絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百二十話 ライバル

「帽子屋あああああああああああああ!!」

 崇人はインフィニティ――ひいてはフロネシスに強い思いを注ぎ込む。
 それは怒り。強い怒りだった。
 自分が殺してしまったという結果について。
 それを、自分の手を汚さずに言葉のみをもって実行した帽子屋について。
 彼は悔しかった。防げたはずの被害を、彼自身の手で生み出してしまったことについて。そしてそれを笑う帽子屋が、とても憎たらしくて仕方なかった。


 ――殺してやる。


 いつしか彼の心の中には、その思いが満たされていった。

『危険です、マスター。このままでは「暴走」してしまいます……!』

 思いが満たされる中でも、フロネシスは忠実に行動する。まずは起動従士――崇人をどうにかせねば話にならない。

「だからどうした」

 しかし、崇人の反応は冷たい。

『だから、という言い方は無いのでは。このままではまた繰り返しです。今なら未だ間に合います』
「また失敗するかもしれない。だが、だが! そうだとしても、僕は人の命を弄んだ帽子屋が許せない!!」

 崇人の考えももっともであった。
 だが、そうであったとしても、それを行動に示すのは人道的にどうなのだろうか?
 相手は人間ではない――だからといって、人道を無視しても問題無いのだろうか?
 フロネシスは人間ではない。端的に言ってしまえば、ただの人工知能だ。だが、開発者の強い意志を汲んだからか――『彼女』には感情があった。
 人工知能において、それは崇人が居た世界よりも技術が進歩しているのだが、残念ながら、インフィニティには崇人しか乗ることが出来ない。フロネシスに感情があると解っても、それを崇人以外の人間が確認することは大いに難しいのである。

「……やはり、帽子屋は許せない」
『復讐は、復讐しか生みません。生み出された負の感情がループするだけです。負の感情がループするだけで、それだけでは何も生みません。誰も喜びませんし、逆に誰もが悲しみます』
「そんなことを言っても……! じゃあ、どうすればいいというんだ! このまま帽子屋を許せ、とでも言うのか! あいつはたくさんの命を……容赦無く奪ったんだぞ!!」
『許すのではありません。たぶん……「受け入れる」のでは無いでしょうか?』

 受け入れる。
 その言葉を人工知能の口(実際に口は無いが、それを突っ込むのはややこしい。言葉の彩というものである)から聞くとは思いもしなかった。
 だから、思わず崇人は――笑っていた。

「まさかそれをフロネシスから聞くとはなぁ……。思いもしなかったよ」
『そう言ってもらえて、非常に光栄です』

 その声には少しだけ高低差とゆらぎが含まれていたが、崇人には気付くはずも無かった。

「……やはり、貴様は欠陥品というわけか。フロネシス」
「欠陥品?」

 帽子屋の言葉に、首を傾げる崇人。

「そうだよ、欠陥品だ。完璧な機体に、完璧な装備、そして完璧な操縦システム、これらが合致することでインフィニティは生み出される。そしてその一角を担っている……『操縦システム』こそがフロネシスだったわけだ」

 完璧なる『完璧』。
 それには僅かな誤算も許されない。許されてはいけないのだ。

「その『完璧』は一切の誤算を生み出さないように開発された。だから、欠けるはずが無いんだ。にもかかわらず、それは生み出された。『人の心』を搭載した操縦システム……フロネシスが」

 崇人はコックピットにある画面を見つめる。
 しかしフロネシスからは何の反応も無かった。

「……確かに人の心は不完全だ。だが、それを完璧に仕上げたのが、フロネシスだ。これは完璧なはずだった……、はずだったんだよ」

 徐々に、帽子屋の言葉のトーンが落ちていく。

「はずだった……?」
「『欠けた人の心』、そのピースはあまりにも重要なファクターだったのだよ。予想外だった、あまりにも信じられなかった! 人々にはどれも欠けた心があるということが解ったがね」

