絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百四十話 魂のプログラム(前編)

「身寄りも居場所も無かったあんたをここに招いたのはどこのどいつだったかね?」

 コルネリアはレポルトの言葉に答える。

「……確かにあれは感謝している。もし今のラボが無ければ旧時代の解明がここまで進むことは無かっただろうからな。だが、リリーファーについては未だに私は小遣い稼ぎとしか認識しておらんよ。現に、技術を開発しても売る相手が限られているからな」
「成る程。マーズが、新しい世代に突入しているのではないかと言っていたが……レポルト博士が居たのならば話の筋が通る。あなたはかつて、ラトロでも風雲児と呼ばれていたとか」
「よしてくれ。昔の話だ」

 ヴィエンスの話を、否定するレポルト。

「確かにそんな時代もあったよ。だが、今はただの歴史研究者だ。まったく金にならない仕事だから、リリーファーの整備と研究で小銭を稼いでいる、しがない男だよ」

 咳き込むレポルト。

「大丈夫ですか?」

 ヴィエンスは、心配になり声をかける。

「……ああ、済まないね。大丈夫だよ。私も年だからね……。時折、こういう風に咳き込むことが多いのだよ」
「そんなこと言いながら、実際はここの環境についてクレームを言いたいだけなのではなくて? 岩山の中にあるから砂埃が舞うのだ、とでも言えばいいのに。まあ、実際は空気清浄機能をもつ装置が作動しているから、そんなことは有り得ないのだけれどね」
「何を言っているんだ。その装置が付いているのは機械がある場所限定でそれ以外は碌に動かないものじゃないか。機械こそ最高級だが、そのメンテナンスが非常に大変ということも理解していただきたいね」

 コルネリアは溜息を吐いて、頷く。

「解った。検討はしておくから、取り敢えずその解析を進めてくれる? いったい何が入っているのか、あなたも興味があるでしょう?」
「そりゃあそうだ。実際問題、このように綺麗に残っている前時代の……おそらくこれは情報媒体だろうな、それが見つかること自体珍しいというのに、だ。だから、今はうずうずしているよ。このようなものを解析できる機会に立ち会えるとは、ね」

 そう言って、失礼する、と一言付け足し、レポルトは部屋を後にした。

「……そういうことだ。まあ、結果はすぐに解るとも限らないだろう。それが解るまでここにいればいい。明確に敵対する意志が見られない限り、私たちも戦争をするつもりはない」
「そう言ってくれて助かるよ、非常に。俺たちも居場所がない。そしてそれを自覚している。だから世界を変えなくてはならない。この非常に住みにくい世界を、未来に遺すわけにはいかない」
「なら、いったいどうするつもり?」

 コルネリアの言葉に、ヴィエンスは頷く。

「――このアジトの地下に、扉があるはずだろう。僕たちは、それを調査しに来た」


 ◇◇◇


 ティパモール共和国。
 その地下。
 フィアットは通路を歩いていた。
 背後に立っていたのは、彼の秘書であるクライムである。

「……クライム、僕がいったいどこへ向かうか、解るかい?」

 無言のまま俯くクライム。
 フィアットはそのまま何も答えないまま、ただ進んでいく。
 地下通路は壁にパイプが敷き詰められており、明らかに異質な空間だった。
 この様なものが地下にあるとは――幾ら彼の秘書であるクライムですら、知らなかった。

「フィアット様、ここはいったい何なのでしょうか?」

 彼の機嫌を損ねないように、丁寧に言った。
 フィアットは笑みを浮かべ、

「この通路は始まりであり終わりへと繋がる通路だよ。時はついに満ちた。チャプターが僕以外シリーズに駆逐されてしまったのは非常に残念な話だが……これさえ完成してしまえば何の問題も無い。未だここから形勢の逆転は大いに可能だ」

 そう答えた。
 独り言にも似たその言葉に、クライムは俯いただけだった。
 フィアットはそれを否とせず、ただ歩く。
 クライムもそれに着いていく。

「……人間がしてはいけないこと、それは何だと思う?」
「宗教によると思いますが」
「ティパ教も法王庁も変わらない。人間がしてはいけないこと、答えてみろ」
「ええと……、人間を作ってはいけない、ことでしたか?」
「そうだ。正規の方法……男と女がまぐわって出来るという方法、それでしか人を作ってはならない――そう言っている。だが、考えてみろ。どうして人間がそれ以外の方法で人間を作ってはいけないのか? 既に人間の構成成分は解析されている。物質さえ集めれば、容易に人間を作ることさえ可能だ」
「倫理観を崩壊させないためでしょう。現にその方法では一定確率の失敗が含まれています。非常に残念な話ですが……身篭ったあとも、子供は生まれないケースもあるのです。それが、物質を集めて作るともなれば変わってしまう。それこそ、ロボットと同じように」
「ロボット、か。確かにそれも考えられるな。……だが、実際は違う」

 フィアットは立ち止まった。
 そこにあったのは巨大な扉だった。扉には翼の生えた人間が天へ昇っていくモチーフが彫られていた。

「注意しろ、そして、これから見るのは――この世界の『暗部』だ」

 ギイ、という音を立てて。
 思った以上に軽いその扉は、ゆっくりと開け放たれていく。
 そこに広がっていたのは――壁一面に掛けられた人間だった。
 どこか青白い身体の少年少女が壁一面にかけられ、目を瞑っていた。
 その異様な光景に、クライムは目を疑った。
 フィアットはそれを予想していたのか、鼻で笑う。

「だから言っただろう。今から見せるのは、この世界の暗部である、と」
「これは……いったい何なのでしょうか?」
「人間だ」

 ぺちぺち、と壁にかけられた人間の身体を叩くフィアット。

「人間……ですが、しかし、どうして」
「言葉がうまくまとまらないようだな。まあ、仕方あるまい。これは禁忌だ。人間がやってはいけない行為そのものだからな……」

 その部屋の壁には所狭しに人間――いや、人間の器が並べられていた。その数、数百人規模であった。

「……この部屋には、凡てこのような人間が?」
「ああ、未だ量産段階に入ったばかりだからね。プログラムの調整も未だ難しいところが残っているし。一番厄介なのは、メリア・ヴェンダー氏がハリー騎士団の残党とともに去ったことだ。そもそも、彼女はもともとあちら側だったのだから警戒しておけばよかったというのに、むざむざと連れていかれた。失態だよ、これは」
「メリア・ヴェンダー氏が、このプログラムを?」
「正確に言えば、人間の中身……『魂』のプログラムを開発していた」

 魂。
 人間の内部を構成する、唯一かつ無二の代物。
 人間一人ひとりにそれぞれの魂があり、それが移動することやコピー出来ることも無い。
 解析しようにも人間の器から出すのは、現時点の人間の科学力では不可能である。
 だから、魂の解析なんてことは進まなかった。

「脳信号が電気信号と同一のシステムであるということを、人間は理解していながら、私たちはそれをシステム化することを出来なかった。人間の手で、人間の脳をそのまま再現することが出来なかった。……今までは、ね」
「今までは……?」
「開発できたのだよ、魂が」

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