絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百九十二話 攻略作戦、中盤Ⅷ

 アルジャーノンとフレイヤは共同牢を後にして第二目標であるリリーファーの回収に向かった。騎士団の皆がああなってしまったことに対してフレイヤは悲しみに暮れていた。だが、そんなことを長々としていじける暇も此方にはなかった。
 今はただ、前に進むだけだ。
 後ろを向き続けていたって何も生まれないし何も生み出されることはない。これは事実だ。
 かといって前を見続けるのもよろしくない。引っ張っていく立場の人間ならば時折振り返って確認すべきだからだ。個々の進捗を確認するためには、たまには戻ってみた方がベストなのである。

「……リリーファーの格納庫はこの先にあるはずです。そう遠くない場所で助かりましたね」
「あぁ」

 アルジャーノンの言葉にフレイヤは短く答える。

「リリーファーは確か通常の格納庫ではなく、研究開発用の試作品がある格納庫だったはずです。そちらにあるということは既にチェック済みですから」
「ところで、一つ質問していいか?」

 アルジャーノンの説明中、唐突にフレイヤは訊ねた。
 フレイヤが訊ねたのは何故だか解らなかったのでアルジャーノンは一瞬動揺したが、それを彼女に悟られないように、アルジャーノンは首肯で返した。

「……あなた、起動従士の素質があるって判定されたことは?」
「あります。僕達は起動従士の素質で厳しくランク付けされますから。より起動従士と相性のいい人間が上に行く形です。僕はまずまずなので一端の神父やってますけどね」
「即ち、乗れるということね。訓練は?」
「時折、訓練はします。それでも実戦に耐えうるかは別ですが……」
「それでも構わないわ」

 フレイヤは頷く。

「なんだ……。まだここに仲間の起動従士が居たのね。ならば心強いわ」

 フレイヤはほっと溜め息を吐いた。
 対してフレイヤが確認したかった事実が解り、そしてフレイヤが何をさせようとしているのかが解ったアルジャーノンは慌てふためく。
 即ち、フレイヤが考えていた事は――。

「僕をリリーファーに乗せて戦わせるつもりだ、なんて言い出しませんよね?」
「惜しいな。正確にはそれをしてもらった上でヴァリエイブルに帰還することだ。まぁ、一番手っ取り早いのはこっちに向かっていると噂の騎士団と合流するのがベストだろうな」
「惜しいというか殆ど一緒ですよね、それって?」

 アルジャーノンは明らかに慌て始める。
 それを見てフレイヤは失笑する。

「一緒……か。まぁ、そう言われればそうなのかもしれないな。私としてはまったく別個で考えていたのだがな」
「それ、まったくの嘘ですよね? 絶対に最初から僕をリリーファーに乗せようと考えてましたよね?」
「そりゃまぁ……味方は多い方がいいからな!」

 彼女はそう言って満面の笑みで返した。何と無くアルジャーノンは、フレイヤの周りが輝いているように見えた。
 しかしその裏にはどす黒い感情が流れているのだ――出会って間もないアルジャーノンですら、そんなことを考えてしまうのだった。


 そんなときだった。彼女達の立っている場所が激しく揺れ始めた。
 生憎彼女たちは直ぐに跪き、危険を回避した。

「まさか……攻撃を開始したというの!?」

 フレイヤは急いであるものを探しに駆け出した。
 それは窓だ。窓さえ見つかればそこから外の様子を見ることが出来る。外で何が起きているか認識出来る。
 だから彼女は窓を探していた。走って走って走って走って、それでも見つからなかった。

「どうしたんだい、フレイヤ。急に走り出したりして……」

 それから少し遅れてからアルジャーノンがやってきた。アルジャーノンはフレイヤの前に立って息を整えた。彼女と同じくらいしか走っていない気がしたが、フレイヤは未々走ることが出来そう――アルジャーノンはそんな印象を感じた。
 フレイヤは小さく溜め息を吐いて、それに答えた。