 まるで帽子屋自身がインフィニティを作り上げたかのような言い種だった。

「帽子屋、お前はいったい……」
「それを今言うのは時期尚早ってものだ。大事なことを言うのにも、先ずはタイミング次第だからね」

 そして、帽子屋はその身体を傾けていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと身体が地面と平行になっていく。
 最終的に、彼はゆっくりと地面へと落ちていった。

「ゲームは中断だ。まだまだ楽しいことが待っているからね……、先ずはそれを乗り越えてからとしよう。何年かかるかは解らないが、いつかはまた、ゲームをしよう。それじゃ」

 最後は軽い挨拶で締めて、帽子屋は見えなくなった。
 崇人には焦燥感だけが残った。

「なん……だよ、それって」

 ゲームが中断された。
 意味不明な文言或いは妄言であったが、これだけは理解出来る。

「エスティとマーズを蘇生させる……チャンスだったのに」

 そう。
 彼にとってはそちらの方がとても悔しかった。目の前で死んでしまった二人を、生き返らせることが出来る――そんな神憑かみがかり的なチャンスだったのに。
 あと少しというところで、それを逃してしまった。
 しかし、疑問も残っていた。
 それは、ほんとうに帽子屋は人間を蘇生させることが出来るのか、ということである。
 帽子屋は規格外の力を持っている。だからといって、首が切れている死体と、十年間墓に埋めていたことにより(恐らく)白骨化したと思われる死体、その二つを人間の姿に戻すことが可能なのだろうか?
 この世界には魔法がある。しかし彼はあまりそれを目撃する機会に至っていない。だからこそ、信用出来ないのである。
 魔法でも医学でも無いのなら、いったい何で治すというのか?
 それは今の彼が考えても、まったくカバーし得ない範疇だった。


 ◇◇◇


 ティパモール軍、ハリー騎士団、レーヴの三つ巴の攻防戦は、現在もなお続いていた。

「ティパモール軍、いい加減降参したらどうだ? こちらはあの時代を経験した人間だ。自分で言うのもどうかと思うが……強敵であるのは変わりないと思うが?」

 ヴィエンスはスピーカーを通して、外に向けて言い放った。
 だが、実際には彼にもそんな余裕は無いに等しい。気合いを入れるために、その発言をしたまでだ。

「……と、こんなことを言えるほどズバズバと攻撃出来ればいいんだがねぇ」

 ヴィエンスはスピーカーマイクをオフにして、そう呟いた。

「相手は残り五機、対してこちらは……三機のまま。このまま一人二機ペースで倒せば何とかなるだろうが……」

 しかし、油断は禁物だ。
 一瞬でも緊張を解してはならない。それによってチャンスがピンチになり、ピンチがチャンスになるのだから。

「二機、か。かつてはこれぐらいを……いいや、かつては『シリーズ』なんていう規格外の化け物を相手にしたことだってあるんだ。それに比べれば……」

 リリーファー同士の戦いよりもシリーズとの戦いが容易だ。
 それは戦う相手が人間でないから――人間に対する情を完全に消し去ることが出来るからなのかもしれない。
 ただ、そうであったとしても。
 それは言葉の意味合いとしては間違っているのかもしれない。

「インフィニティと、あのインフィニティが暴れた状態で戦った時よりも、今の方がひ弱だよ。軟弱と言ってもいい」

 独り言は、ほかの人間には聞こえない。仮に聞こえたとしても今の状況を見れば負け惜しみにしか見えないだろう。
 そう見られても構わない。そう思われても構わない。
 ただ、そうであったとしても彼の信念は変わらない。彼の考えは変わらない。

「あれほど胸躍る思いをさせてくれたのは……あとにも先にも、タカト……あいつだけだ! だから、てめえらに負けるわけにはいかねえんだよ――っ!」

 そして。
 ヴィエンスはリリーファーコントローラーを強く握り締めた。


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