絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百七十話 レティシア・バーボタージュⅥ
撫でて撫でて撫でて、それでも彼女の気が収まることはない。いや、それどころかさらにその勢いは増していた。
認識というものを捨てて、レティシア・バーボタージュはただひたすらにマーズ・リッペンバーのことが好きだった。愛していた。壊してしまいたいほどに、狂おしいほどに、愛おしかった。
「好きだよ……好きだよ……ほんとうに好きなんだ、殺したくなるくらい好きなんだ。壊してしまいたいほど好きなんだ。あの笑顔、あの表情、あの姿、あの仕草、あの言葉、あの涙、……凡てを私のものにしたいんだ。私だけのものにしたいんだ」
好きだ、と何度もレティシアはマーズに言ったことがある。
しかし結局は、『私たちは女性同士でしょう?』などと流されて終わってしまう。
そんな軽い気持ちで言ったわけではないのに。
そんな質量のない言葉ではないのに。
誰でも言えるような、誰にでも言えるような、質量のない空っぽの言葉なんかとは違う。うわべだけの言葉ではない、もっと真剣な言葉なのに――。
マーズはそれを、冗談めいた雰囲気であしらった。
だから彼女は、何度も何度も何度も何度も何度も彼女にアタックした。
あるときは食堂でカレーを頬張りながら。
あるときはリリーファーの訓練を行いながら。
あるときは朝起こしに来た時に。
必ず、毎日といっていいほどにレティシアはマーズに思いを伝え続けた。
しかしマーズは、一度たりともレティシアの思いを汲んだことなどなかった。
「手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい……」
狂ったように、壊れたように、言葉が漏れる。リプレイさせる。
彼女はマーズのことが好きで好きでしょうがなかった。
だが、現にマーズはそれを本心だとは思わなかった。真実だと思わなかった。
それは真実であるというのに。
虚構ではない、真実だというのに。
『手に入らないのならば――いっそ殺してしまえばいい』
声が聞こえた。
その声は、あのリリーファーだった。
「リリーファー……『殺す』、って?」
『おっと、僕にも名前があるんだ。こう呼んでくれないかな……「ディアボロス」、とね』
リリーファー、もといディアボロスは自らをそう名乗った。
そしてそれに関して何の違和感も持たず、頷く。
「解ったわ、『ディアボロス』。でも、わたしはマーズを殺せない」
『でもマーズ・リッペンバーは君を拒否したのだろう? 君をマーズ・リッペンバーの空間へと入れることを拒んだのだろう? それならば、従わないというのなら、殺してしまうのもそれはひとつの手ではないかな?』
「でも……そんなこと……」
『何を躊躇っているんだい』
レティシアは躊躇っていた。
そのあと一歩を、ディアボロスは背中を押した。
『そんな躊躇していても、マーズ・リッペンバーは今度こそ振り向いてくれないよ。力で示さなくちゃ。自分がこんなにもマーズ・リッペンバーのことを思っているのだ、ということを……ね。そうでなくちゃ、そうじゃなくちゃ、マーズ・リッペンバーだって君のほんとうの気持ちを理解してくれないし、そもそも気付いてもくれないだろうね』
「私は……どうすればいいの……?」
レティシアは涙を流していた。
『マーズ・リッペンバーが好きなのだろう?』
その言葉に、レティシアは頷く。
『だったら殺してしまえばいい。そうすれば君だけのものになる。凡てを手に入れたいのならば、マーズ・リッペンバーを殺せばいい。そうだな、剥製にするってのもどうだろう? そうすれば、動かないことがもちろんついてまわるかもしれないが、マーズ・リッペンバーの体は永遠に君のものになる』
レティシアは無言で、リリーファーコントローラを握る。
その意志は彼女自身のものなのか、それともディアボロスに操られた偽りの意志なのかは解らない。
そうであったとしても。
