絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百五十七話 第一回戦Ⅲ

「となると……さらに別の方法で考える必要があるな」

 レックスはそう言って考える。最初の五分間で何も進展が無かったというのに、残り五分で相手の風船を凡て割らなくてはならない。武器はライフルただ一挺いっちょうのみだ。
 作戦は完全に限られている。ライフルと、リリーファー自身が使うことの出来るという、その極限的な状況だ。

「さて……どうするべきか」

 レックスはコックピットで考える。とはいえ考えているあいだも立ち止まるわけにはいかない。相手から繰り広げられる戦術をどうにか避けながら、作戦を練っていくのだ。
 しかしながら、そうとはいっても簡単にその作戦が考えつくかといえばそうではない。
 作戦を考えることがすぐに出来るほど、学生は有能ばかりではない。やはりここは起動従士との差が出てしまう。

「考えた」

 それでも、レックスはある作戦を考えついた。それをどうやってやるか、楽しみで仕方なかったのか、レックスはニヤリと笑みを浮かべた。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


「……きっとあちらさんも作戦を考えついている頃でしょうね」

 リザはそう言って溜息を吐く。彼女もまた、対戦相手であるレックスがどういう作戦を立てているのかは解らないが、それでもどういうふうになっているかは手に取るように理解できた。別に彼女にそういうのを見ることができる能力があるわけではない。単なる偶然だと言えるが、しかしそれを偶然としないのが戦闘だ。運すらも実力のうち……と言える。
 リザはリリーファーコントローラを握って、行動を開始する。
 目的はただ一つ。レックスの乗るリリーファーを殲滅すること。もちろん、殲滅というのは文字通りのことではない。ここでいうところの、風船を凡て割ることだ。しかしながら、もう五分は経過しているというのにまだ全くといっていいほど進展していないのに、簡単に割ることが出来るのだろうか? 三つを凡て割るとしても一分半かからずに一つ割る計算になる。はっきり言って、難しい。
 外側で見ていた崇人たちを含む観客にとって、膠着状態は如何せんつまらないものであった。

「何だかなあ……。向こうにとっては大変なのだろうが、見ている側からすれば苦痛ではあるな」

 崇人はそう言うが、実際去年のことを思い出すと彼にとっても頭が痛かった。あの時は必死だった。あの頃は彼も未だリリーファーの操縦になれていなかった。だから、リリーファーを精一杯動かすだけで、何も考えることができなかった。

「それを考えると、選手と観客の思考はまったく違う、ってことだな……。そして俺も一年経って、それに染まっている……と」
「タカト、何か言ったか?」

 ヴィエンスが訊ねる。

「ああ、いや……。ちょっと考え事をしていただけだよ。何でもないさ」
「そうか。なら問題ないが……、なんか思い詰めたような感じだったからな。マーズが居ないから、その分が凡てお前に降りかかっている、ということだろう? だったらきっと大変だろうと思った次第だ。まぁ、何の役職にも就いちゃいないヒラ部員があまり口出しする事でもないかもしれないが」

 それを聞いて崇人は自分の顔を見ようとした。しかし手鏡なんてものを常備しているわけもなく、それを見ることは叶わない。
 だが、他人にそう言われるのだからきっとそうなのだろう。崇人はそう思った。

「すまない、ヴィエンス。ちょっとだけ席を外してもいいか?」
「あ、ああ。別に構わないが……。指揮とかは問題ないのか?」
「去年だって特に作戦は考えなかっただろ。……じゃなくて、まあ、そんな時間はかからないつもりだよ。直ぐ戻ってくる」
「そうか」

 そう言って、崇人はその場を離れた。
 その様子をどこか遠くで見ていた男は小さく舌打ちして、トランシーバーを手にとった。

「こちらアンクル。ターゲットがコロシアムの観客席から出て行った。あいつ、まさか監視に気がついたか!?」
『慌てるでない、アンクル。偶然だろう。あくまでもターゲットはリリーファーの操縦技術に秀でてはいるが、非戦闘員並みの戦闘能力であることは把握している。だから、そんなことは有り得ない。安心して監視を続けろ』
「と言ったって……ターゲットはコロシアムの内部に入っちまったぞ?」
『ばかやろう。何のために二人用意していると思っている。オリバーを中に入れさせろ。あいつなら隠密にコトを済ませてくれるだろうよ』



 その頃。
 崇人はコロシアムの中をひとり歩いていた。理由は先程から感じていた違和感――これの正体を突き止めるためだった。しかし、そう簡単に違和感を突き止めることなど、果たして出来るのだろうか?
 歩きながら崇人は考える。試合中にもなれば通路を歩く人間は疎らだ。だから、人にぶつかることなんてない――。

「おっと、お兄さん。ちょっと立ち止まってもらえるかなあ?」

 それを聞いて崇人は瞬時に立ち止まった。なぜなら彼の背中には冷たい感触があったからだ。
 崇人はこれを一度感じたことがある。これは……拳銃だ。

「何の用だ。それに俺は『お兄さん』と呼ばれるような年齢でもないぜ?」
「いやいや……。何言ってるんだい、あんたそんな身体しておいてもう三十歳超えているんだろう?」

 それを聞いて崇人の表情が強ばった。何故それを知っているのか――と崇人の頭の中はそれでいっぱいになった。
 そして、まるでそれを読み取っているかのように、背後にいる男と思われる声は言う。

