絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百六十三話 降格処分

 その日の午後、ハリー騎士団とメルキオール騎士団、及びアフロディーテの船長らは会議を開いていた。
 議題は専らこのあとの作戦についてであった。

「これから我々はこのレパルギュアを拠点として、ヘヴンズ・ゲートへと向かう。ヘヴンズ・ゲートの位置は?」

 ラウフラッドはセレナに訊ねる。
 セレナは情報端末を操作しながら、答えた。

「ここから北へ三キロレヌルもいけば、ヘヴンズ・ゲートが眠る地下洞窟があることは、既に空のレーダーから確認済みです」
「ヘヴンズ・ゲートとは、地下にあったのか……」

 マーズの言葉を聞いて、セレナは頷く。

「ええ。我々も地上にあるものではないか、などと思っていましたが……思った以上に厄介です。地下ともなれば進撃が難しいでしょうし、リリーファーの進撃はほぼ不可能でしょうから」
「……ならば、どうしろというんだ」

 今ここに居る軍人の、実に四割が起動従士だ。残り六割は一般兵士であるには変わりないが、殆どがアフロディーテの船員であるために、彼らが出動するとなるとアフロディーテが蛻の殻になってしまう。

「小型のリリーファー……『クライン』ならばなんとかなるでしょう。クラインは第二保管庫に六台程置いてあります」
「我々に、乗っているリリーファーを捨てろ、とでも言うのか?!」

 台を叩いて大声を張り上げたのはメルキオール騎士団のグランデ・バールだった。グランデは腕利きの起動従士で、リリーファー『プロミネンス』に乗っている。その操縦は神業とも呼べるもので、ヴァルベリーからの信頼も厚い。
 そんな彼からしてみれば、ずっと戦争やら作戦やらで使用してきたリリーファーではなく、別のリリーファーに乗り換えるという行為をするとなると、怒り心頭に発するのだろう。

「捨てろ、というわけではありません。あくまで今回の作戦だけでも、そのリリーファーに乗っていただきたく……」
「洞窟を破壊していけばいい! 上から破壊して、ヘヴンズ・ゲートを滅多打ちにするだけでいいではないか!」

 グランデは言う。それを聞いて「やれやれ」というような口ぶりでセレナは答えた。

「……上からの攻撃は『インフィニティ』『アレス』『アシュヴィン』、それに『ガネーシャ』の四機にて行います。残りは『クライン』に乗り込み洞窟内部に潜入する……といった形です」
「そんなことで我々が納得するとでも思っているのか! 四機のうち三機がハリー騎士団で、どうして我々は一機のみの出動となるのか、それについても納得のいく説明を求める!」
「よさないか、グランデ」

 見かねたヴァルベリーがグランデの言葉を制する前に、ウィリアムはそう言った。
 それを聞いてヴァルベリーは目を丸くしたが、直ぐに冷静を取り戻す。
 対してグランデは予想外の人物から、自分の行動を否定されたことで、怒りの矛先をそちらに変更する。

「ウィリアム……きさま、一般兵士の肩を持つつもりか?」
「一般兵士は悪いことを言っていないだろう。それに、一般兵士への明らかな差別的行為は法律で禁止されているはずだが」
「御託ばかり並べやがって……!」

 グランデはそう言って、ウィリアムの胸ぐらを掴んだ。ウィリアムは座っていたため、強制的に立ち上がらされる。だがウィリアムはそれを見てただ無表情のままグランデを見つめていた。

「おい、何とか言えよ!」

 グランデは声を荒げて言った。
 しかし、それでもウィリアムは答えなかった。

「いいかげんにしろ、グランデ!」

 ヴァルベリーが言ったのは、そのタイミングでのことであった。

「さっきから見ていればお前は……。やれ、『自分のリリーファーから降りろ』だの『自分の騎士団の割合が少ない』だの、集団から見ればありえない発言ばかり口にしているな。まったく、お前がメルキオール騎士団にいて、私はとても恥ずかしいよ」
「ですが、団長! 我々は蔑まされているのですよ、ハリー騎士団なんて学生ばかりが作ったグループ活動じゃないですか! しかもハリー騎士団なんて所詮あのインフィニティの保管のためだって聞いたこともあります! 騎士団長は来たばかり、それについ最近まで精神にダメージを受けて入院していた……即ちリハビリが殆ど完了していないということです。にもかかわらず、今回の作戦で『インフィニティ』をトップにして進めろ? そう言われて納得するはずがありません!!」
「……決定は絶対だ。そして、命令も絶対だ」

