絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百八十四話 破滅へのカウントダウンⅡ

 縦横無尽に広がっていると思われていた地下通路だったが、地下通路について詳しく知っているグランドを先頭にしているためか、然程迷うことも無かった。
 グランドが居るからこそ迷うことが無かった……彼女たちの認識はそれで一致していた。
 一致していたからこそ、或いは一致していたが故に疑問を抱くことなど無く、作戦会議を悠長に実施する事が出来るわけだ。

「……とにかく第一にやらなくてはならないこと、それはもう言わなくていいかもしれないけれど、インフィニティ・シュルト……インフィニティの暴走パターンね」

 頷くハリー騎士団の面々。
 しかしリモーナだけが首を傾げたままだった。彼女はインフィニティ・シュルトの存在を知らない。だから知っている体でそんなことを言われても解らないわけだ。

「インフィニティ・シュルトはインフィニティが暴走した姿よ」

 そんなリモーナを見てマーズは凡てを察したらしい。

「インフィニティはタカトが起動従士になっている。即ちタカトが操縦しているということになる。それは確かに間違っていないのだけれど、リリーファーの操縦は感情に振り回されるということがとても多い。……でもそれはあくまでも『通常形態』というだけ。だがインフィニティは暴走により、或いは別の条件でもあるのかもしれないけれど……、形態を変えることが出来る。それが即ち、インフィニティ・シュルトというものなのよ」
「インフィニティ・シュルトは恐ろしい存在なのですね」

 リモーナはただ一言、ぽつりと呟いた。
 そんな彼女を見て、マーズは笑みを浮かべた。

「私はそう思わないわ」

 それを聞いたリモーナは、瞬間、顔を上げた。

「確かに恐ろしい存在なのかもしれない。でも、私はそう思わない。インフィニティ・シュルトはそのような存在ではないと……私は思うのよ」
「災害を形在化したような、そんな存在にも思えます」

 しかし、リモーナの考えは崩れない。
 マーズの話は続く。

「災害を形在化したもの……ね。そう言われればそれまでかもしれない。でも私たちがそれを言ってしまえばそこまでの話なのよ。タカトは確かに精神的に言えば不完全かもしれない。けれど、それで放っておいていいの? だめでしょう? 私たちが、ハリー騎士団がカバーしていかなくちゃいけないのよ」
「確かに……それはそうかもしれないですけれど……」
「そう思っているのなら、剣を取りなさい。戦いなさい。タカトを守るために。そうすれば彼もきっと、気付いてくれるはず。自分のしていることの意味に。きっとあれは本心ではない。操られているからこそ、あれほどの行動をしているだけに過ぎないのよ」

 マーズの言葉は確定事項ではなく、期待を込めた発言にも取れた。そのとおりだろう。マーズ以外のハリー騎士団の面々だってそうだ。タカトが進んで破壊活動に勤しむなど有り得ない。信じたくない。
 だから彼女はそう言った。タカトは操られているのだ。タカトは悪くないのだ……と。
 だが、リモーナは信じられなかった。同じクラスメイトであるタカトのことを信じてあげたい気持ちはあったが、だけれど、信じるにはまだ時間が足りなかった。
 だが彼女もまた、起動従士を目指す少女だった。

「私はいったい……何をすればいいんですか?」

 そう言った。
 リモーナの言葉にマーズは頷くと、

「そうね。先ずは私たちといっしょにリリーファーの格納庫へ向かいましょう。大会に用意しておいたリリーファーもたくさんそろい踏みのはず。私たちは自分のリリーファーで向かうから……リモーナとシルヴィア、それにメルは好きなリリーファーを使いなさい。使い慣れたものが一番なのだけれど……、今はこの際仕方ありません。確か初心者に使いやすいリリーファー『ベスパ』があったはずだからそれを使うこと。黄色い躯体だから、きっと見ればすぐ解るはずよ」
「ベスパ、ですね。解りました」