「不安だねえ? なんで自分の本当の年齢が解るのか、って疑問に思っているんだろう? だろうねえ、そうだろうねえ。確かに、僕も同じ立場だったらそう思うに決まっているよ。それに君はほんとうにインフィニティに乗りたがって、いるのかなあ?」
(こいつ……完全に俺の素性を調べ尽くしている……! となると、テロ組織が妥当か? ならば、こっからどう逃げれば)
「おっとぉ。こっから逃げてもらっちゃこまるんですよ。逃げたらここが木端微塵こっぱみじんですよ?」

 そう言って男は崇人にあるものを見せつける。それはボタンだった。ボタンは赤いもので、しかし蓋がしてある。恐らく誤射防止のためだろう。

「これを押すとですねえ、このコロシアムに仕掛けられた爆弾がどかーん! と爆発しちまいますよお。どうですか、それでも抵抗しようと思いますう?」

 嫌に間延びした声で、訊ねる。その間延びした声が崇人はいやだったが、それを言っても意味はない。寧ろ今の状況が悪化する可能性すら浮上する。
 しかし今の彼には、その言葉に屈服するほかなかった。



 さて、大会のキュービック・ガンナー第一試合は未だ続いている。
 残り時間三分を切ったところで動いたのはレックスだ。スピードタイプのリリーファー、イクスの名は流石と言ってもいい。その素早さは見るものを迷わせるほどだ。一旦、どこへ行ってしまったのか探してしまうほどの早業でアッシュの背後をとった。
 アッシュに乗り込むリザはそれに気がついたが、しかしあまりにも遅かった。
 刹那、ライフルから放たれた弾丸が見事三つの風船に命中――破裂し、試合が終了した。
 第一試合、北ヴァリエイブルの勝利。

「……というわけだが」

 ヴィエンスは大会の試合をまとめたメモを見ながら、横になっているマーズにそう言った。
 マーズは笑みを浮かべながら頷く。最初はヴィエンスが来たとき起き上がろうとしたのだが、体調が悪いのならそのままにしておくべきだというヴィエンスの助言から横になったまま話をしているということだ。

「それにしても……ごめんなさいね、ヴィエンス。急にそんなことやってもらっちゃって」
「いいんだよ、俺は暇だからな」
「それにしても……タカトはまだ戻ってきていない?」
「ああ。試合が終わって中央おれたちが呼ばれてもタカトが来る様子は無かった。だから仕方なしではあるが……俺が代理だと嘘を吐いて参加した」
「ほんとにごめんなさい」
「あんたが謝ることじゃない。寧ろ誤って欲しいのはタカトの方だ。ったく、あいつはいったいどこで油売ってやがるんだ?」


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 マーズとヴィエンスがそんな会話をしていた頃。
 コロシアム地下にある機械室。
 ゴウン、ゴウンと機械が動く音とパイプで埋め尽くされている空間に、ひとつのパイプ椅子が置かれていた。いや、ただのパイプ椅子ではない。後ろで手を縛られている人間、崇人が座っている。
 扉が開く音がして、崇人は振り返る。と言っても足も縛られておりパイプ椅子も固定されているため、扉の方まで向くことは出来ないのだが。

「久しぶり……といえばいいかな。タカト・オーノくん」

 やってきた男はそう言った。その声色にどこか聞き覚えがある。だが、まだ確証は掴めていなかった。顔が見えないからである。機械室は必要最低限の蛍光灯しか置かれておらず、しかもその蛍光灯も切れかかっているのばかりだ。だから、満足に空間を照らしきれていないのだ。
 ゆっくりと男は近づいてくる。そして、次第に顔が明らかになってくる。
 そして、その顔が崇人を見下ろす、ちょうどその位置までやってきていた。

「……あんた、確か」

 崇人の声には明らかに怒りが篭っていた。当然だろう、崇人の目の前に立っているのは、崇人の姿を見下しているのは、今まで崇人が会ったことのある人間で、崇人たちとともに戦った人間なのだから。
 男は笑みを浮かべて、頷く。

「久しぶりだね。私は『新たなる夜明け』のリーダー、ヴァルト・ヘーナブルだ」
「あんた……仕事をするパートナーとか言っていたじゃないか……!!」

 崇人は何とかここから抜け出そうとする。しかし虚しくもパイプ椅子を揺らすだけだ。
 ヴァルトは煙管を取り出して火を点ける。室内だからすぐに煙が充満する。とはいえ換気設備が設置されているためか、完全に煙が充満することなく外へ排出されていく。

「ああ、そうだ。だから、これから『仕事』をするんだよ。大人の付き合いという名の仕事を……な?」
「騙したのか」
「騙した? 何を言うんだ。騙してなんて一度もしてないぞ。そもそもあの時共闘したのはカーネルに共通の目的があったから。そうだろう? あんたは国の起動従士で俺たちは世間的に見ればテロ集団だ。世間は今のところ、どっちを支持するだろうな? どっちを『正義』とするだろうな? 恐らく百人中百人があんたを正義とみなすだろうし、あんたを支持するだろうよ。だが、共闘も終わり。これからは単なる仕事の付き合いとして、これからよろしく頼むよ。タカト・オーノくん?」

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