 長い溜息をついて、ヴァルベリーは答えた。

「団長!」
「うるさい。お前はまだこの騎士団の評価を下げていくつもりか?」

 ヴァルベリーの言葉に、グランデは思わず黙った。
 ヴァルベリーは再び溜息をついて、グランデへの話を続ける。

「お前は今まで私が厚い信頼をおけるような、そんな活躍をしてきていた。しかし、言葉というものはどんなものよりも残酷でスマートに入ってくるものだ。口は災いの元……だなんて話もあるが、まさにそのとおりだ」

 ヴァルベリーは歌うように、そう言った。
 その声に、グランデは思わず頭を掻いた。

「……な、何をおっしゃっているのかよく解らないのですが……」
「そうか? なら、自分の胸に手を当てて、よく考えてみてくれよ。私はもうこれ以上話をする気もない。これ以上作戦会議を中断させてまで言う内容でもないからだ。……ああ、そうだ。強いて言うなら――」

 ヴァルベリーはグランデを指差して、冷たい声で言い放った。

「――お前は今日をもってメルキオール騎士団から出て行ってもらう。リリーファーにも乗ってはいけない。事実上の、一般兵士への『降格処分』と思ってもらって構わない」

 一般兵士への降格処分は、騎士団の団長が騎士団構成員に命令出来る罰則の中でも一番厳しいものであった。当然だろう、一般兵士への降格ということは、今まで起動従士として受けることの出来た待遇が凡て剥ぎ取られ、さらにリリーファーに搭乗することも許されない。
 降格処分された起動従士が、再び起動従士となってどこかの騎士団に入りなおすためには、起動従士になるための訓練を再び受ける必要がある。そしてその訓練は最低でも一年近くかかるとされているし、さらに騎士団に入れたとしても『降格処分を受けたこと』の烙印は一生消えることはない。
 起動従士からすれば、絶対に受けたくない処分の一つである。

「……なんでですか、なんで私が……!!」

 グランデはヴァルベリーの方を向いて、そう激昂した。
 しかしヴァルベリーはそれを気にすることなく、テーブルの方へ向き直った。

「すまなかったな、中断させてしまって。さて、話を続けよう」
「こちらを向け、ヴァルベリー・ロックンアリアー!!」

 もはや彼にとって、それは『団長』ではない。
 ヴァルベリー・ロックンアリアーというひとりの人間に過ぎない。
 ヴァルベリーはそれを聞いて、立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。
 そして彼女は、グランデの目の前で立ち止まると、グランデを睨みつけた。そして直ぐにヴァルベリーは憂いを含んだ眼差しでグランデを見つめた。

「……なんだ、その目つきは! 私に同情でもしているのか、私を慰めてくれるとでもいうのか! 私を起動従士から降格させておいて、よくそんな目つきが出来るな!!」
己惚うぬぼれるな、馬鹿が」

 ヴァルベリーはグランデの顎を持ち上げた。

「そんな馬鹿で耳も腐るような発言をしたのはこの口か? この口を縫い合わせて、もう貴様が何も言えないように仕立ててやろうか。それが嫌ならさっさと去れ。お前も私の騎士団に在籍していたならば、知っているだろう。私は手を抜かない女であるということをな」

 それを聞いたグランデの表情は、もはや誰から見ても真っ青であった。

「……どうした? それが嫌ならさっさと去れ。私はそう言ったはずだが?」

 グランデはそれを聞いて、踵を返すと、何も言わずに会議場を後にした。

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