絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百五十五話 考え

「そう、怖かった。怖かったんだよ」

 そう言って、彼は先程エスティとの間に交わされた会話について語った。
 その内容は五分近くしていて、ずっと二人はたちっぱなしだった。崇人は話し手に徹し、コルネリアがそれに相槌を打つ――ただそれだけの役割だった。
 その会話がずっと続いて、漸く一区切りを見せたところで、コルネリアは溜息を吐く。

「まさかそんなことになっていたとはね……。迂闊だったわ。だって彼女、学生時代はそんな雰囲気微塵も見せなかったじゃない。もっというならお淑やかな雰囲気しか無かった。私は行ったことないけれど……エスティの母親が洋裁店をやっていたのだっけ? それで友達にも評判は良かったし。優等生、というのが彼女の第一印象、といっても過言では無かった……のに?」

 コルネリアは未だ崇人の言った言葉を信じられずにいた。当然だろう。彼女の中でエスティは優等生でありお淑やかな雰囲気を持っていたお嬢様のような感じだったのだから。そんな彼女が実はヤンデレの気質があったなんて、信じられようがないだろう。

「確かに、疑う気持ちも解る。仮に僕も経験者ではなくて聞き手だったとしたならば……それを信じようとはしなかったよ。彼女のイメージが崩れるからね。それ以上に、話し手が嘘を吐いているのではないか、と逆にそちらを疑うことだってしかねないだろう。けれど、これは真実なんだ。疑いようのない現実なんだ。経験した僕が言うんだ、間違いない」

 崇人はコルネリアに縋りつくように言った。
 コルネリアは溜息を吐いて、一つの結論を導く。

「一度、様子見させてはもらえないかしら?」

 それは結論と言うよりも問題の先延ばし、の方が近いかもしれない。
 それを聞いて崇人は耳を疑った。
 コルネリアの話は続く。

「あなたの話を信じたくない、というわけではない。寧ろあなたの味方になってあげたい程。けれど、けれどね、私はまず彼女の方にも意見を聞いてみたいの。彼女というのは……言わなくても解るよね? エスティのこと。エスティに話を聞いて、それが真実なのかを確かめたい。二人の言い分を先ずは聞いてみないと、公平な判断がつかないでしょう?」
「それは……そうだが……」

 崇人は俯いて、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
 コルネリアは彼の頭をぽんぽんと撫でた。

「きっと彼女にも彼女なりの事情があるのだと思う。それを解ってあげてくれないかな? もし、それが調べてみて客観的に酷いものであると判断出来たなら、私は全力であなたを守る。それだけは約束するよ」
「ありがとう。コルネリア」

 暫く考えて崇人はその言葉を言い、そして、ゆっくりと歩き出した。
 コルネリアはそれを見送って――彼が通路の角を曲がり見えなくなったタイミングで、踵を返し、ゆっくりと歩き出した。

(エスティが、そんなことをするとは到底思えないのだけれど……)

 彼女の脳内には専ら先程崇人との話にあがったエスティの行動についての疑問が浮かんでいた。
 もしその行動の記録を他人から聞いていればすぐに否定しただろうし、逆に彼女を貶める存在だとして批判することも考えられただろう。
 だがそれを発言したのはタカト・オーノ……同じ騎士団の出身であり、エスティとは同じクラスメートだった。それに、崇人はエスティのことが好きだったことも何となく情報として入っている。エスティが崇人のことをどう思っていたのかは知らないが、崇人の話を聞いた限りだと、彼女も崇人のことが好きなのだろう。

「だとしても、疑問となるのは――」

 マーズの死を喜んだ点について。
 マーズ・リッペンバーはハリー騎士団時代、良きリーダーであった。解らないところを訊ねてもすぐに教えてくれるし、もし解らなかったら一緒に調べてくれる程である。それに戦いの様子は常にチェックしていて、もし悪い点があればそれについてアドバイスをくれる程。年齢はそう離れていないが、彼女のことを、少なくとも団員全員は尊敬していた。
 だからこそ、エスティがそんな思いを抱いていたとはとても考えにくい。
 マーズ・リッペンバーは当時『女神』と呼ばれていた。それは彼女が出動した戦闘は必ず勝利を収めるためである。勝利の女神、と揶揄されていたのを短くまとめてただ女神と称されている。彼女の戦績を説明するならば、先ず語られるべきエピソードだ。
 だから、国民も彼女のことを尊敬する人間が多い。彼女が出れば必ず勝つ。それは即ちヴァリエイブルに敗北の二文字など無い――そういうことを暗に示していたからである。
 コルネリアも小さい頃、マーズがテレビのインタビューに出ていたときの様子をテレビで見ていた。その時インタビューに答えていた彼女を、とてもかっこいいと思ったものだ。そうして彼女は起動従士の道を歩み始める、と言ってもいい。彼女が起動従士になるための指標となった存在であった。
 そう思って、マーズの姿を見て、起動従士を目指した子供は少なくない。そして学校に入り、同じくマーズを尊敬する学友と出会い、ともに力を競い、そして起動従士となる。それが、マーズ・リッペンバーを尊敬する人間の最高のルートであると言われていた。
 エスティも、きっとそうだったに違いない。マーズの話をするときはとても楽しそうにしていたからだ。ヴァリエイブルで名高い起動従士とともに作戦を実行することが出来るということ、それは彼女にとっての憧れであり、マーズ・リッペンバーを尊敬する人間の憧れでもあったからだ。

「マーズの死を喜ぶなんて、そんなこと彼女に出来るのだろうか?」

 彼女はマーズを尊敬していた。
 だから、だからこそ。
 マーズを侮蔑することを嫌っていたはずだ。
 なのに、どうして? コルネリアはそれが理解できなかった。エスティがどうしてマーズが死んで喜んだのか――。彼女の話からすれば、崇人を奪われたくなかったから、とのことらしいが――。

(タカトとマーズの間に子供が生まれたことについて、恨みを抱いていた? タカトのことが好きだから、タカトに近付くすべての女性が嫌いだった、ということ? たとえそれが、憧れであったとしても……)

 コルネリアはそこまで考えたところで目的の場所に到着する。
 そこは彼女の部屋だ。今までハリー傭兵団とは食事を行う広間にて実施していたため自分の部屋に戻るのは実に数時間ぶりとなる。普段ならばここで作戦の指揮や報告を受けること等をするのである。

「きっと、報告が溜まっているのでしょうね……。一応広間に居るとは伝えたけれど、あまり話の流れを止めたくなかったから報告や相談、それに連絡は急ぎの場合を除いて話し合いが終わってからにして、と伝えていたし」

 溜息を吐き、彼女は扉を開けた。
 そこにあったのは大きな机であった。彼女の部屋はトップの部屋だ。だから、色んな作業を実施できるように大きな机を配置している。机の上は整理整頓されており、ペンや消しゴムがケースの中に格納されている。ケースの前にはメモ用紙があり、いつでもメモを取ることが出来るようになっている。
 そして、机の前にある椅子に――誰かが腰掛けていた。しかし、背をこちらに向けているため誰が座っているのかは解らない。

「誰がその席に座っていいと許可したかしら? 冗談は止して」

 そう言って、彼女は机の前に立った。

「おお!」

 驚きの声が上がった。
 その声は彼女も聞いたことがあった。
 椅子はくるりと回転し、座っていた人間はマーズと対面する。
 椅子に座っていたのは、エスティ・パロングだった。

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