絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百十七話 新次元戦闘(後編)

 彼女にとっての常識が、音を立てて崩れていく。
 ダイモスとハルが、彼女の子供では無い――それだけ、その真実を聞いただけで、彼女は何も出来なかった。
 兵士の話は続く。

「どうした、どうしたのかな? 僕が言ったことがそれほどまでに胸を痛めたのかい? 謝罪はしないよ。するわけがないだろう?」
「ええ……。それくらい解る」

 兵士が謝罪をするはずがない。
 なぜならそこに立っている人間は――。

「正確に言えば人間ではないのだけれどね。『久しぶり』、マーズ・リッペンバー?」
「帽子屋……!」

 シリーズ、帽子屋が立っていた。


 ◇◇◇


 崇人とヴィエンスの攻防は続いていた。
 それだけでは無い。崇人が率いるレーヴ軍とヴィエンスが率いるハリー騎士団とで大きな争いと化してしまった。
 だが、その争いは誰が見ても新式リリーファーを所有している――レーヴの方が優勢だった。

「どういうことだ、これは!」

 フィアットは我慢できなくなったのか、激昂する。

「どうなさいましたか。これも計画のうち、なのでは?」
「そんなはずがあるか! これは……これは違う! こんなことにはならないはずだった! クソッ! 早く、早く、処刑すればいいものを!」

 フィアットは柄にもなく叫んだ。
 見つめながら、クライムはフィアットの肩を小さくたたいた。

「大丈夫です。何の問題もありません。これからではありませんか。まだまだ時間はあります。今はあちらが有利かもしれませんが、このままいけばハリー騎士団もレーヴも力を使い果たすでしょう。そのタイミングを狙うのです」
「タイミングを……成る程。それはそうだな」

 フィアットはすぐに微笑む。それを見て一息吐くクライム。
 かつてこのようなことがあった時、コントロールが出来ず、フィアットが暴走したことがあった。
 そのことを教訓に、現在はすぐにコントロールできるようになった。
 悪い言い方をすれば洗脳そのものだが、間違ってもそれは洗脳では無い。
 マインドコントロールとでも言えばいいだろうか。その類に近いものをクライムは行っている。
 それは悪いことではない。彼にとって正しいことであると、実感している。

「さあ、行いましょう。あなたの信じる道をそのまま進めばいいのです。あと僅かなのでしょう? ならば、猶更頑張るしかありませんよ」

 クライムの言葉に何度も頷くフィアット。
 そして、フィアットは再び場を眺める。


 ◇◇◇


「そう、覚えていてくれたんだね? 十年以上前のことだったのに。それとも、あの『行為』はあれ程までに扇情的であったのかな?」
「五月蠅い、帽子屋。あなたがここに居るということは、この世界をどうにかするつもりなのでしょう。そのために、インフィニティを使う」
「……そこまで知っているのかい。幾らなんでも、早すぎたね。僕としてはもう少し時間がかかるものだと思っていたけれど」
「人間、嘗めるんじゃないわよ」
「別に僕は嘗めてなどいないよ? むしろ称賛したいくらいだ。けれど、今の状況ははっきり言っていい状況とは言えないねえ。考えてもみれば解る話だが、この状況から逃れられるにはどうすればいい? ハリー騎士団とレーヴが死んでいけばいいことだ。だが、それによってあいつらが思っている方向に物語は進んでいく。そいつはいけ好かない」

 帽子屋は早口で捲し立てるようにそう言った。
 だがマーズにはその言葉の半分も理解できなかった。

「あ、あの……つまり、どういうこと? シリーズ以外にも、この世界を引っ掻き回そうとしている存在が居るということ?」
「面倒だが、仕方あるまい。絶望して、死んでくれ」

 そして――マーズの首が切り落とされた。








 その歓声に、崇人は何が起きたのか理解できなかった。
 先ずそれについて理解する必要があった。
 歓声の湧き上がる方向を見て――彼は絶望した。
 はじめに、それはボールに見えた。兵士と思われる男が檀上で、紐のついたボールを持っている。顔と剣には血が付いている。そして、断頭台にはマーズの身体が――。
 ――首から上が無い形で、横たわっていた。