 リモーナは頷く。それから一歩遅れてシルヴィアとメルも頷いた。彼女たちもまた、道は違えどリリーファーに携わる道を夢見る少女たちだった。
 ハリー騎士団に三人の少女を加えて、彼らは進む。
 目的地であるリリーファー格納庫までは、あと少しだ。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 タカト・オーノはインフィニティの内部から空を眺めていた。紫色の空は普通ならばいつもの空ではないことをすぐに感じることが出来る。
 それは彼の精神状態が普段の状態ならば、の話だが。

「……空が綺麗だ」

 こんな状況であるにもかかわらず、崇人はそう言った。タカト・オーノは、大野崇人はそう言った。
 彼は苦しんでいた。それは、エスティ・パロングが原因だった。
 彼はエスティの死を受け入れたはずだった。だが、あの『催眠』によって彼はエスティの死ともう一度直面することになってしまったのだ。
 やっとのことで乗り越えたエスティの死と、彼はもう一度向き合っている。
 彼の精神状態はもう限界に近かった。

「俺はエスティ・パロングが好きだった」

 あろうことか。
 マーズではなくエスティのために動いていた。
 エスティ・パロングのいない世界など、彼にとって必要なかった。
 エスティ・パロングが居る世界へと、はやく向かいたかった。

「エスティ……すぐに……そっちに向かうよ……。それとも……君のいない世界を完膚なきまでに破壊しつくした方がいいのかなあ?」

 彼は笑っていた。
 空を見て、笑っていた。
 彼の精神状態は限界を超え、狂っていた。狂人と呼ばれるような状態にまで陥っていたのだ。

「エスティ……そうか。僕をずっと見ていてくれたんだね、エスティ……。僕はどうすればいいかなあ。君のいない世界なんて、はっきり言って退屈だよ」

 彼のしてきた行為は、マーズの好意を無下にするものだと言っても過言ではない。
 マーズは崇人のことが好きだったから、身体を彼に委ねた。そして崇人もマーズの好意を無下にすることなくそれに従った。
 なのに。
 にもかかわらず、崇人はまだエスティを愛していた。
 それははじめて好きになった人だからか。それとも催眠によって想起されただけなのかは解らない。
 どちらにせよ、崇人の精神はもう限界を超えていた。




「帽子屋」
「どうしたんだい、バンダースナッチ?」

 広々とした白の部屋にアリスとバンダースナッチ、それに帽子屋が居た。帽子屋はアリスを連れて、どこかへ向かおうとしていた。

「アリスを連れてどこへ向かう気なのでしょうか?」
「この前にも説明したよね。アリスを使うことによって計画は最終段階へと昇華する、って。世界の文明はあるべき段階までグレードダウンする。そうして僕の、僕たちの願いは叶えられるというわけだ」
「願い、ですか。それはいったいなんなのでしょう?」
「……それはお楽しみだよ。願いは言うと叶わないと言うだろう?」

 帽子屋の言葉に呆れたのか、バンダースナッチは溜息を吐いた。

「そうですね。願いごとは言ってしまうと叶いません。それは昔から言われていることです。ですが少々秘密主義しすぎやしませんか?」
「そうかなあ? はっきりと僕は告げたはずだよ。シリーズが観測上暇をしなくていいようになる、ってね。そのためにアリスに協力してもらう。正確には……僕たちが住みやすい世界へと変えてもらうための準備、とでも言えばいいかな」
「準備?」
「もう言っても問題ないだろう。だってこれから計画は変わることなんてないからね。……これからアリスはインフィニティの中に入る。インフィニティには何が居るか、言わずとも解るよね。起動従士タカト・オーノだ。彼とアリスには『融合』してもらう。そして、インフィニティとも深層的に繋がる。それによって、シリーズ最後のパーツが埋まるというわけだ。僕たちシリーズは全部で七種類居るんだよ。知っていたかな?」
「七……種類?」
「そう。ハンプティ・ダンプティ、帽子屋、バンダースナッチ、白ウサギ、チェシャ猫、ハートの女王……そして残った一つが、インフィニティとアリスの融合によって生まれるものだよ」

 帽子屋は笑みを浮かべたまま、一歩踏み出した。

「――その名前は、『ジャバウォック』」

 そして、その名前を告げた。

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