絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百五十三話 騎士団長

 そして彼女は、考えることをやめた。
 もう何も出来ない――自分は何も出来ない、臆病な人間だと思い知らされたからだ。
 だから、インフィニティが攻撃をした時も、彼女は何も考えていなかった。
 強いて言うなら、自分が終わったということを理解したくらいだろうか。
 このまま眠ってしまいたい。
 このまま消えてしまいたい。
 そう思いながら、彼女は微睡みの中に落ちていった――。


 ◇◇◇


「どうやら、俺が色々している間にこっちも色々あったようだな」

 リリーファー格納庫にてムラサメとロイヤルブラストの修理が急ピッチで行われているのを眺めながら、崇人とマーズは会話をしていた。
 マーズは紙コップのコーヒーを一口含んで、それをはっきりと飲み込む。

「何が一番苦労したか、ってエレンをムラサメから降ろす時の話だよ。修理するから降りろ、と言っているにもかかわらず『ここは私の世界だ』と言い張って降りようとしなかった。それどころか整備士に殴りかかってきたんだぞ」
「そりゃ本当か?」

 崇人はマーズから聞いた事実に、思わず目が点になった。

「嘘だったらこんな話はしない」
「……なら、どうやってそいつを止めた? そのエレンとかいう奴は見た限りだと居ないみたいだが」
「そうだったな。タカトはムラサメの姿は見たことがあってもその中の起動従士までは見たことが無かったか。綺麗だが可愛げの無い奴だ、まぁなんというか……ツンデレ?」
「いや、見たことがないからはっきりとは言えないが、絶対それはツンデレの定義と合致しないだろう……」
「話を戻すわね。どうやって彼女を落ち着かせたか、というと簡単な話よ。ちょっと強めの鎮静剤を使ったの。それで睡眠導入剤も追加して、今は眠らせているわ。……どうやら彼女は相当ひどい過去があったようね」
「一つのモノにそこまで執着するのは、まるで子供の言い分だな」
「あら、あなただって今は子供じゃなくて?」

 マーズはそう冗談めいた発言をした。しかしながら、崇人が昔居た世界でもこの世界でも、法律上子供は十九歳までと言われているため、結果としてマーズも言うなれば『子供』の部類に入る。
 だからといって崇人はマーズも子供ではないか、などとツッコミは入れない。話のテンポが悪くなるし、野暮だ。

「……まぁ、とりあえず」

 崇人は腰をポンポンと叩いた。

「俺が寝ている間……どんな出来事があったのか、そしてこの戦争はどうして発生しているのかを簡単に教えてくれないか」

 崇人のその言葉に、マーズは頷くほかなかった。


「……なるほど。つまり戦局はどちらかといえば劣勢にある、ということだな」

 崇人はマーズから簡単な話を聞いて、そう言った。
「それで、話を聞いてあなたはどう思う?」
「どう、って?」

 そのままの意味よ、とだけ言ってマーズは歩いて何処かに行ってしまった。

「おい、ちょっと待てよ。俺は何処に行けば……!」

 崇人の悲痛な叫びを他所に、整備士たちは必死に負傷したリリーファーの修理に全力を注いでいた。


 ◇◇◇


 マーズ・リッペンバーは一人ある場所へ向かっていた。
 本当は騎士団長である崇人に行かせるべきなのだが、彼はここに来たばかりでまだ理解しきれていないところが多い。だから、崇人には言わずにマーズだけが行くこととなった。
 そもそも、崇人がまさかここまで早く復活するとは、誰一人として思っていなかったのもまた事実である。今回の戦争についてはマーズがずっと騎士団を引っ張っていかねばならない――と彼女も考えていたのだろう。
 彼女は唐突に咳き込んだ。一回だけではなく、何回も、何回も。身体を曲げ、苦しい表情になりながらも咳は止まらなかった。
 漸く咳が止まった頃には、息も絶え絶えだった。
 しかし二回ほど深呼吸しただけで乱れた呼吸は落ち着いた。
 彼女はこのようなことがもう半年以上前から続いていた。風邪薬を服用していたが、それでも治ることはなく、寧ろ悪化していった。
 しかし一度咳き込んでしまえば数時間は出なくなるために、この症状は風邪ではなく、また別の疾病なのか。そう思わせるほどだった。
 とはいえ彼女が起動従士を休むわけにもいかなかった。どれくらいの期間にしろ起動従士を休んで、専門的な治療に専念すれば、もしかしたら治るのかもしれない。
 だが、それは間違っていた。放っておいても治るはずなどなく悪化していく。あまり咳き込んだタイミングに他の人に見られていないのは救いだといえるだろう。