「さっきの振動はほかでもない、リリーファーによるものだ。コイルガンかレールガン、はたまたそれ以外か……。いったいどれによる攻撃なのかは解らないが、まぁ、リリーファーが放ったというのは間違いないだろうな」
「その自信って、一体全体どこから湧き出てくるのかな。少し見習いたいくらいだ」
「強いて言うなら経験からかしらね。私は一般兵士でも起動従士でも長い職歴がある。マーズみたいに最初から起動従士だったわけではないから起動従士自体は短いがな」

 フレイヤはそう言って窓を探そうと再び走りだそうとした。
 だが、それよりも早くアルジャーノンの腕が彼女を捕らえた。

「どうしたアルジャーノン。私は早く外を……!」
「そんなものはリリーファーに乗れば嫌というほど解る。そうだろう?」
「それは即ち、リリーファーの格納庫には窓があるということか?」
「いいや、そういう訳ではない。ただし、外には出やすくなるだろうね。君のリリーファーが置かれているはずの研究開発用の格納庫から外に脱出出来る扉があったはずだ」

 アルジャーノンの言葉にフレイヤは頷いた。
 アルジャーノンの背後にある壁には、『研究所A』と書かれたパネルが打ち付けられていた。


 ◇◇◇


 自由都市ユースティティアのとある家庭。そう、具体的に言えば夕食のシチューを煮込んでいた家だ。
 母親はそれを息子に食べて笑顔になってもらうのを楽しみにして。
 息子は母親の作った料理をお腹一杯食べるのを楽しみにしていた。
 だがそんな楽しみも喜びも、これから起きるはずだった凡ては、もう瓦礫の下に埋もれてしまった。
 母親は消え行く意識の中、何とかして息子を探していた。息子はどこだ、息子はどこだと瓦礫を掻き分けて探す。
 息が苦しくなっても手のひらがボロボロになってもよかった。そんなことより、息子を見つけたかった。
 そして。
 その存在は意外にもあっさりと見つかった。瓦礫に埋もれた姿で見つかった。
 それを見て彼女は喜んだ。そして咽び泣いた。
 だが、息子の身体は既に冷たかった。
 遅すぎたのだ。
 そして直ぐに彼女は何故間に合わなかったのかと問うた。なぜ息子が死ななくてはならなかったのかと問うた。
 彼女は涙が止まらなかった。彼女はもうどうでもよくなってしまった。
 彼女はそっと息子の頬に口付けをしてそのまま静かに目を瞑った。



 またとある家庭。具体的には父親と絵本を読む子供が居た家庭のことだ。
 父親は瓦礫を掻き分けて、漸くその頂上に到着した。母親は瓦礫が大してないところにいたらしく、既に瓦礫から出ていた。息子が出てきたのを見て、母親は涙を流しながら息子を抱き寄せた。
 父親は辺りを見渡す。そこはまるで地獄絵図のようであった。いたるところが燃えていて、子供の泣く声が聞こえて、女性が名前――恐らく子供か夫だろう――を呼びながらふらふらと徘徊しているのが、ざっと見渡しただけでも解ることだった。
 自由都市ユースティティアは神の加護により守られている都市――というのが法王庁を信仰する人間が必ずきかされる話である。
 ユースティティアは神の加護を受けていないとでもいうのか? 父親は辺りを見渡しながら、そんなことを考えていた。
 それは、教徒からすれば法王庁そのものを冒涜する考えでもあった。しかし彼はそれしか考えることが出来なかった。
 溜め息を吐いて、彼は空を見上げる。そこにはクリスタルタワーがいつもと同じように光を湛えながらその場に建っているだけだった。


 ◇◇◇


「法王猊下! ユースティティアが敵軍により被害を受けました! 現在確認を進めておりますが、都市の五分の一にまで被害が広がっているとのことです!」

 法王庁のトップを務める法王はその話を聞いただけで頭が痛かった。
 最初は騎士団を拿捕してリリーファーと騎士団員という戦力を確保して順風満帆だったにもかかわらず、僅か三日程で逆転してしまった。現実を理解したくない気持ちも、なんとなくではあるが理解出来る。


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