絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百七十五話 癒着
「ええ……そうでしょうね。きっとあなたたちも今のことを聞いて嫌なことを考えてしまったと思う。だが、これは変わらない。事実よ」
マーズの言葉にヴィエンスたちは何も言わなかった。
「起動従士の意味をどう捉えているのか解らないけれど……いい駒としか思っていないんじゃないかしら。本人から話を聞いていないからただの推測になってしまうけれどね」
「推測、ですか」
そうは言ったが、彼女の話は推測だと言い難いくらい的確なものだった。
コルネリアは怖かった。自分の『正義』が間違っていたのかと思った。どうして自分が死なねばならないのかと思った。自分がやっている行動は正しいものではないのかと思った。
どうして、どうして、どうして……。彼女の頭の中をクエスチョンマークが埋め尽くす。
「……まあ、確かに解らない気持ちも解る。私もどうしてこんなことになってしまったのか……今までは建前ばかり並べてきたけれど、いざこうなってみると解らないものね……」
マーズは溜息を吐く。
しかしこうしている場合ではない。彼女の決意はそれほど軽いものなどではないのだ。
「どちらにせよリリーファーを良く思っていない集団もいるし、今回みたいにティパモールと組んで何か為出かそうとしている人間がいるのも事実。だけれど、私たちはそれでも戦わなくてはならない。私たちの背後にヴァリエイブルの住民五千万人がいることを、努努忘れないように」
マーズの言葉を聞いて、ヴィエンスたちは大きく頷いた。
彼らの目にはこれから始まる大きな戦い、そしてその勝利が写りこんでいた――のだろう。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「物語を転換させる?」
ハンプティ・ダンプティはソファに腰掛けて紅茶を啜っている帽子屋に訊ねる。訊ねる、といってもハンプティ・ダンプティが言ったのは帽子屋の言葉の一部を反芻しただけに過ぎない。
「そう。物語を転換させるんだ。文字通り、大幅にぐるっと、百八十度ね」
「そうはいうが……いったいどうやって?」
「簡単だ。インフィニティを使うんだよ。そしてそのためにパイロットを用いる。簡単だろう? 世界を転換させる、ストーリーを転換させる……。そうでないとやっぱり『見ている側』からしても面白くないしね」
「見ている側……つまり我々から見て、ということなのだろうが、それで何が得られる? 作戦の可及的速やかな実行こそが目的では無かったのか?」
帽子屋は残っていた紅茶を飲み干した。
「可及的速やかに。確かにその通りだ。そうでなくてはならない。……だが、必ずしもそれをやろうというわけじゃない。作戦遂行も大事な目的だ。だがハンプティ・ダンプティ、僕たちがやりたいのは未々ある。その第一段階として先にこちらを済ませてしまった方がいいだろう、ってわけだ」
「成る程。それほどまでに時間がかかる可能性があるならば致し方無い。……それで? それによる効果は何だ?」
ハンプティ・ダンプティの言葉を聞いて、帽子屋は薄ら笑いを浮かべる。まるで彼はその言葉を待っていたかのようだった。
帽子屋は腰掛けていたソファから立ち上がり、ハンプティ・ダンプティの肩に軽く触れた。
「……一度世界をある段階まで破壊する。その為にインフィニティとその起動従士に犠牲になってもらうよ」
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃、崇人の目の前には一人の少女が立っていた。
いや、正確には性別が把握出来ない。ゆったりとした茶色のローブを着ていることから身体のラインが一目で解らないというのもあるだろう。
「はじめまして、タカト・オーノ。私はアインと言います。以後、そう呼んでください。……まぁ、別に私の名前を覚えなくても何ら問題はありませんけれど」
「……御託はいい。で、何をしにここに来たんだ? まさかそういう無駄話をするためだけに来たわけじゃないだろ?」
「ええ、その通りです。あなたを私たちの思い通りにするために私はここにいるといってもいいでしょう」
「思い通りにする、だって? 生憎、そんな簡単に動く人間じゃねえぞ」
「ええ、それは理解しています」
アインは身動きの取れない崇人の頭に手を当てる。
それと同時に崇人の脳内が金属音で埋め尽くされた。
アインは呟く。
「思い通りに動いてくれないなら、こちらからそうしてしまえばいいんですよ」
「あ……ああ……」
崇人は恍惚とした表情を浮かべながら、小さく喘ぐだけだった。それしかできなかったというわけではないが、行動が支配されていたと言ってもいい。自分でそれ以外の行動をすることを考えることができなかったのだ。
「……さあ、動きなさい。タカト・オーノ。そしてあなたに命じられた使命を、やり遂げるのです」
そして、崇人の意識は微睡みの中に落ちていった。
「タカト・オーノの洗脳はうまくいったかね?」
ヴァルトが訊ねるとアインは小さく頷いた。それを見てヴァルトは笑みを浮かべる。
