絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百七十五話 出動

 『バックアップ』のリーダーはレナ、副リーダーはグランハルトが勤めている。レナがリーダーを勤めているのは、彼女がバックアップの中でも優秀な存在だったからということと、グランハルトが副リーダーを勤めているのは、彼女の横暴さを止めることができる存在だからということで抜擢されている。
 即ち、国としてもレナの性格は重々承知している、ということだ。

「さあ、これから作戦会議と行くわよ」

 レナとグランハルトが会議室に入った時には、すでにほかの八人のメンバーはスタンバイしていた。それも当然、今回のミーティングは出撃三十分前に突如開催されたもので、ほかのメンバーにとっては急いで準備をしておきたい気持ちでいっぱいなのだ。

「こんな時間にミーティングなんて……とか思っているでしょうけれど、まあ話を聞いて。そんな時間はかからないと思う。恐らく……五分くらいで終わるかな」
「まあ、そんなものかと」

 レナの言葉にグランハルトは続けた。

「作戦会議というよりも、作戦を確認するほうが正しい。これから我々は三十分後にここを出動し、ガルタス基地へと向かう。そこにて、一度駐留を行う予定だ。その後、法王庁自治領へと向かい、バルタザール騎士団を見つける。見つけ次第確保し、連れ帰ること」
「そういえば、リリーファーについてはどうすれば?」

 バックアップの一人からの質問を聞いて、レナは頷く。

「いい質問だな。それに関しては簡単だ。バルタザール騎士団のそれぞれに起動従士がいるはず。その連中に乗ってってもらう。さすがに牽引車を持っていくと、時間と手間がかかってしまうからな。それまでに処刑でもされてしまうか、拷問の末に起動従士としての役務を果たせない身体になってしまっていたら……もっと面倒な話になってしまう。再確認ではあるが、我々『バックアップ』を含めた起動従士は国際条約で捕虜時の人権が認められていない。即ち、捕虜になってしまったら最後、諸君は人としての権利を奪われ、人として扱われることもなくなる可能性もある……ということだ。まあ、みんな知っているとは思うが、改めて心してもらいたい」

 レナの言葉にメンバーが一同頷く。
 グランハルトはそれを見ていて、彼女は統率力を持っていること、そして彼女が真面目に今回の任務を実行してくれるようであることを確認して、小さく溜息を吐いた。

「どうした、グランハルト。どこか様子でも悪いのか?」
「いいや。寧ろすこぶるいいですよ」
「……気持ち悪い」
「何今はっきりと『気持ち悪い』って言いましたよね?! なんでですか! 俺何も悪いこと言ってないでしょう!」
「あんたが言ってないと思っていても、私はそう聞こえるのよ」
「それはひどい……」

 そこまで話して周りを見ると、メンバーがグランハルトとレナの痴話喧嘩を見て小さく溜息を吐いていた。まるで、そんなもの見飽きたからさっさと話を進めてくれ、と言いたげだった。
 それに気づいて、グランハルトは咳払いをする。

「それでは、総員リリーファーに乗り込んでくれ、以上!」


 ――終わりよければすべてよし。


 これはグランハルトの座右の銘であった。


 ◇◇◇


 レナとグランハルトによる会議を終えた『バックアップ』のメンバーは急いで彼らが乗り込むリリーファーの場所へと向かっていた。
 そもそもこのリリーファーは彼らの所有するものではない。第一起動従士は彼ら専用のリリーファーしか乗らないので、実質彼らの所有物となっているが、この場合はバックアップのメンバーで使いまわす。バックアップのメンバーは何もここにいるだけのメンバーではない。その総数は三十名近くいる。そして、その中から実力・運・技術力・知能などのパラメータを総合的に考えて、ある水準を満たしたメンバー十名が参加している。即ち、リーダーであるレナと副リーダーであるグランハルトは彼らよりもその水準以上のパラメータを持っている――ということになるのだ。