レティシアがマーズのことを、愛していることには変わりなかった。
◇◇◇
「ダメだ、マーズ・リッペンバー! もうここには避難命令が出ているんだ!!」
マーズ・リッペンバーは倉庫にある一機のリリーファーに乗り込もうとしていた。
しかしそれを止めようとする、整備士がいた。先程もメガホンをもって避難命令を指示していた人だった。
「だからって……友達を助けていけない理由にはならない!!」
マーズはその整備士に言葉を吐き捨てて、リリーファーへと乗り込んでいった。
整備士は帽子を深くかぶると、
「おい」
リリーファーに乗り込んで、コックピットに腰掛けたマーズに声をかけた。
「……なによ」
「ルミナスだ」
「は?」
「私の名前だ。……次からはそう呼べ」
そう言って踵を返し、ルミナスは去っていった。
改めてマーズはリリーファーのコックピットを確認する。このリリーファーは少し古い型のようだが、そう使い勝手が悪いこともない。
古い型だからダメというわけでもない。そんなことを言えば相手のリリーファーだって最新型ではないはずだ。
「レティシア。あなたはいったいどうして……」
マーズはレティシアの『好意』を『好意』であると受け取ったことはない。あくまで友人としての関係でそれを受け取っただけに過ぎず、『恋人』としての好意は受け取ったことがない。
対して、レティシアはそれが『自分を拒否しているのだ』と考えていた。ここまで好意を蔑ろにしているマーズは、おかしい。ここまで自分が愛しているのに。ここまで自分が愛している素振りを見せて、告白をしているのに。
マーズはそれを『本当の意味で』受け取っていない。
そのことにレティシアは怒り心頭であることに――マーズは気付いていない。
「……ともかく、行動を開始しなくちゃ……ねっ!」
そう言って彼女はリリーファーコントローラーを強く握った。
◇◇◇
『どうやらマーズ・リッペンバーのほうもリリーファーに乗り込んだらしいぞ』
その情報がレティシアの耳に入るまで、そして理解されるまでそう時間はかからなかった。
レティシアは笑っていた。愉悦にも似た表情だ。恍惚とした表情だ。その理由はとても理解しがたいものだろうが、それでも彼女は笑っていた。
「マーズ……私の気持ちに気付いてくれたのね……。私があなたのことを、これほどまでに愛しているということに!!」
もう、そこには今までの冷静沈着なレティシア・バーボタージュはいない。
いや、寧ろこれが通常の状態なのかもしれない。隠していたのかもしれない。
レティシア・バーボタージュはマーズ・リッペンバーを愛していた。
そしてそれは今も現在進行形で、彼女の心の中に存在し続けている。
「さあ、マーズ踊りましょう。このダンスを。リリーファーとリリーファーの攻撃によって奏でる、このワルツを!」
そして、レティシアの乗り込んだリリーファー『ディアボロス』は高く跳躍した。
そのまま――屋根を飛び越え、地上へと驀進していった。
それを追いかけるように、マーズの乗ったリリーファー『ペスパ』も地上に向けて高く跳躍していった。
それを眺めていたルミナスは小さく舌打ちした。
「……乗っているのが学生だと思って油断したな。まさかあそこまですごい動きをするとは……こんなことさえなければ普通に起動従士に選ばれただろうに」
その呟きは、誰が聞いたわけでもなく、ただ空気に溶け込んでいった。
さて、地上に飛び出したペスパとディアボロスはコロシアムの中央に対面していた。
まだ前日なので誰も観客など存在しないが、そのコロシアムに広がる緊張は『大会』の決勝戦のそれに等しかった。
「……ねえ、レティシア」
マーズはペスパに備え付けられている通信機能を用いて、ディアボロスに通信を試みた。ここにあるリリーファーはデフォルトでは同じ周波数に設定されているはずなので、通信機能をオンにするだけで通信が可能となっているはずである。なので、もしこの状態で受け取れていないとすれば、通信の周波数を変更したか機能をオフにしたかの何れかだ。
「マーズ……」