洗脳が成功したということは彼の命令に従う傀儡が出来たということになる。タカト・オーノが現時点をもって赤い翼の傀儡と化した。これを世界に発表すれば世界は赤い翼を脅威として認定せざるを得なくなる。それが彼らにとっては必要なことだった。
「力で来るのならばこちらも力でねじ伏せるだけだ……。それが最強のリリーファーならば尚更というわけだよ」
「ええ、存じております」
アインは頭を下げる。
「アイン、と言ったな。ご苦労様だった。しばらくは休憩をしても構わないぞ。洗脳が確認取れ次第、報酬を払おう」
「ありがとうございます」
「なに、ウィンウィンの関係だろう。私は洗脳がかかり傀儡が手に入る。そちらは大量のお金が手に入る。これ以上にウィンウィンの関係を見たことはない」
そう言ってヴァルトは上機嫌に部屋をあとにした。
アインが不敵な笑みをずっと浮かべていたことは、誰にも知り得ないことだった。
コロシアムを走るマーズたち。
先ずはコロシアムの地下へと向かわねばならない。広大な地下施設が広がっているというのにそれが国に秘密となっていたその事実を表向きの交渉事由として行う。それによってどうにかして地下への活路を導くという作戦だ。
しかし、それは思ったより難航していた。
「……地下室への入口は愚か、そういう怪しいものすら見えないぞ……?」
そう最初に言ったのはヴィエンスだった。彼もまた地下室への入口を探していたのだった。
マーズはスポーツドリンクを一口飲み、言った。
「確かにそうね……。倉庫を見せてもらったけどそこですらそういう怪しい場所は見つからなかった……。それとも私たちの知らない通路が存在しているとでもいうのかしら……」
「まさか……。いや、考えるべきかもしれない。ここまでして見つからないとなると、こういった場所にあるかも」
ヴィエンスは壁に手を当てた。
それだけだった。
壁がゆっくりと回転し始めるのだ。
「ヴィエンス、それって!」
マーズにコルネリアはそれを見て慌ててヴィエンスのそばにくっつく。唯一手に入りそうな手がかりだ。ここで逃しては何が起こるかわからない。手遅れになるかもしれない。だから、急いで向かわなくてはならないのだ。
そして彼女たちは通路の裏へと足を踏み入れた。
「まさか壁が回転するとは思いもしなかった……。そこまで古典な仕組みを利用しているとは……」
マーズは呟く。それはほかの団員も一緒だった。地下室の入口が見つからなかったのは甚だ疑問だったがまさか壁を回転させるとは思いもしなかったのである。
通路の裏は思ったより明るかった。電気も通っており、質素な作りになっている以外は普通の通路となっていた。そう、まるで従業員用通路のような雰囲気だった。
マーズの言葉にヴィエンスたちは何も言わなかった。
「起動従士の意味をどう捉えているのか解らないけれど……いい駒としか思っていないんじゃないかしら。本人から話を聞いていないからただの推測になってしまうけれどね」
「推測、ですか」
そうは言ったが、彼女の話は推測だと言い難いくらい的確なものだった。
コルネリアは怖かった。自分の『正義』が間違っていたのかと思った。どうして自分が死なねばならないのかと思った。自分がやっている行動は正しいものではないのかと思った。
どうして、どうして、どうして……。彼女の頭の中をクエスチョンマークが埋め尽くす。
「……まあ、確かに解らない気持ちも解る。私もどうしてこんなことになってしまったのか……今までは建前ばかり並べてきたけれど、いざこうなってみると解らないものね……」
マーズは溜息を吐く。
しかしこうしている場合ではない。彼女の決意はそれほど軽いものなどではないのだ。
「どちらにせよリリーファーを良く思っていない集団もいるし、今回みたいにティパモールと組んで何か為出かそうとしている人間がいるのも事実。だけれど、私たちはそれでも戦わなくてはならない。私たちの背後にヴァリエイブルの住民五千万人がいることを、努努忘れないように」
マーズの言葉を聞いて、ヴィエンスたちは大きく頷いた。
彼らの目にはこれから始まる大きな戦い、そしてその勝利が写りこんでいた――のだろう。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「物語を転換させる?」
ハンプティ・ダンプティはソファに腰掛けて紅茶を啜っている帽子屋に訊ねる。訊ねる、といってもハンプティ・ダンプティが言ったのは帽子屋の言葉の一部を反芻しただけに過ぎない。
「そう。物語を転換させるんだ。文字通り、大幅にぐるっと、百八十度ね」
「そうはいうが……いったいどうやって?」
「簡単だ。インフィニティを使うんだよ。そしてそのためにパイロットを用いる。簡単だろう? 世界を転換させる、ストーリーを転換させる……。そうでないとやっぱり『見ている側』からしても面白くないしね」
「見ている側……つまり我々から見て、ということなのだろうが、それで何が得られる? 作戦の可及的速やかな実行こそが目的では無かったのか?」
帽子屋は残っていた紅茶を飲み干した。
