絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百四十六話 ルール

 機械都市カーネルという場所がある。ヴァリエイブル連合王国に位置している、リリーファー研究開発の拠点である。
 一年近く前、カーネルは独自に育て上げた騎士団とともに反乱を起こした。その目的は未だ不明とされているが、それによって世界には衝撃が走った。結果、ヴァリエイブルがそのテロを鎮め、統制を強化するに至った。
 カーネルにある旧起動従士訓練学校、現在の第六研究所の廊下を一人の科学者が歩いていた。
 ベルーナ・トルスティソン。
 魔法剣士団を作り上げた科学者である。彼女はずっとある思いを抱いていた。
 リリーファーはあまりにも危険すぎる、ということだ。リリーファーに乗ることができる、現時点での制約は未成年であると言われている。理由は、若い力がリリーファーの動かし方を簡単にさせるという理論からだと言われているが実際には違う。
 そもそも。
 リリーファーの『敵』とは何だというのだろうか?
 シリーズ、またそれめいた敵が昔もいた――とでもいうのだろうか。
 ベルーナはずっとリリーファーを使用していることで、違和が発生することを論文としてまとめ、発表した。それはリリーファーの研究開発を行っているカーネルが提起すべきものではないということは重々承知していたが、それでも彼女はその論文を発表せねばならないと思っていた。
 その論文は発表後秘匿され、箝口令が敷かれた。
 要はそれほど、国としても晒されたくないことなのだ。カーネルとしての総意はこれを世間に発表することで一致しており、決してカーネル側がそれを自粛したわけでもない。
 この世界にはあまりにも深い闇がある――それが垣間見えた。
 だが、その闇が見えたからといって簡単に諦めるカーネルでは無かった。カーネルはその事実を世界に公表するため、そしてある目的のため、世界を相手取って戦争を行ったのだ。
 その目的は、今やこの世界には切っても切り離せない存在――リリーファーによる戦争行為の撤廃、だった。この世界の戦争は味方も敵もリリーファーに乗り込んで行う。リリーファーでなければそもそも同じ土俵に居ないのだから、勝敗すら決められないのである。
 だが、だからこそ、カーネルはリリーファーを廃止せねばならない、リリーファーを使ってはならないと結論付けた。リリーファーを研究・開発し、世界にリリーファーを売っている、この世界の戦争システムの根幹を担う機関が、だ。
 魔法剣士団を結成し、彼ら独自のリリーファーを開発した時は、ただひたすら申し訳ないと思っていた。
 それは、彼らを危険な目に合わせるからだろうか?
 それは部分的に正しいといえるだろう。だが、逆を言えば部分的に間違っているともいえる。
 リリーファーに秘められたある『効果』が、起動従士をきつく縛り付け、苦しめるのだ。それと魔法剣士団設立によるメリットを天秤にかけた時、カーネルの科学者は泣く泣く後者を取った。起動従士が、人間がリリーファーを操縦することのデメリットよりも魔法剣士団にリリーファーを操縦させることで得られるメリットを取ったのだ。
 ベルーナは歩く。彼女は何を考えているのか、それははっきりと解らなかった。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


『リリーファーは有害だ! リリーファーに乗ることで、リリーファーに含まれている有害な物質が起動従士に流れ込み、起動従士が短命になってしまう! それを国は覆い隠している。その重要な真実を、だ! これは立派な犯罪ではなかろうか!』
「嘘くさい話よね。それくらいソースを見せなさいよソースを」

 そう言ってマーズは教室の窓を閉めた。
 今彼女と、騎士道部のメンバーは騎士道部の部室へときていた。リーダー決定戦から二日、てっきりファルバートは反発するものだと思ったが、戦いが終わってすんなりと受け入れた。友人であるというリュートがいたのもあるのかもしれないが、その行動にマーズはどこか違和を抱いていた。
 あれほど劣等感を抱いていたファルバートがそう簡単に納得するのだろうか、ということである。確かに納得してもらったほうが、マーズたちにとって嬉しいことであるのはかわりないのだが、しかしながらそこまであっさりと納得されると逆に不安になるものである。

「……とりあえず、今日集まってもらったのはほかでもありません。今年行われる大会のルールについてお知らせするためです」

 マーズはそう言って小さく溜息を吐く。彼女にとってそれはとても荷が重かったからだ。
 彼女はスマートフォンに送られていたメール、それに添付されていたテキストファイルを見ながら、話を続ける。

