪いとも思っていないし良いとも思っていないよ。強いて言えば中立派」
「ちゃらんぽらんな人間が言う発言よ。中立派、ってのは。イエスかノーかで決められないの、エイムスは」
「別に決められないわけじゃないけれどねえ……。どうしても、イエスを考えた後とノーを考えた後でその続きを考えてしまって、気付けばどちらも決めたくない、って話になるだけのことだよ。中立派の人は、きっとそういう、僕みたいな考えの人も居ると思うよ?」
「そうやって言い訳すればいいと思って……。きっと、ダメに決まっているわ。何か起きるはずよ。もしかしたら世界を滅ぼす程の脅威が訪れるとか……」
「まさか、そんな」
エイムスはエイミーのそんな考えを一笑に付した。
レーヴのアジトに備え付けてあるアラームが一斉に鳴り響いたのは、その時だった。
レーヴのアジトに備え付けられてあるアラームは、全部で三種類存在する。
一つは来客のアラーム。これは明らかに軍事的装備をしていない来客にのみ反応する。アラームというよりもインターホンに近い。
一つは軍事的装備を要した来客のアラーム。これが鳴ると起動従士は急いでリリーファーに乗りこんで迎撃態勢を取らなくてはならない。一瞬でも遅れて隙が生まれると、相手にそこを付け込まれてしまうからだ。
そして、最後の一つ。
それはめったに鳴動することのないアラームだ。アラームを装備した研究者イーサン・レポルト曰く、
「このアラームは『空間のゆがみ』を感知するアラームさあ! 空間のゆがみ、そして空間にヒビが入るとき、それは世界がヤバイってことさ! 解るだろう? そのような事態を感じ取った時にいち早く鳴動するアラームだよ。ま、こんなこと起きないほうがいいのだけれどねえ!」
……当時はこの説明を誰も理解できなかったし理解したくなかった。
空間にヒビが入る。空間にゆがみが起きる? そんな訳の分からないことをすんなり受け入れるほうがおかしな話だった。だから誰もが話半分に聞くだけだった。
だが、今、それが鳴動している。
実装されて以来、初めてとなる三つめのアラーム――これが鳴動した時、空間にゆがみが生じているというそのアラームが――今、鳴動していた。
「エイムス!」
「解っているよ!」
エイミーとエイムスは走り出していく。
その先に会ったのは、幸か不幸か彼女たちが今から訓練を行おうとしていた場所――訓練場だった。
そしてその先にはリリーファーが格納されている倉庫がある。起動従士はそこでリリーファーに乗り込み、出撃する。
アラームがけたたましく鳴動するなか、彼女たちは廊下を駆けていく。
目的地へと向かうため。そして、世界のゆがみに立ち向かうために。
「やあ、コルネリア。久しぶりだね。あなたとは一度、二人で話をしようと思って。ここのアジトの人にコルネリアの部屋の場所を聞いていたんだよ。そしたらここだって話があってね。少し待っていたというわけよ。それにしてもいい椅子だね? これ、あなたの椅子?」
立ち上がって、椅子を指差すエスティ。
それを聞いて頷くコルネリア。
「あら。そうだったの。……だとしたら悪かったわね、勝手に座ってしまって」
「いや、別に問題ないわよ? ただ、あなたがここに居たことについて、少し驚いてしまっただけ。それだけだから」
そう言ってコルネリアは空席となった、彼女本来の席に腰掛ける。
対してエスティはコルネリアに向かい合うように机に腰掛ける。
その行為について行儀が悪いなどという人間は居ない。そしてコルネリアでさえもそれについて咎めることはしなかった。
「ところで、どうして私の部屋へ?」
「話がある、って言ったじゃない」
「奇遇ね。私も話があるのよ」
エスティとコルネリアは、お互いベクトルが違うものの、何か話すべきことがあるようだった。
「どうぞ、先ずはあなたから」
そう言ってコルネリアは手を差し出す。
エスティは言われるまま、話を始めた。
「あなたはタカトのことを、どう思う?」
唐突だった。
それでいて、彼女にとって滑稽な議題でもあった。エスティがそんなことを話すなど、思いもしなかった――と言えば聞こえがいいかもしれないが、実際には、それ以上に彼女に違和感を抱いていた。
「どう思う、って……普通にいい人だと思うけれど?」
「それだけ? 友人、という感じ?」
「まあ、それが近いかな」
コルネリアは椅子を回転させ、エスティと向き合う。
エスティは微笑を浮かべて、コルネリアを見つめる。
そんな微妙な空気が、室内を包み込んでいた。
「……そう。なら、いいのだけれど。もしあなたもタカトに好意を抱いていたら、どうしようかなあ、って思って」
「どうしようかな、とは?」
「言葉の通りの意味。まあ、別に殺すまではいかないけれど」
そこまで聞いて確信した。
エスティは、変わってしまった。
エスティ・パロングは、彼女の知るエスティ・パロングではなくなってしまったということ。
それは崇人も知っているのだろうか? 妹は? ハリー傭兵団は? レーヴの人間は?