「可及的速やかに。確かにその通りだ。そうでなくてはならない。……だが、必ずしもそれをやろうというわけじゃない。作戦遂行も大事な目的だ。だがハンプティ・ダンプティ、僕たちがやりたいのは未々ある。その第一段階として先にこちらを済ませてしまった方がいいだろう、ってわけだ」
「成る程。それほどまでに時間がかかる可能性があるならば致し方無い。……それで? それによる効果は何だ?」
ハンプティ・ダンプティの言葉を聞いて、帽子屋は薄ら笑いを浮かべる。まるで彼はその言葉を待っていたかのようだった。
帽子屋は腰掛けていたソファから立ち上がり、ハンプティ・ダンプティの肩に軽く触れた。
「……一度世界をある段階まで破壊する。その為にインフィニティとその起動従士に犠牲になってもらうよ」
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃、崇人の目の前には一人の少女が立っていた。
いや、正確には性別が把握出来ない。ゆったりとした茶色のローブを着ていることから身体のラインが一目で解らないというのもあるだろう。
「はじめまして、タカト・オーノ。私はアインと言います。以後、そう呼んでください。……まぁ、別に私の名前を覚えなくても何ら問題はありませんけれど」
「……御託はいい。で、何をしにここに来たんだ? まさかそういう無駄話をするためだけに来たわけじゃないだろ?」
「ええ、その通りです。あなたを私たちの思い通りにするために私はここにいるといってもいいでしょう」
「思い通りにする、だって? 生憎、そんな簡単に動く人間じゃねえぞ」
「ええ、それは理解しています」
アインは身動きの取れない崇人の頭に手を当てる。
それと同時に崇人の脳内が金属音で埋め尽くされた。
アインは呟く。
「思い通りに動いてくれないなら、こちらからそうしてしまえばいいんですよ」
「あ……ああ……」
崇人は恍惚とした表情を浮かべながら、小さく喘ぐだけだった。それしかできなかったというわけではないが、行動が支配されていたと言ってもいい。自分でそれ以外の行動をすることを考えることができなかったのだ。
「……さあ、動きなさい。タカト・オーノ。そしてあなたに命じられた使命を、やり遂げるのです」
そして、崇人の意識は微睡みの中に落ちていった。
「タカト・オーノの洗脳はうまくいったかね?」
ヴァルトが訊ねるとアインは小さく頷いた。それを見てヴァルトは笑みを浮かべる。
洗脳が成功したということは彼の命令に従う傀儡が出来たということになる。タカト・オーノが現時点をもって赤い翼の傀儡と化した。これを世界に発表すれば世界は赤い翼を脅威として認定せざるを得なくなる。それが彼らにとっては必要なことだった。
「力で来るのならばこちらも力でねじ伏せるだけだ……。それが最強のリリーファーならば尚更というわけだよ」
「ええ、存じております」
アインは頭を下げる。
「アイン、と言ったな。ご苦労様だった。しばらくは休憩をしても構わないぞ。洗脳が確認取れ次第、報酬を払おう」
「ありがとうございます」
「なに、ウィンウィンの関係だろう。私は洗脳がかかり傀儡が手に入る。そちらは大量のお金が手に入る。これ以上にウィンウィンの関係を見たことはない」
そう言ってヴァルトは上機嫌に部屋をあとにした。
アインが不敵な笑みをずっと浮かべていたことは、誰にも知り得ないことだった。
コロシアムを走るマーズたち。
先ずはコロシアムの地下へと向かわねばならない。広大な地下施設が広がっているというのにそれが国に秘密となっていたその事実を表向きの交渉事由として行う。それによってどうにかして地下への活路を導くという作戦だ。
しかし、それは思ったより難航していた。
「……地下室への入口は愚か、そういう怪しいものすら見えないぞ……?」
そう最初に言ったのはヴィエンスだった。彼もまた地下室への入口を探していたのだった。
マーズはスポーツドリンクを一口飲み、言った。
「確かにそうね……。倉庫を見せてもらったけどそこですらそういう怪しい場所は見つからなかった……。それとも私たちの知らない通路が存在しているとでもいうのかしら……」
「まさか……。いや、考えるべきかもしれない。ここまでして見つからないとなると、こういった場所にあるかも」
ヴィエンスは壁に手を当てた。
それだけだった。
壁がゆっくりと回転し始めるのだ。
「ヴィエンス、それって!」
マーズにコルネリアはそれを見て慌ててヴィエンスのそばにくっつく。唯一手に入りそうな手がかりだ。ここで逃しては何が起こるかわからない。手遅れになるかもしれない。だから、急いで向かわなくてはならないのだ。
そして彼女たちは通路の裏へと足を踏み入れた。
「まさか壁が回転するとは思いもしなかった……。そこまで古典な仕組みを利用しているとは……」
マーズは呟く。それはほかの団員も一緒だった。地下室の入口が見つからなかったのは甚だ疑問だったがまさか壁を回転させるとは思いもしなかったのである。
通路の裏は思ったより明るかった。電気も通っており、質素な作りになっている以外は普通の通路となっていた。そう、まるで従業員用通路のような雰囲気だった。
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