「今回、競技内容、ルールその他もろもろが凡て変更になる。会場は知っているとおり、ターム湖ほとりにあるレヴェックス・スタジアムとなる。前はもしかしたら違うスタジアム名を聞いている人もいたかもしれないが、これで決定だ。……次に、競技種目の制約について。各校からひとつの競技にエントリー出来るのは三名まで。ただし、ひとりの選手が同時に参加することは二種目までしか許容されない。……まあ、これは恐らく大会運営側が、一年生が八割以上占めることが限定することで、大会は『一年生の優れた学生をお披露目する場』……なんて風に仕立て上げたいんだろうなあ。まあ、去年のあれがあったから仕方ないかもしれないが。それでも、二年生以上も参加してはいけないというルールは存在しないし、実質存在している規約として選手が守らなくてはならないのは、既に起動従士として活動している人間は出てはいけない、ということくらいか。だからタカトとヴィエンスは出場出来ない」

 それを聞いて、改めて崇人とヴィエンスは小さく頷く。
 マーズはテキストファイルを読み進めていく。

「次にポイントについてだな……」
「ポイント?」

 訊ねたのはシルヴィアだった。

「今回ルールが変わったから、即ち勝敗の付け方も大きく変えざるを得なくなったというわけよ」

 一息。

「ここにもそれについてそう書いてあるわ。えーと……大会ルールの変更に基づき、勝敗は各校が取得したポイントの合計で決定される。一位に四十ポイント、二位に二十ポイント、三位に十ポイントが配分される。四位以下はポイントを取得出来ない。ただし、今回の目玉種目としてある『アンリアル・アスレティックス』は配点が倍加される……ってね」
「アンリアル・アスレティックス?」
「アンリアル・アスレティックスは簡単に言えば、去年の進級試験で用いたようなディジタル空間でのアスレティックコースを走破することを目的とした競技ね。もちろんリリーファーにのって……ってことが前提条件なのは、もはや当然のこととも言えるけれど。ほかにも、キュービック・ガンナーにドウル・アタッカーズがあるね」
「キュービック・ガンナーにドウル・アタッカーズ……」

 ファルバートはマーズの言った言葉を反芻する。

「キュービック・ガンナーは、立方体のエリアにそれぞれ相手のリリーファー二体を閉じ込めた状態でスタートとなる……って書いてあるわね。武器はツインマシンガン及びアサルトライフルのみ使用でき、リリーファーに設置されている的に先にすべて命中させたほうの勝ちとなる。この勝負は三人ひと組となって戦うこととなり、即ち二勝することでチームの勝利が決定することとなる。ここにはそう書いてあるわ」
「チーム戦、かあ……」

 そう言ってリモーナは上を向く。彼女はそういうものに自信が無い。個人戦ではそれなりの実力を誇る彼女だが、いざ団体戦となると緊張してしまいうまくコミュニケーションを取ることができなくなってしまい、最終的に敗北を喫してしまうのだ。
 それはマーズも心配していた。しかし、だからこそ彼女をチームに加えた。そんなことでチームから外すわけにはいかなかったからだ。苦手なところを矯正して、強く仕立て上げる。それが彼女の役目であるということを、マーズ自身理解していたからだ。

「次にドウル・アタッカーズ……これもなかなか難しそうな競技ね。これは、スタジアム内に放り込まれた複数体のドウルから一体のドウルを見つけ出す競技で、この競技はいちはやく見つけたものが勝利とするため、一位のみ配点を付与する。何回も実施されるので、場合によっては一チームが多くの得点を有することが可能になる……ってある」
「ドウルって何ですか?」

 質問したのはメルだ。
 メルの言葉にマーズは頷き、答える。

「ここにも書いてあるんだけど、どうやらドウルというのは無人のリリーファーを指すようね。そして、その無人リリーファーがプログラムによって勝手気ままに動き回っているから……その中から何かの目印を持った一体のみを見つけ出す。なんというか、考えた割には地味な競技ね……」

 そう言ってマーズは小さく溜息を吐く。疲れている気持ちは、マーズ以外のどれもが一緒だった。そして疲れている以外の感情を抱いているのもまた、確かだった。
 今回の大会の難易度は計り知れない。
 騎士道部の面々は、それがすぐに思い浮かぶのであった。

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