……きっと知っているのは、コルネリアだけなのかもしれない。そう考えた彼女は、冷や汗をかいた。
そして、次にどうすべきかを考えた。
ここで行動を誤れば、殺されるかもしれない――そう思っていた。
「ねえ、私はあなたの気持ちが知りたいの」
エスティはコルネリアの足に、自らの足を絡ませる。
それに彼女は何も逆らうことなど出来ない。逆らってしまえば、エスティに要らぬ不審を抱かせてしまうだけだからだ。
「私の……気持ち?」
エスティが自らの足に彼女の足を絡めていくさまを見つめながら、コルネリアの言葉にうんうんと頷く。
エスティは何が言いたいのか――少なくとも今のコルネリアには解らなかった。そして、解るはずが無かった。
エスティは、言った。
「あなたはタカトのことを、愛しているのかなって思って」
その微笑は、まるで悪魔のようだった。
◇◇◇
「やっぱりおかしいよ。どうして急にうちのボスはあんなことを言い出したのか、さっぱりわからない!」
そう言ったのは、エイミーだった。
その傍らに居るのは、やはりエイムスだった。
エイミーはエイムスのことを嫌っているわけでは無い。良きライバルとしてともに行動しているだけの事だった。もちろん、それはこのような特殊環境における共同生活を実現するためには、必要不可欠の事なのだが。
「まあまあ、そう言わずに。きっとボス……コルネリアさんも何か考えている事があって、今回の『庇護』を実現させたのだろうから、さ」
庇護、というのはハリー傭兵団のことである。ティパモールという一つの国に所属していた騎士団が傭兵団になり、そしてレーヴに救いを求めたというのはレーヴ団員にすぐに知れわたり、少なからず彼らに衝撃を走らせるビッグニュースであった。
「何よ、エイムス。あなた、ボスの肩を持つつもり?」
そう言ってキッ、と睨み付けるエイミー。
エイムスは身体の前で両手を振って否定する。
「違うよ、エイミー。別にそういうことを言っているのではなくて、このような時代だからこそ、敵だとか味方だとか関係なく、手を取り合う必要があるのではないかな? ってこと。別に今回のことを悪いとも思っていないし良いとも思っていないよ。強いて言えば中立派」
「ちゃらんぽらんな人間が言う発言よ。中立派、ってのは。イエスかノーかで決められないの、エイムスは」
「別に決められないわけじゃないけれどねえ……。どうしても、イエスを考えた後とノーを考えた後でその続きを考えてしまって、気付けばどちらも決めたくない、って話になるだけのことだよ。中立派の人は、きっとそういう、僕みたいな考えの人も居ると思うよ?」
「そうやって言い訳すればいいと思って……。きっと、ダメに決まっているわ。何か起きるはずよ。もしかしたら世界を滅ぼす程の脅威が訪れるとか……」
「まさか、そんな」
エイムスはエイミーのそんな考えを一笑に付した。
レーヴのアジトに備え付けてあるアラームが一斉に鳴り響いたのは、その時だった。
レーヴのアジトに備え付けられてあるアラームは、全部で三種類存在する。
一つは来客のアラーム。これは明らかに軍事的装備をしていない来客にのみ反応する。アラームというよりもインターホンに近い。
一つは軍事的装備を要した来客のアラーム。これが鳴ると起動従士は急いでリリーファーに乗りこんで迎撃態勢を取らなくてはならない。一瞬でも遅れて隙が生まれると、相手にそこを付け込まれてしまうからだ。
そして、最後の一つ。
それはめったに鳴動することのないアラームだ。アラームを装備した研究者イーサン・レポルト曰く、
「このアラームは『空間のゆがみ』を感知するアラームさあ! 空間のゆがみ、そして空間にヒビが入るとき、それは世界がヤバイってことさ! 解るだろう? そのような事態を感じ取った時にいち早く鳴動するアラームだよ。ま、こんなこと起きないほうがいいのだけれどねえ!」
……当時はこの説明を誰も理解できなかったし理解したくなかった。
空間にヒビが入る。空間にゆがみが起きる? そんな訳の分からないことをすんなり受け入れるほうがおかしな話だった。だから誰もが話半分に聞くだけだった。
だが、今、それが鳴動している。
実装されて以来、初めてとなる三つめのアラーム――これが鳴動した時、空間にゆがみが生じているというそのアラームが――今、鳴動していた。
「エイムス!」
「解っているよ!」
エイミーとエイムスは走り出していく。
その先に会ったのは、幸か不幸か彼女たちが今から訓練を行おうとしていた場所――訓練場だった。
そしてその先にはリリーファーが格納されている倉庫がある。起動従士はそこでリリーファーに乗り込み、出撃する。
アラームがけたたましく鳴動するなか、彼女たちは廊下を駆けていく。
目的地へと向かうため。そして、世界のゆがみに立ち向かうために。
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