だが、レティシアはそれに答えた。マーズの通信に答えたのだ。
それを聞いて驚いたが、外に出さないように、慎重にマーズは言葉を選んでいく。
認識というものを捨てて、レティシア・バーボタージュはただひたすらにマーズ・リッペンバーのことが好きだった。愛していた。壊してしまいたいほどに、狂おしいほどに、愛おしかった。
「好きだよ……好きだよ……ほんとうに好きなんだ、殺したくなるくらい好きなんだ。壊してしまいたいほど好きなんだ。あの笑顔、あの表情、あの姿、あの仕草、あの言葉、あの涙、……凡てを私のものにしたいんだ。私だけのものにしたいんだ」
好きだ、と何度もレティシアはマーズに言ったことがある。
しかし結局は、『私たちは女性同士でしょう?』などと流されて終わってしまう。
そんな軽い気持ちで言ったわけではないのに。
そんな質量のない言葉ではないのに。
誰でも言えるような、誰にでも言えるような、質量のない空っぽの言葉なんかとは違う。うわべだけの言葉ではない、もっと真剣な言葉なのに――。
マーズはそれを、冗談めいた雰囲気であしらった。
だから彼女は、何度も何度も何度も何度も何度も彼女にアタックした。
あるときは食堂でカレーを頬張りながら。
あるときはリリーファーの訓練を行いながら。
あるときは朝起こしに来た時に。
必ず、毎日といっていいほどにレティシアはマーズに思いを伝え続けた。
しかしマーズは、一度たりともレティシアの思いを汲んだことなどなかった。
「手に入れたい手に入れたい手に入れたい手に入れたい……」
狂ったように、壊れたように、言葉が漏れる。リプレイさせる。
彼女はマーズのことが好きで好きでしょうがなかった。
だが、現にマーズはそれを本心だとは思わなかった。真実だと思わなかった。
それは真実であるというのに。
虚構ではない、真実だというのに。
『手に入らないのならば――いっそ殺してしまえばいい』
声が聞こえた。
その声は、あのリリーファーだった。
「リリーファー……『殺す』、って?」
『おっと、僕にも名前があるんだ。こう呼んでくれないかな……「ディアボロス」、とね』
リリーファー、もといディアボロスは自らをそう名乗った。
そしてそれに関して何の違和感も持たず、頷く。
「解ったわ、『ディアボロス』。でも、わたしはマーズを殺せない」
『でもマーズ・リッペンバーは君を拒否したのだろう? 君をマーズ・リッペンバーの空間へと入れることを拒んだのだろう? それならば、従わないというのなら、殺してしまうのもそれはひとつの手ではないかな?』
「でも……そんなこと……」
『何を躊躇っているんだい』
レティシアは躊躇っていた。
そのあと一歩を、ディアボロスは背中を押した。
『そんな躊躇していても、マーズ・リッペンバーは今度こそ振り向いてくれないよ。力で示さなくちゃ。自分がこんなにもマーズ・リッペンバーのことを思っているのだ、ということを……ね。そうでなくちゃ、そうじゃなくちゃ、マーズ・リッペンバーだって君のほんとうの気持ちを理解してくれないし、そもそも気付いてもくれないだろうね』
「私は……どうすればいいの……?」
レティシアは涙を流していた。
『マーズ・リッペンバーが好きなのだろう?』
その言葉に、レティシアは頷く。
『だったら殺してしまえばいい。そうすれば君だけのものになる。凡てを手に入れたいのならば、マーズ・リッペンバーを殺せばいい。そうだな、剥製にするってのもどうだろう? そうすれば、動かないことがもちろんついてまわるかもしれないが、マーズ・リッペンバーの体は永遠に君のものになる』
レティシアは無言で、リリーファーコントローラを握る。
その意志は彼女自身のものなのか、それともディアボロスに操られた偽りの意志なのかは解らない。
そうであったとしても。
レティシアがマーズのことを、愛していることには変わりなかった。
◇◇◇
「ダメだ、マーズ・リッペンバー! もうここには避難命令が出ているんだ!!」