「……マーズ?」

 改めて、兵士が持っているボールを見る。
 よく見るとそれはボールでは無い。紐のように見えていたものは、紐に比べれば細く繊細で、いつ切れてもおかしくないものだった。ボール本体には赤い液体がべったりと付着しており、もともとの『肌色』が見えにくくなっている。そしてボールに付属するのは開いたままになっている目と、鼻、それに口――。
 兵士が持っていたのは、マーズ・リッペンバーの頭部だった。

「諸君、マーズ・リッペンバーは処刑された。彼の『災害』の主犯と呼ばれているタカト・オーノと協力し、国家を転覆させようとした罪について、裁かれたのだ」

 静かに、告げる。

「まああああああああずうううううううううううううう!!!!」

 崇人はスピーカーの電源がオンになっていることも構わず、叫んだ。
 そしてヴィエンスと戦っているのも無視して、走る。
 目的地は、ステージ。

『おい、馬鹿! ……あのままだと、国民を踏み潰しちまうぞ!』

 ヴィエンスの言葉も、今の崇人には届かない。

「国民を踏み潰す? そんなことはどうだっていい! マーズが、マーズが、あああああ!」
「ハハハハ! 見よ、あれがインフィニティだ! 最強のリリーファーと謳われたリリーファーを乗りこなす起動従士だよ!」
「許さない……許さないぞ……!」

 インフィニティが駆動する。
 足元に居る人々を気にせずに。
 吹き飛ばされ、踏み潰され、無残にも死んでいく人々を余所目に。
 崇人はもう、何も考えられなかった。
 マーズが死んでしまった。
 マーズが無残な姿になってしまった。
 それを、見てしまったから。

「お前は……お前だけはっ!!」
「殺す、か?」

 マーズの首を持ったまま、兵士は見上げる。
 インフィニティはもはや暴走寸前だった。いつ十年前のようになってもおかしくないだろう。
 兵士は――帽子屋はそれを狙っていた。
 暴走へと持ち込むことで、彼の考えている計画の完成形へ一歩近づく。
 そのためには、暴走が必要不可欠だった。

「インフィニティに引き寄せられるように、一機のリリーファーがやってくる。それは神への挑戦だよ。この世界を作り上げた神の……階段を上る第一歩とも言えるだろう」

 暴走するインフィニティの攻撃を避けるため、或いはインフィニティの攻撃を受けて死んでしまったため、人々は広場に居なかった。
 ただ一人、帽子屋だけが檀上に立っている。

「世界は大きく変わろうとしている。その選択を、その特異点は君だ。君に委ねられている。世界は、君によって委ねられていると言ってもいい。ただし、この世界は案外シンプルに構成されている。良くも悪くも、君が『生きたい』世界へと変貌を遂げる。その選択をするのは君自身であるし、君自身が責任を負わなくてはならない」

 インフィニティの動きは止まらない。
 帽子屋は微笑む。

「僕を殺してもマーズ・リッペンバーは戻ってこない。それどころか、世界はあっという間に滅んでしまうだろうね。君という存在が世界に齎す影響は途轍もないということだよ」
「でも、お前がマーズを殺したことには何も変わりはない……!」

 首を横に振る帽子屋。

「そうだね、間違っていない。けれど、僕の計画は必ず実行される。君がどのように動いたとしても……最終的には一つの結果へと導かれる。それは紛れも無く、僕の考えた結末だよ」

 帽子屋は笑っていた。
 世界を操作する、その計画を――その一端を、崇人に伝えることが、ここでの彼の使命だった。それを行うことで、今後有利に進むことが出来る。そう考えたのだ。
 だが、それでも彼は諦めない。

「たとえお前たちの敷いたレールに従っていたとしても……脱線してでも、俺は平和な世界を生み出してやる! 誰も死なない世界を、俺は、あいつを、エスティを失った時に誓ったんだ……!」

 それを聞いた帽子屋は小さく鼻で笑った。

「宣誓、ねえ! そんなもの意味など無いのだよ! 僕たちの計画の範疇ではねえ!!」

 帽子屋は高らかに笑い、そして、床にマーズの頭を置いた。

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