絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百十七話 対面

「メリア、今言ったことは本当なのか!?」

 マーズはメリアが言ったその言葉を、出来ることなら信じたくなかった。嘘だと言って欲しかった。
 メリアの言っていることが真実だとするならば、学生たちはコンピュータの中に無防備に魂をさらけ出している――ということになる。厄介事この上ない。

「無駄口を叩いている余裕なんて、未だあったんだな」

 そう言われて彼女たちは身体を殴られる。一応マーズは未だ正気を保っていられているが、問題はメリアだ。彼女は科学者であり軍人ではない。よって拷問めいたこの状況を味わうケースが滅多に経験されることなどないに等しい。
 だからマーズは崇人たちも勿論のこと、メリアについても心配していた。
 このような状況の中、非力で何も出来ない自分が、ただただ腹立たしかった。


 ――このやろう。


 マーズが吐いた文句は誰にも聞こえることはなかった。


 ◇◇◇


 仮想空間で崇人を含めた学生たちはそのリリーファーに乗る起動従士の言うことを守らなくてはならなかった。リリーファーに乗ることの出来ない現状、学生は無力だ。
 無力だからこそ、彼らは生きようとする。生きたいと思うからこそ、抗おうとは思わなくなる。それも自然の摂理といえるだろう。

『さて……これで全員かな?』

 アリスは学生を整列させ、確認する。二十三名づつ二列になって並んでいる。

『確認が出来たので……あとはあなたたちを捕縛させるだけになりますね。あぁ、でも監禁ではなく軟禁になるから、対して変わらないかもしれない。だが……有効な手段であることに変わりない』

 そう言って、アリスは息を整え一言。

『コマンド、ムーブ。対象、<student>クラス配列凡て。移動先、<kingdom-house>クラス凡て』

 その言葉をアリスが言ったのと同時に、学生たちは姿を消した。



 次の瞬間には学生たちは小さな部屋に居た。ただし、全員がその部屋に居る訳ではなく、個人個人が一つの部屋に入っている感じだ。
 牢屋――崇人がその部屋を見て感じたファーストインプレッションがそれだ。

「畜生……どうしてこうなっちまったんだ?」

 崇人は呟き、そして考える。返答がなかったことを考えると、おそらくメリアたちも捕まってしまって動けないのだろう。だとするならば、これは非常に厄介な話だった。
 ともかく、先ずはここから脱出せねばならない。そう思いながら、崇人は辺りを見渡した。
 ちょうど、そんなタイミングでのことだった。

「タカト・オーノ、出ろ」

 牢屋の外から声が聞こえた。それと同じタイミングでカチャリと扉の鍵が開いたような音がした。
 崇人はそれに従って外に出る。外に居たのは仮面を被った男だった。崇人の背後について、彼に銃を突きつける。

「アリス様がお前を呼んでいる。なんでも、話がしたいらしい。光栄に思うんだな」
「アリス……様、とはいったい何者なんだ?」
「お前の目で確かめるがいい」

 乱暴な口を聞いたような気がしたが、仮面の男はそれを咎めることはしなかった。
 そして崇人は、仮面の男にせっつかれるかたちでその場所へと向かった。



 崇人と仮面の男がやってきたのは大広間だった。扉を開けて、その広大な空間に崇人は息を呑む。

「ご苦労だったな、トイフェル」

 奥から聞こえたアリスの声は、さきほどリリーファーの外部スピーカーを通して聞いた声とは違って、透き通った声だった。
 トイフェルは頭を下げて、部屋をあとにする。
 即ち、今この部屋は崇人とアリスの二人きりだ。
 部屋の奥から、足音が聞こえてくる。
 そしてその音は確実に、崇人の方へと向かってきている。
 ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。
 闇になっている、奥の方から少しづつ。
 崇人は身構えた。そして、アリスがやってくるのを今か今かと待ち構えた。
 そして。
 彼はその姿を、両の目で見た。
 白いドレスに身を纏った少女だった。艶やかな黒髪は背中の方まで伸びていて、見るものを圧倒させる。
 その少女を、崇人は知っていた。崇人は少女の顔を見たとき、目を丸くしていた。
 少女はその表情をすることを崇人が解っていたからか、笑みを浮かべる。
 少女は言った。