マーズ・リッペンバーは倉庫にある一機のリリーファーに乗り込もうとしていた。
しかしそれを止めようとする、整備士がいた。先程もメガホンをもって避難命令を指示していた人だった。
「だからって……友達を助けていけない理由にはならない!!」
マーズはその整備士に言葉を吐き捨てて、リリーファーへと乗り込んでいった。
整備士は帽子を深くかぶると、
「おい」
リリーファーに乗り込んで、コックピットに腰掛けたマーズに声をかけた。
「……なによ」
「ルミナスだ」
「は?」
「私の名前だ。……次からはそう呼べ」
そう言って踵を返し、ルミナスは去っていった。
改めてマーズはリリーファーのコックピットを確認する。このリリーファーは少し古い型のようだが、そう使い勝手が悪いこともない。
古い型だからダメというわけでもない。そんなことを言えば相手のリリーファーだって最新型ではないはずだ。
「レティシア。あなたはいったいどうして……」
マーズはレティシアの『好意』を『好意』であると受け取ったことはない。あくまで友人としての関係でそれを受け取っただけに過ぎず、『恋人』としての好意は受け取ったことがない。
対して、レティシアはそれが『自分を拒否しているのだ』と考えていた。ここまで好意を蔑ろにしているマーズは、おかしい。ここまで自分が愛しているのに。ここまで自分が愛している素振りを見せて、告白をしているのに。
マーズはそれを『本当の意味で』受け取っていない。
そのことにレティシアは怒り心頭であることに――マーズは気付いていない。
「……ともかく、行動を開始しなくちゃ……ねっ!」
そう言って彼女はリリーファーコントローラーを強く握った。
◇◇◇
『どうやらマーズ・リッペンバーのほうもリリーファーに乗り込んだらしいぞ』
その情報がレティシアの耳に入るまで、そして理解されるまでそう時間はかからなかった。
レティシアは笑っていた。愉悦にも似た表情だ。恍惚とした表情だ。その理由はとても理解しがたいものだろうが、それでも彼女は笑っていた。
「マーズ……私の気持ちに気付いてくれたのね……。私があなたのことを、これほどまでに愛しているということに!!」
もう、そこには今までの冷静沈着なレティシア・バーボタージュはいない。
いや、寧ろこれが通常の状態なのかもしれない。隠していたのかもしれない。
レティシア・バーボタージュはマーズ・リッペンバーを愛していた。
そしてそれは今も現在進行形で、彼女の心の中に存在し続けている。
「さあ、マーズ踊りましょう。このダンスを。リリーファーとリリーファーの攻撃によって奏でる、このワルツを!」
そして、レティシアの乗り込んだリリーファー『ディアボロス』は高く跳躍した。
そのまま――屋根を飛び越え、地上へと驀進していった。
それを追いかけるように、マーズの乗ったリリーファー『ペスパ』も地上に向けて高く跳躍していった。
それを眺めていたルミナスは小さく舌打ちした。
「……乗っているのが学生だと思って油断したな。まさかあそこまですごい動きをするとは……こんなことさえなければ普通に起動従士に選ばれただろうに」
その呟きは、誰が聞いたわけでもなく、ただ空気に溶け込んでいった。
さて、地上に飛び出したペスパとディアボロスはコロシアムの中央に対面していた。
まだ前日なので誰も観客など存在しないが、そのコロシアムに広がる緊張は『大会』の決勝戦のそれに等しかった。
「……ねえ、レティシア」
マーズはペスパに備え付けられている通信機能を用いて、ディアボロスに通信を試みた。ここにあるリリーファーはデフォルトでは同じ周波数に設定されているはずなので、通信機能をオンにするだけで通信が可能となっているはずである。なので、もしこの状態で受け取れていないとすれば、通信の周波数を変更したか機能をオフにしたかの何れかだ。
「マーズ……」
だが、レティシアはそれに答えた。マーズの通信に答えたのだ。
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