絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百七十二話 レティシア・バーボタージュⅧ

 マーズ・リッペンバーは行動を開始した。
 通信端末の設定を外部へと変更して、声高々に言った。

「これからここに居る未確認のリリーファーが爆発を起こすと明言した! 私は若輩者ながら、これからこの爆発を最小限に抑える! だが、保証は出来ない! ……逃げてくれ、今すぐみんなここから、できる限り遠くへ、逃げてくれ!!」

 それから、数瞬遅れて、騒ぎ出す声が聞こえてきた。
 それは混沌に満ちた声の集まりだった。それは地獄を思わせるような光景だった。
 それを見てマーズは舌打ちした。本当はこのようなやり方は混乱を招くから好ましくないのだが、致し方なかった。
 彼女が今真に対策すべきことはそれよりも、自爆すると言っているレティシア・バーボタージュの方であった。今までマーズは彼女の気持ちをどうにかして変えることで最悪の事態を避けようと努力していたが、それよりも早くレティシアのほうが行動を開始してしまったために、プランを変更せねばならなかった。
 レティシアはどうしてあんなことをしてしまったのか、などと考える余裕も今はない。
 そんなことする必要ないのだ。ここまでくれば、寧ろその必要はなくなってしまい、作戦を実行し完遂することこそ意味があるのだ。
 とはいえ、まだマーズはレティシアを死なせない方法がないか画策していた。マーズにとってレティシアは大切な友達だ。そんな人間を簡単に死なせてはならない。マーズはそう考えていたのだ。

「……レティシア・バーボタージュ」

 再び、通信端末設定をディアボロスに直して、マーズは話をはじめる。

「お前はいったい、なにがしたいんだ。たくさんの人を巻き込んでまで、私に『レティシア・バーボタージュ』という名前とその存在を刻みつけたいのか」
『そうよ。あなたに私という存在を刻み付けるために、もっとも忘れられないようにするために! 私は敢えてこれを選んだの!』
「……そうか。残念ながら、私はレティシアを、あなたを忘れるなんてこともなかった。あなたの愛情を受け入れることは……ごめん、出来ないけれど、それでもあなたを忘れることなんて出来るはずもないししたくもない」
『……嘘を言わないで。私の気持ちを変えさせる戯言よ』
「そんなわけないわ。あなたのことはとても大切な友人だと思っているし、よきライバルだと思っている。それはかわりないし、変えることもしないわ」

 レティシアは答えない。
 さらに、マーズの話は続く。

「それに、あなたが死んでしまったら尚更あなたを忘れてしまうかもしれないわよ? 人は生きているからこそ、生きている人間の記憶は忘れないの。死んでしまった人の記憶は、最初は覚えているかもしれないけれど、何れ忘れてしまう。それでもいいの?」
『だってあなたはずっと私の好意を無視し続けてきた! 理解されなかった! そんな私の思いを、忘れずにいてくれるのは……あなたしかいない! そしてあなたの心に私を刻み付けるには! 私の……私の死しかないの!!』

 ゆっくり、ゆっくりとディアボロスのエネルギーが凝縮されていく。
 そして、それと比例していくようにディアボロスの躯体が少しづつ小さくなっていった。
 まずい――とマーズは思った。自爆スイッチの意味を、マーズは本で知っていたからこそ、その恐怖を知っていた。
 先ずはその被害を最小限に抑えねばならない。そう思ってマーズはディアボロスを抱き寄せた。ディアボロスから爆発的に広がるエネルギーを最小限に抑えるための作戦だ。単純ではあるが、現時点で簡単にそれを押さえ込む方法などそれしかない。

『マーズ、何をする気!?』
「あなたの乗るリリーファーが爆発したら、ほかの人にも大きな被害を齎す……! それを抑えるための手段よ……」
『何馬鹿なこと言ってるのよ! あなたを殺すわけには、死なすわけにはいかないのに!』
「あんたが選んだ選択でしょ! 黙って死に行くまで私が苦労している術を見ていなさい!!」

 レティシアはそれ以上何も言えなかった。彼女が乗っているリリーファーは今、マースの乗るペスパによってがっちりと固められていて、動くことができない。だから、逃げることもままならないのだ。
 だから、レティシアはただその場にいるだけだった。
 マーズ・リッペンバーには適わない。
 レティシアは微笑みながらそう呟くと――静かに目を閉じた。
 刹那、レティシアの乗るリリーファー『ディアボロス』のエンジンがそれぞれエネルギー凝縮に限界を迎えて――大きく爆発を起こした。
 マーズの乗るリリーファー『ペスパ』はディアボロスの爆発に耐えうる性能ではなかった。そのため、マーズは少々無理をする必要があった。コックピットが軋み始めても、たくさんのエラーメッセージが出始めても、マーズは諦めたくなかった。このまま、たくさんの人が死んでしまうのを避けたかった。


 ――死ぬのなら、私だけで一番よ……!