「まったくもって……ムカムカする症状だ。訳が解らない」

 これが風邪ではないことは、彼女はもうとっくに気が付いていた。
 気が付いていたからこそ、他の誰にも相談することは出来なかった。
 彼女の周りの人たちはとても優しい。優しいが、彼女はその優しさを気安く使おうなどとは思わなかった。
 それは女神マーズ・リッペンバーの、一種の『矜持プライド』のようにも思えた。しかし、彼女がその矜持を持ち続ける理由等は、生憎殆どの人間が知り得ない情報だった。

「ハリー騎士団副騎士団長、マーズ・リッペンバーです。入ります」

 彼女が扉の前に辿り着いたのは、彼女が考えていた様々な思考が纏まりきる少し手前のことだった。とはいえその思考は他愛のないものなので、直ぐに脳内のワークスペースから片付ける。

「入室を許可します。どうぞ」

 扉の向こうから声が聞こえて、彼女は扉を開けた。
 そこは操舵室だった。とはいえ今は運転などしていないから仕事などないのではないか――などとマーズは思っていたが、操舵室は予想外に活動していた。

「済まないな、マーズ・リッペンバー副騎士団長。このような場所まで呼んでしまって……」

 彼女を呼ぶ声が聞こえて、マーズはそちらを向いた。
 そこに立っていたのはメガネをかけたショートカットの女性だった。軍服を着ていたが胸ポケットには花弁をあしらったボールペンが刺さっていることを考えると、普通の女性と似たようなもので可愛いものが好きなのだろう。

「私は通信部長のセレナ・ディスターだ。以後、よろしく頼む。……まぁ、堅苦しいのが嫌いならばセレナと呼び捨てにしてくれて構わない」
「……早速で悪いが、用件について話してくれないか? 生憎こちらも途中参加の団長に様々なことを教えなくてはならないから、それに時間を割く必要があってね」
「解った。それでは手短に話すとしよう。私の役職から薄々解ると思うが、本国からの通信がメインだ。出来ることならば早急に会議を開きたいのだが、艦長も忙しくてな……。取り急ぎハリー騎士団とメルキオール騎士団の二つの騎士団には伝えねばならない、そう思った次第だ」
「なるほど……メルキオールの方には伝えているのか?」
「同時に連絡は行ったが早く来たのはそちらの方だ」

 セレナがそう言うと、扉の向こうから、

「メルキオール騎士団騎士団長、ヴァルベリー・ロックンアリアーです。入ります」

 そう、ヴァルベリーのはっきりとした声が聞こえてきた。

「入室を許可します、どうぞ」

 それを聞いてセレナは答える。

「失礼します。……なんだ、マーズの方が早かったようだな」

 そう言うとヴァルベリーは小さくため息をついた。

「なんだそのため息は。私が早かったからなんだというのだ」
「いや、別にな……。ただ私の方が早く着いたと思っていたから、尚更」
「……ちょうどお二人集まりましたようですし、話を始めてもよろしいですか?」

 セレナはヴァルベリーとマーズの会話に苛立ちを覚えていたらしい。少しだけ眉間に皺が寄っていたからだ。
 それに素早く気が付いたマーズは、セレナの言葉に小さく頷いた。

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