「……ふう」

 その中の一人、リミシア・グルーペイトは荷物を床に置いて小さく溜息を吐いた。
 彼女が乗るリリーファーは、カーネルから接収された『ムラサメ』の一機である。ムラサメはリリーファーとしての完成度も高く、出来ることならば正規の騎士団に使用したかったところだが、騎士団の使用しているリリーファーはすでに交換できないほど親和性が高かったために、急遽バックアップに使われることとなった。
 即ち、バックアップの彼らにとってはそれに乗れることこそステータスであり、時には『第一起動従士に一番近いリリーファー』などと言われることもある。皮肉が多く混じった文言が語られるほど、このムラサメは彼らの間では有名となっていたのだ。
 そんなムラサメに、今回の作戦で乗ることが許されたのはリーダーのレナ、副リーダーのグランハルトのほかに、彼女ともうひとりの起動従士であった。
 リミシアは自信を持っていた。もし今回の作戦で成果を上げることができれば、第一起動従士への昇格も考えられる――ということを、常に頭の中に浮かべていた。いつも彼女は第一起動従士として活躍するヴィジョンを考えている。そういうハイな気持ちで臨むことで、彼女はそれなりにいい成果を上げてきたのだ。そしてその成果を今日という日まで積み上げてきたのだ。

「この作戦を成功させれば……」

 リミシアは唇から笑みが溢れる。それはきっと、いつものように第一起動従士として活躍するヴィジョンが現実ののもになってしまうのだという期待からだろう。言い換えれば、『傲慢』や『怠惰』にも思える話だが。
 リミシアは直ぐにそれをやめて、再び荷物を持った。そしてそれをコックピットの中へと運んでいく。
 それは彼女が一番必要とするものだ。彼女はそれがなくてはいけない。それがなくては本気で行動することができないのだ。
 コックピットに座り、荷物が入った箱からあるものを取り出す。
 それはぬいぐるみだった。ピンク色の、決して綺麗に手入れされていたとはいえない、うさぎのぬいぐるみだった。
 彼女はそれに抱きついて、匂いを嗅いだ。いい香りだった。いつも洗濯しているからこそ、石鹸の香りが広がる。
 しかしこれがあまり綺麗でない理由は、簡単だ。これが彼女の小さい頃から使用しているものだから――である。これは彼女が、起動従士訓練学校に入る五年前、即ち五歳の時から使用している。眠るときや落ち着かないとき、大事なことがある前には必ずこのぬいぐるみを抱いて、香りを嗅ぐ。すると心が落ち着いていくのだ。
 ちなみにこのぬいぐるみには名前がついている。その名前はクーチカ。どこの言葉かも解らないが、彼女はずっとこのぬいぐるみ――クーチカを抱いていた。大事なことの前にも、寝る前にも、考え事をしていてうまくまとまらない時も、落ち着かない時も。
 そして、今もそうだ。彼女はクーチカを抱いていた。

「……この作戦、絶対に成功させてやるんだから」

 そう言って、彼女はその目を輝かせた。


 ――今回の作戦で成功させて、第一起動従士になる。


 そう思っているのは、別にリミシアだけではない。レナもグランハルトも、またほかのメンバーでもそうだ。彼らは第一起動従士として日の目を見るために活動している。『バックアップ』という名前からも解るとおり、第一起動従士に何かあった時に彼らは出動して、任務を遂行する。いつもは鍛錬やシミュレーションをするだけであり、実務によるリリーファー操縦は殆どない。
 だからこそ彼らはこの作戦を、半ば楽しみにしていた面もある。リリーファーを実際に動かすことができるのは、第一起動従士でなければそう多くない。バックアップである彼らに、実戦というチャンスが与えられるのは少ないのだ。
 だからといって、実戦を苦手とするわけではない。彼らはシミュレーション及びバックアップどうしの模擬戦などによって様々なパターンを実行している。だが、実戦でそのパターンが使われるかどうかは、神のみぞ知るところである。

『総員、リリーファーコックピットに搭乗しているか?』

 リミシアの乗るコックピットへ、レナから通信が入った。

「こちらリミシア。ええ、無事コックピットに乗っているわ。いつでも出動オッケーよ」
『了解した』

 リミシアの報告に、レナは短く答える。
 短い沈黙のあとに、レナから再び通信が入る。

『それでは総員、リリーファーコントローラを握り、準備に入れ。私のリリーファーから順次発進する。目的地は……今更確認するまでもないが、ガルタス基地だ。解らなくなったら私に通信を入れること、以上!』

 そして、『バックアップ』のメンバー十名が乗り込んだリリーファーが、レナ・メリーヘルクの搭乗したリリーファーを先頭に出動した。

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