 マーズは考えた。マーズは自己犠牲を考えた。自分は死んでもいい。せめてほかの人は助けて欲しい。そんな神に縋るように、マーズは考えていた。
 コックピットが徐々に熱を帯び始める。
 理由は簡単だ。ペスパの装甲が爆撃によって少しづつ外れてきているのだ。そしてその隙間から熱が入り始める。言うならばここは蒸し風呂のようになっていた。
 だがマーズはそれを口に出すことはない。この爆撃によるエネルギーをここで食い止めねばならないからだ。
 自分の身体はどうなってもいい。
 それだけを思って、マーズはただディアボロスを押さえ付けていた――。


 ◇◇◇


 次に彼女が目を覚ましたのは、病院のベッドだった。
 瞼は開いたが、身体の殆どがまともに動かない。そこかしこに包帯が巻いてあるのが、感触で解る。力を込めて、ボロボロになってしまった自分の身体を見るために起き上がろうとしたが何かに阻まれた。それは点滴や輸血のチューブだった。

「こ、こは……?」

 起き上がるのを諦めて、マーズは天井を見つめた。

「どうやら目を覚ましたようだね」

 彼女の視界にひとりの人間の顔が入り込んできた。頭を丸め、顎鬚をはやした男だった。目は丸っこくて、どこか優しげな眼差しであった。
 その男は白衣を着ていた。どうやら医師のようだった。
 医師と思われる男は、マーズの表情を眺めて、微笑む。

「ふむ、顔色も良くなっている。これはもう、面会謝絶を解いてもいいかな」
「ちょ、ちょっと……!」

 立ち去ろうとした医者めいた男を、マーズは立ち止まらせる。

「どうしたのかな?」

 医者めいた男は優しく語りかけた。
 マーズは一番聞きたかったことがあった。だけどそれは、一番聞きたくないことでもあった。
 だが、医者めいた男はそれを察して、言った。

「ああ……君が気になっているのは、レティシア・バーボタージュのことだろう? 勝手にリリーファーに乗り込んで暴走して、勝手に自爆した学生のことだったね」

 レティシアをそんなふうに言われると、改めて彼女のやった所業のひどさがフラッシュバックする。
 そして、医者めいた男はさらに話を続けた。

「レティシア・バーボタージュは……まあ、あの爆発の中心にいたのを一番知っているのは君だろうから、今更いうほどでもないけれど、まあ、敢えてここで言おう。……彼女は死んだよ。死体すら残らなかった。きっと、相当のエネルギーが凝縮されたんだろうね。ペスパこそ修理すればなんとかなるもので済んだが、ディアボロス……あいつはもう処分せざるを得ないだろうね。そもそも、どうしてあれほどのリリーファーがそこにあったのか、私には見当もつかないが」

 それだけを言って、医者めいた男は部屋から出て行った。
 直後、入ってくる男性に、マーズは見覚えがあった。

「あ……」

 マーズの病室に入ってきたのは、ほかでもない、ヴァリエイブル連合王国国王のラグストリアル・リグレーであった。
 マーズは起き上がろうとしたが、

「ああ、いい。そのままで大丈夫だ、マーズ・リッペンバー」

 ラグストリアルに制されて、マーズはそのまま横になった。
 ラグストリアルは、一つ咳払いして、話を続けた。

「君は確かに人々を救った。だが、それを代償に友人を失った。それは確かな出来事だ。間違いではない。……だが、結果として君の行動がたくさんの人を救うこととなったのだよ」
「……ええ。でも、私は友人を殺しました。しかもその理由は元を質せば私が原因だったんです。私は、私の撒いた種を回収しただけに過ぎません」
「だとしても、その撒いた種を育てたのは君ではあるまい? 確かに君が原因なのかもしれないが、『自爆を起こす』という行動をしたのは君ではなく、レティシア・バーボタージュだ。そうだろう?」

 確かにそうだった。
 種を撒いたのはマーズ・リッペンバーなのかもしれないが、その行動を起こしたのはレティシア・バーボタージュで、結局マーズが止めなければレティシアの行動によって多数の死者が出ることも考えられた。

「つまり差し引きゼロ……いや、ゼロでは抑えきれない。相当量のプラスだ。君がやったことは決して間違いではない。寧ろ人々を救ったのだから、立派なことだ。私は感動したよ……マーズ・リッペンバー」

 そう言って、ラグストリアルはある文書をマーズに差し出した。

「これは……?」
「簡単だ。君を起動従士にする、その書類だよ」

 その言葉にマーズは驚いた。
 マーズは自分がやった行動の大きさを、そこで漸く理解した。
 そして、彼女はその後その行動をたたえて『女神』という称号を与えられ(その称号自体は非公式だ)、起動従士のあいだからそう呼ばれるようになったのは――その時の彼女は知る由もなかった。

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