「……はじめまして、いや、久しぶりね。タカト・オーノ」

 そこに立っていたのは――アーデルハイトだった。
 アーデルハイトが、彼の目の前に立っていたのだ。

「本当に久しぶりだな、アーデルハイト……。いや、この場合はアリスと呼ぶべきか?」
「アーデルハイトで構わないわ」

 アーデルハイトは呟くと、近くにあった椅子に腰掛ける。

「あなたも座ったら?」

 それを聞いて、崇人は素直にそれに従った。

「……どうして俺たちをこの空間に閉じ込めた」
「まあ、そう慌てるなって。先ずは君の過去の話しでもしようじゃないか。大変だったんだってな、エスティ、君の目の前で死んじまったんだろ?」

 唐突に。
 本当に唐突にアーデルハイトはエスティの死について語った。
 突然何を言い出すんだ――と崇人は思考が停止してしまった。

「あれは悲しいことだった。しかし、あれは国王が、指揮官がきちんと対処していればよかったのではないか?」
「……つまり、リリーファーに慣れていない人間が指揮官になったのが悪い、ってことか?」

 崇人が言ったのは完全に自分に対する発言だ。自虐といってもいい。
 それを聞いてアーデルハイトは高笑いする。

「別に君が悪いというわけじゃない。君が悪い……まあ、全部そうではない、ということだが。ともかく、私が言いたいのは指揮官……国王の話だよ」
「国王?」
「ああ、そうだ。考えたことはないか? リリーファーをもっと詳しく知っている人間に、それこそ起動従士を経験したことのある人間に指揮官を任せたほうが、起動従士のことを、リリーファーを理解してくれた作戦を立ててくれる、と」

 アーデルハイトは首肯。
 崇人はアーデルハイトの意見を聞いて、理解出来ないわけでもなかった。確かに上司が自分のやっている分野を何も理解できていないのであれば、それは苦痛であるし、やりにくい。

「解るだろう? 私はそれに苦労したよ。無能な国王のせいで作戦が失敗すると、私の責任になるんだ。たまったもんじゃない。そもそも命令を下したのはあんたのはずなのに、それでも私が悪いことになるんだ。非常に、非常に鬱憤が溜まっていった」
「それで今回の作戦を……?」

 再び、アーデルハイトは首肯。
 しかし、崇人はそれについて理解はできても納得したくなかった。いくら上司が無能だからといって、自分も無能に成り下がる必要はない。上司が無能ならばそれを飛び越えるつもりでやる――それが彼の信条みたいなものだった。

「理解できないのか、納得できないのか、腑抜けな表情を浮かべているな」

 アーデルハイトは崇人の考えていることが表情から察せたらしく、告げる。
 崇人は内面驚いていたが、それを外に出すことはしない。
 アーデルハイトの話は続く。

「しかし、今回の作戦は私一人で実行するには難しい。私は崇高な理念を掲げているつもりだったが、生憎私のほかのメンバーはそれほどまで……強いて言うなら金さえあればいい、貧弱者ばかりだ。私はそんな人間を選定した覚えなどないんだが……。まあ、いい」

 アーデルハイトは立ち上がり、崇人の目の前に立つ。崇人はどうすればいいのか解らずたじろいでいると、
 アーデルハイトが顔を近づけてきた。

「おい、アーデルハイト……! 何をする気だ……!」

 崇人は拒否の意志を示す。しかしアーデルハイトは顔を止めることはない。
 そして、アーデルハイトは崇人にくちづけた。

「……!?!?」

 崇人は何があったのか解らなかった。だが、彼女の口づけは長く、甘かった。
 アーデルハイトが口づけをしたのは僅か十数秒のことだったが、崇人から見ればそれは永遠の時がすぎたようにも感じられた。
 崇人とアーデルハイトの間に淫靡な糸が垂れる。
 アーデルハイトは崇人の身体に寄りかかるようにして、告げた。

「……ねえ、タカト。私と一緒にならない?」

 その言葉とともに悪戯めいた笑みを浮かべた。

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