絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百四十九話 開会式(前編)

 そして、大会――その当日がやってきた。今年は去年と比べて場所が学校から近く、バスで直ぐに行くことが出来るという。
 バスに乗っているマーズはその日程を確認しながら考え事をしていた。
 結局、ルールが変わることは無かった。普通に考えれば当然にも思えるが、それでも彼女はルールが土壇場で変更される可能性も加味していたのだ。

「結局ルールは変更も追加もされることはなかった……。なんというか理不尽めいたことになりそうね」
「ルールを完全に理解しきれたか、それが微妙なところだな」

 マーズの独り言に崇人が反応した。
 それを聞いて、マーズは溜め息を吐く。

「流石にそれは問題ないと思うけど……、まぁ可能性としては考慮してあるし、きちんと皆にルールブックを手渡している。それに関してはルールブックを適宜見てもらうことで納得してもらっているわ」
「それが一番だな」
「あの……一体全体何の話をしているんですか?」

 マーズと崇人の会話に割り入ったのはシルヴィアだった。シルヴィアはちょうど二人が座っているシートの真ん中に顔だけを出す形で話しかけていた。
 崇人は先程ファーストフード店で購入したミルクティーを飲みながら、言った。

「別に難しい話題をしている訳じゃあない。ただの確認だ。確認しておかないと、何かあったとき困るからな……」

 そうですかぁ、とどこか抜けた感じにシルヴィアは言って元の位置に戻った。
 今回崇人はコーチという役割で大会に参加する。サポートに関しては別に規約などないため、このようなことが出来るのだ。

「それにしても……今年の会場は思ったより遠いな。誰だよ、近いからすぐ着くよーとか言ったのは」

 崇人の溜め息を聞いて、マーズは肩を震わせる。
 そう。
 そのことを自信満々に言ったのはほかでもないマーズだったのだ。
 マーズははっきりとした土地勘を持たない。過去には土地勘があっただろうと思われるが、しかし彼女は長年の任務であまり国に居ないこともあり、土地勘というものをすっかり失ってしまったのだ。
 だが、厄介なことにマーズはそれをあまり理解していないし、理解出来ていない。それをそのままにして――言うならば曖昧な土地勘のままで崇人の質問に答えていたというわけだ。

「そういえばそうだったかもしれないわねぇ……」

 マーズは自分のミスだと思われたくないからか、そんなことを言って鼻歌を吹く。
 崇人はそんなマーズの適当な調子にうんざりしながら、窓から景色を眺め始めた。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 会場に到着したのはそれから三十分程経った時のことだった。
 バスから降りて、風景を眺める。ターム湖の畔にあるコロシアムは涼しい風が吹いていた。

「いい景色だなぁ……。なんというか、今日あった嫌なことが凡て吹き消されたみたいな感じだ」
「なんかそれ、私が悪かったみたいな言い種よね? 完全に私が悪いだとかそーいうわけではないよね?」

 崇人の言葉にいち早く反応したのはマーズだ。マーズは自分が崇人を疲れさせてしまったのではないか――そう考えていたらしい。
 崇人は呟く。

「というかマーズ、最近どうしたんだ? なんかカリカリしている気がするし、気分が悪いなら直ぐに伝えろよな」
「うん……。わたし、そんなに気分悪そうに見える?」
「気分悪そうに見える、というか若干不安定に見えるのはきっとみんなそうだと思う。まぁ、あまり自分だけで考えすぎないほうがいいと思うぞ。大会のことなら尚更だ。ここにいる人間は全員チームなんだぜ?」
「それもそうね……。まぁ、少なくとも今は隠し事なんてまったくしていないからそこまで心配しなくてもいい」

 マーズは崇人に笑顔を見せて、そう答えた。それを見た崇人はマーズの肩を叩いて、小さく頷いた。

「……なんというか、あれ絶対できてるよね?」

 マーズと崇人の会話を隠れて遠いところから見ていたヴィエンスとリモーナだが、その片割れであるリモーナはそう言った。
 対してヴィエンスはクールに、驚くことなどせず、

「まぁ、前々からそういう兆候は見られていたぞ? なんというか、お似合いと言えばお似合いだし、そもそもあいつは入学してからずっとマーズの家に住んでいるんだから、そういう関係に発展してもおかしくないし寧ろ自然だよな」
「それもそうかしらねぇ……」

 そう言ってリモーナは溜め息を吐く。
 リモーナが彼に対してどういう印象を抱いているのかそんなことは容易に想像出来たが、しかしてそれを口にする彼でも無かった。案外彼は空気が読める人間なのである。

「……中央チームの方々ですね?」

 背後からそれを聞いたリモーナとヴィエンスは即座に振り返る。そこに立っていたのは腰を丸めた男性だった。男性はそういう身体だったが、身なりは至って普通であった。執事めいたタキシードを着ていたのだ。
 深みのある声は、その声を耳にした者をそちらに意識を集中させる。だからこそ、その声を聞いた二人は即座にその男性の姿を目視することが出来たのであった。

「……中央チームの皆様でございますね? わたくし、今大会での案内役を務めさせていただくグランドと申します。以後お見知り置きを」

 そう言ってグランドは深く腰を折った。

「グランドさん、私が中央チームの監督を務めるマーズ・リッペンバーです」

 気が付けばリモーナとヴィエンスの間にマーズが立っていた。二人はそれに驚いたのだが、対してマーズはそれに臆することなく、話を続ける。

「今回は会場が変わったということで思ったより時間がかかってしまって……」
「いえいえ。何ら問題ありません。寧ろ早すぎるくらいです。開会式が始まるのはこれから二時間くらい先のこと。そして大体半分くらいのチームが、既に到着済みとなっています。即ちあと半分のチームが到着していない……ということですね」
「それほど到着していないチームがいて……その……成り立つんですか?」
「えぇ、成立しますよ。問題ありません。……それではご案内させていただきます。会場に荷物を運ぶこととなりますが、自分で持ち運びください」

 そう言って。
 グランドは振り返り、ゆっくりと歩き出した。崇人たちはそれを見て、慌ててバスから荷物を取り出した。



 コロシアム内部、その通路にて彼らは歩いていた。コツ、コツ、コツ……と足音だけが空間に響いていた。
 ただ崇人たちは歩くだけだった。グランドの指示に、ただ従うだけに過ぎなかったのだ。

「今回の開会式は非常にユニークなものとなっております」

 唐突に、グランドは言った。それを聞いて理解出来なかったのは崇人たち全員だ。当然といえば当然かもしれない。突然そんなことを言われて直ぐに反応出来るのは難しい。

「あの……ユニークというのはどのようにユニークなのかしら? 奇抜な感じ……そういう解釈で構わないのかしら?」

 マーズの言葉にグランドは何度も頷く。どうやらそれで正しいらしい。
 グランドはそのまま歩いている形で話を続ける。

「話をすれば非常に長くなるんですが、かといってこれから始まる大会……その開会式について何も知らないのもどうか。ならば非常に簡単に、かいつまんで話させていただきます。そのユニークな開会式について……」
「グランド、長話している暇があるならさっさと選手を控室に送り届けろ」

 声が聞こえた。
 振り返るとそこには長身の若い男性が立っていた。がっしりとした体格で、たった一言にまとめるならば筋骨隆々ということだ。
 その男性が立てば普通の人間ならば一瞬で脅えてしまうことだろう。だがその老人はそんなのはいつも通りの所作だと言わんばかりに答えた。

「なんだねレイヴン。ただ私は話していただけだ。それも開会式の説明だよ。選手ならば得ておかなくてはならない知識の一つである……そう判断したから、私が話した迄のことだ」

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